アンドロイドやないけど電気羊の夢でも見るか
西田三郎
バウンティハンターは疲れていた。
世界一のバウンティハンターと、世界一幸せな男
第1話 2045年:都市生活者の夜
フィリップ・K・ディックに捧げる
そしてわたしはなおも夢見るのだ
羊神のおぼろ影が芝生をふみ、
わたしの歓びの歌につらぬかれた霧なかを
歩んでいくのを -『しあわせな羊飼いの歌』 イエイツ
「夢みたいな話やな」
「夢やがな」 ー 大木こだま・ひびき
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出角の自宅は阿倍野再々再開発地区にある450階建てマンションの352階にある。
今夜の夕食はすき焼きだった。今日は、アレの日か、と出角は思った。
とろける人口霜降りの肉を頬張り、合成アルコール発砲酒でそれを流し込む出角の姿を、テーブルの向こうから妻の鳴美がいやに熱っぽい目で見つめている。
今日の鳴美はやたらにぴったりした薄いTシャツに、これまたぴったりした新素材のパンツ姿である。
それらはこれ見よがしに鳴美の躰の豊かな曲線をくっきりと強調している。
ここ20年、女性の衣服はどんどん窮屈に、ぴったりしたものに進化していった。
40年間昏睡状態だった男が突然目を覚まし、街に溢れる女性たちの姿を見たら、全員が素っ裸の上にボディ・ペインティングでもしてるのか、と肝を潰すだろう。
特に今日の鳴美は挑発的だった。
Tシャツはベージュで、パンツは薄いオレンジ色である。
出角は4年前に近視矯正手術を受け、左右の視力を3.0までに上げたが、それ以前の出角が裸眼で今日の鳴美を見たら素っ裸に見えたに違いない。
鳴美は今年で28歳。出角が彼女と知り合った24歳の頃と少しも変わらない。
薄い一重の瞼、小さく小振りな鼻、少しだけ下品にも見える厚い唇。
流行の少年のように短い髪。
そしてその肉体は出角の伺い知らない最新ダイエット技術(こういう分野は相変わらず日進月歩だ)により、見事に絞られながらも、自己主張するべきところはしっかりと保たれている。
一体、今年40歳になる自分に、なんでこうもまたパーフェクトな妻があてがわれたのか……?
「おいしい?」鳴美が聞く。「“はり重”で買うてきたんよ、その肉」
「うん、むっさ旨い」出角はそう言ってちらりと鳴美を見た。
やはり目が潤み、唇にはいつもより艶がある。やはり間違いない“今夜はヤってくれ”の合図だ。
時々出角は自分の幸福を疑いたくなる。
40年前には想像もつかなかったことだが、今地球の女日照りはただ事ではない。今や地上の人間の男女比率は男が4、女が1というとんでもない状態である。
21世紀初頭には、“メス化する自然”なんてタワゴトが大手を振っていたが、今ではお笑い草である。
ホモ・セクシュアルは公然と市民権を得ている。
今、日本の総理大臣はホモであることを公言している。その前の総理大臣も、その前の総理大臣もそうだ。その前の前の総理大臣は違った。彼は野党出身の公明正大な人物だったが、十二歳の少女を模したアンドロイドと生活していることをスクープされ、政治生命を絶たれた。
女性の数が圧倒的に減ったからといって、それに比例して男性の性欲が減退するわけではない。
ホモ・セクシャルに素直に移行できない多くの男性は、科学技術の恩恵に預かることとなった。
しかし、なぜおれはそのみじめな男たちの一人にならなかったのだろう?
出角は首を捻らざるを得ない。
はっきり言って、出角は自分でも自分のことを冴えない男だと思う。若ハゲで馬面、体つきは華奢だが腹がぽこんと出ている。足は短い。これに加えて、近視矯正手術を受けるまでは、牛乳瓶の底(今となってはガラス製の牛乳瓶は骨董価値がある)のようなメガネを掛けていた。
男というものは誰しも、自分の外見に関しては根拠のない自信を持つものだが、出角は違った。
外見だけならまだしも、出角の職業ときたら蛇蝎のように嫌われる、バウンティ・ハンターである。
この街……大阪に住む娘を持つ母親は、みな娘に小さい頃から言い聞かせせる。
“ええか、ストリートミュージシャンと結婚してもええから、バウンティ・ハンターとだけは結婚したらあかん。あれは人のやる仕事やない。安定した役所務めがなんぼのもんや”
なのに……4年前、仕事の途中でへまをやらかし、大けがをして運び込まれた病院に看護師として務めていた鳴美は、初対面のときから出角に好意的だった。
当たって砕けろで求婚してみると……あっさりOKしてくれた。出角は今も、鳴美にプロポーズしたあの病院の屋上での午後を思い出してはほくそ笑む。
「うちも……出角さんのこと、ほんまは好きやってん……」鳴美は潤んだ目で出角を見つめた「なあ……こんなこと、頼んだらイヤやない?」
「何?」
出角は上擦った声で訊いたものだ。
「あの……給水塔の裏に行かへん? うちもう、我慢できへんわ」
断る理由はなかった。
出角と鳴美は給水塔の裏で結ばれて……1ヶ月後に結婚した。
