第10話 助言
乱れる息。激しく上下する肩。
額から流れ出る汗は、拭いても拭いても肌から浮き出てくる。
俺は岩陰に身を潜ませながら、できるだけ音を立てないように聞き耳を立てていた。
……ったく、何で俺がこんなことをせにゃならんのだ。
ポチと呼ばれる怪物犬との鬼ごっこ。
冗談じゃない。あんなものにじゃれつかれたりしたら、か弱い俺なんて一溜りもない。
あのクソジジイ、一体何考えてんだよぉ。
覚醒がどうのこうのって言ってたけど、まったく説明無しで納得できるわけがない。
まさかジジイめ、修行とか言ってたが俺を嬲り殺すことが目的じゃねぇだろうなぁ。
――暇潰し。
そう彼が口にしていたことを思い出しゾッとする。
まだ爺さんの人となりを把握できたわけではない。狂った思考の持ち主だったら、この残酷なショーを楽しむためにポチに命じたという理由も理解できる。
チビジジイ、死んだら化けて出てやっからな! 毎晩枕元に立って脱毛剤を頭にぶっかけてやる。超強力なのを! ただでさえ元気のねぇ毛髪の居場所を失くしてやっからなぁ!
だがまだ死にたくはないし、ここから外に出るのも危険だろう。しばらくはここで身を隠すしかないが……。
「――あのぉ」
「ふふぃっ!?」
「あ、ごめんなさい! 驚きました?」
そこにいたのは、地面からぬぅ~っと顔だけ出したカヤちゃんだった。
「っ……はぁ、ふぅ~。し、心臓に悪いからそんなふうにして出てこないでくれ」
「ごめんなさぁい」
本物の幽霊なんだから現実感が半端なく怖い。夜ならチビっているかもしれない。
「カヤちゃんは何でこんなとこにいるの?」
「えっとですね、おじいちゃんにボータさんのサポートをしてあげたいって言うと、いいよって言われまして」
「おお、それは助かる。でもサポート? どんなふうに?」
「聞かれたことに応えてやるだけならいいらしいです」
「なるほど。手を出して助けてはくれないんだな。いや、でも十分助かる。あんがとなカヤちゃん、頼りにしてる」
「えへへ~、頼ってください!」
ただサポートを許可するということは、爺さんの企みが俺の殺害ではないことは確率としては高くなった。殺したいのなら放置すればいいだけだし。
まあ適度に塩を送って足掻く様を見たいっていう狂気を持っているなら別だが。
「んじゃさ、ポチって奴、近くにいる?」
「いいえ。さっき喉が渇いたって言って、水場に行っちゃいました」
「自由だな、ポチ」
ただそれなら時間が稼げて楽だけど。
「あのポチって一体何? あれも魔物って奴?」
「ん~多分」
「多分? 知らないの?」
「ポチちゃんは昔からおじいちゃんのお供をしてるって言ってました。一緒に鬼退治もやったらしいですよ、凄いですよね~」
……ちょっと待て。鬼退治? お供の犬?
「……ね、ねえカヤちゃん?」
「何でしょうか?」
「もしかしてだけど、あのジジイのお供って他にいる?」
「いますよ」
「それってさ……猿とか雉だったりする?」
「わぁ、何で知ってるんですかぁ! ……あれ、急に頭を抱えてどうしたんですか?」
「いや、ちょっと……」
おいおいマジかよ。それってアレだろ? 童話的な主人公じゃなかったっけ?
そういやあの爺さん、桃を食べてたけど……。
「も、もう一つ聞きたいだけどさ、あの爺さんの名前は何て言うの?」
「ん~とですねぇ……本人は桃爺ももじいって呼べって言ってますよ」
俺はさらに頭を抱えた。
桃、犬、猿、雉。そして……鬼退治。
もう確定じゃね? でも何でそんな存在がここにいるの? つうかアレって創作物語じゃなかったの?
…………………いや、考えるのはよそう。頭が痛くなりそうだし。
今はそんなことよりも、この状況を終わらせたい。
「……爺さんが覚醒って言ってたけど、あれって魔術を使えるようになれってことだよな?」
「ん~多分。今ここは非常に魔力を感知しやすくなっていますから」
「? どういうことなんだ?」
「おじいちゃんが結界魔術を発動させていますので」
……! そうか、さっき爺さんが手を叩いた時、妙な青白い光が周囲に走ったのは魔術を使ったからか。
「この空間内は、おじいちゃんの魔力で溢れています。だからボータさんの魔力も感応して、感じやすくなってるはずですよ」
「……でもどうやったら」
「おじいちゃんの魔力は感じます?」
「魔力かどうか分かんねぇけど、妙な圧迫感はある」
「それがおじいちゃんの魔力です」
「それに魔力自体に意志があるようにも感じるな。何ていうか、気を配ってみると、敵意は感じないっつうか」
「! 凄いです。初めてでそこまで感じられるなんて! おじいちゃんが言ってた通りですね」
「言ってた通り?」
「はい! 『あやつは勘が良い。言葉で教えるだけで、大抵のことは感じ取ることができるじゃろう』って言ってました」
物真似は全然似ていないが可愛いのでOKだ。
確か俺のステータスは、感知がAだったはず。だから、なのかもしれない。
それにしても妙な信頼感でどこか気持ち悪い。どうせなら美人で可愛い女の子からの信頼がほしい。あればモチベーションも全然違うのに。
「魔力って、人それぞれ質は違うんですけど、根っこのところは同じなんです。だから今、おじいちゃんの魔力に感じる雰囲気っていっていいのか分かりませんけど、それに似た感覚を自分の中で探ってみてください」
探る……。
簡単に言ってくれるが、どうやって……。
とりあえず目を閉じて、自分の体内の内臓や血の流れなどを意識してみる。
するとちょうど
「――! ――これか?」
「ふぇ? も、もう感じたんですか? ちょっと早いですね」
「多分……だけど。何かここらへんに小さく凝縮された塊がある感じだ」
鳩尾を押さえながら言う。
「そう、そうですそうです! それが《魔力
その時、怖気が全身を走る。
咄嗟に上を見上げると、巨大な顔が俺たちを見下ろしていた。
「あ~見つけたぁ」
「あ、ポチちゃんです! ヤッホー」
「お~カヤ、ヤッホー」
「ヤッホーじゃねぇ! 俺は逃げる!」
俺は全力疾走でその場から離れる――が、
「グルルルゥ……人間にしては速いけど、お~いつ~いたぁ」
一瞬にして前方へ回り込まれてしまった。
くそぉ、何つうスピードだよ! まだ魔力を感じ取れただけだっつうのに!
これをどう魔術に転換すればいいか謎過ぎる。
「ボータさぁぁぁん! 魔術は想像力ですよぉ~!」
背後から手を振りながらカヤちゃんが教えてくれる。
「想像力ぅ? んなこと言ったって!」
《外道魔術》がどんな魔術なのか分からないので、想像しようにもできないのだ。
「ほぉら、捕まえちゃうぞ~!」
「おわっ! ちょ、ふざけんな! それは捕まえるんじゃなく、噛みつくだ! 手を使え手を! ってやっぱ止めてぇぇぇっ!」
「んもう、注文が多いよぉ」
しょうがねぇだろうが! そんな鋭い爪で薙ぎ払われたら即死間違いなしなんだし!
「ひぃっ、うわぉっ、ちょっ、マジでっ、危ねぇってっ!」
俺は噛みつきや前足での薙ぎ払いなどを紙一重に避けていく。掠っただけでゾッとするものを感じる。
「うわぁ、凄いや。全然当たらなぁい。ちょっと楽しくなってきたぁ」
ヤバイ。テンションを上げさせてしまった。
「ちょっとだけ力出すからね~」
「遠慮しますぅぅぅぅっ!」
「あ、また逃げた」
逃げるわ! 今でもギリギリなのに、本気なんか出されたらあっさり死ぬわ!
「待ってよぉ~」
「嫌だぁぁぁぁ! 追いかけてくるなら美少女がいい! 浜辺で一夏のアバンチュールだったら大歓迎なのにぃぃぃ~っ」
しかし現実は、大きな口から涎を垂らしながら、獰猛な瞳で射抜いてくるバケモノだ。どういうことだ、俺の人生は呪われているのか。
「くっそぉぉぉぉっ! 何だか分かんねぇけど、さっさと発動してくれよ俺の魔術ぅぅぅぅぅっ!」
ほとんど無意識だった。
右手に力が集まるように集中したのだ。
その行為に呼応するかのように、周囲を覆っていた爺さんの魔力が、俺の身体へと注ぎ込まれていくように感じた。
そして、俺の《魔力溜まり》が弾けた感じで、一気に魔力が溢れ出し全身を駆け巡る。
それが爺さんの魔力とともに凝縮して右手に集束――眩い輝きを放ち出した。
「な、何だぁっ!?」
俺だけでなく、カヤちゃんもポチも目を見開き動きを止めて俺を見入っている。
光もまたすぐに収束し、気づけば――。
「――! な、何だコレは?」
俺の右手の中には、見たこともない五枚のカードがあった。
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