さて夕食も終わり、いつもどおりに洗い物をしようと出角が腰を上げたその時、鳴美がまるで猫のようなしなやかさで、後ろから抱きついてきた。
「片づけ……明日でええやん」鳴美が耳元で囁く「ええ肉で、しっかり精ついたやろ……?」
「そんなに……我慢できへんのか」
出角は鳴美を省みた……甘く熱い息の匂いがした。
いきなり、出角は鳴美を台所のフリーリング床に押し倒した。
「きゃっ……ちょっと……こんなとこで?」
柔い抵抗を店ながら、鳴美が半笑いで訴える。
「……したいんやろ?」出角は鼻息荒く鳴美のオレンジ色のパンツの前ホックを外した「……めっちゃくちゃにしたるわ。この板間で……めっちゃくちゃに」
「うんっ……けだもの……」鼻に掛かった声で、鳴美はそう言って笑った「……あ、……んっ」
出角は信じがたいほどのフィット感で鳴美の上半身を覆っていたベージュのTシャツを胸の上までまくり上げた。
半透明の通気性プラスチック・ブラが鳴美の勢いある乳房を、より戦闘的なものに見せていた。とりあえず上半身はその状態にしたままで、皮をむくようにパンツをはぎ取る。
下半身に点けているのもブラに会わせた半透明のプラスチック・ショーツだった。
陰毛がうっすらと透けていて……出角はさらにふるい立った。
「……もう……恥ずかしいやん……そんなに見んといてえな……」
紅潮した顔で鳴美が言う。
出角は自分のズボンとパンツを降ろし、そこらに脱ぎ散らかした。
連続装用コンドーム(避妊なしのセックスは登録制であり、違反すると犯罪に当たる)を装着した出角の肉棒は呆れるくらい張りつめて天井を向いていた。
「ほれ」
出角は鳴美の手を取り、超薄伸縮性プラスチックに覆われた肉棒を握らせた。
「えっ……あっ……そんな……カッチカチやん……いくら肉食べたから言うて…」
鳴美は顔を背けながらも、まとわりつくような指使いでそれを愛撫しはじめた。
半透明プラスチック下着をつけただけの鳴美の豊満な肉体が、フローリングの上で淫らに蠢いている。
合成アルコール発泡酒が、鳴美の肌全身をうっすらと桃色に染めていた。
「あっ……んっ…」
鳴美の胸と下腹に張り付いていたプラスチックの薄い膜をはぎ取る。
床の上で胎児のように丸くなる鳴美の躰を裏返すと、腰を持ち上げた。
鳴美は床に肘をつき、豊かで柔らかな丘陵とその間の濡れそぼった泉を剥き出しにしている。
「なあ……ちょっとこんなん……恥ずかしいやん……」
鳴美は少し非難がましい目を出角に向ける。
出角はその光景に酔っていた。
尻から腰に掛けてのなだらかなカーブ。そこから肉はまたゆっくりと坂を上りその果てには浮き出た肩甲骨がある。人類が火星に移住する時代になっても、素晴らしいものはやっぱり素晴らしい。
「んっ……」
出角が指先で、鳴美の入り口に触れた。
そこからはすでに“準備オッケー”を示す淫らな液体が溢れていた。
「もう……準備万端……っちゅう話やな」
「……あほ……」半眼の鳴美が言う。
それを合図に、出角は一気に突き入れた
「ほれっ!」
「あんっ……!」
ゆっくりと、味わうように、腰を使った。
鳴美の尻がそれに併せてせがむように動く。
鳴美はもはや肘で躰を立てておくこともできず、床に頬をつけていた。
部屋の中はしんとしており、二人の結合部分が発する淫らな水音だけが響くようだった。これは……と出角は思った……なかなか素晴らしい性行になりそうである。
「……なあ……」鳴美が消え入りそうな声で言う「……もっと……」
「もっと………どうして欲しいんや?」
出角は毎度の意地悪をはじめた。
「……あほ……毎回毎回、言わせんといてえな………」
「ほな、抜いてまうで?」
出角が腰を引く
「ああっ…」鳴美の尻が追ってきた「……もう、いけず……」
「どないして……ほしいんや?」
出来るだけ、気分をもり立てて出角はいやらしく声を出した。
「つ……突いて……突きまくって………」
観念した鳴美が、溜息まじりにそう漏らした。
出角は前後に激しく腰を動かしはじめた。
「……あっ………んっ……ああっ……んっ………うっ………ああっ………んん…す、すごいわ……あんた、なんで今日は……んっ……こんなにすごいん?」
「“はり重”の肉が効いたんと違うか……どや……ええか?……ええのんか?」
「むっ……むちゃくちゃ……むっちゃくちゃ……気持ちええっ……」
鳴美は正直だった。
既にその内股を、夥しい液が垂れ、筋を作っていた。
出角は宣言通りむちゃくちゃに腰を動かすと……やがて連続装用避妊具の中にしたたかに射精した。
そして、そのまま妻の背中にぐったりと倒れた。
「……もう、ほんまに……けだもの……」
紅潮した顔に玉の汗と笑顔を浮かべて、鳴美がつぶやく。
避妊具が精液を分解し、気化するときのシューッという音を聴きながら、出角は鳴美の耳たぶを噛んだ。
出角はそれから適当にキッチンを片づけると、寝室で待つ妻の元へ向かった。
結局その夜はベッドでも3回やった……“はり重”の肉はすごい。
二人は全裸のまま、ぐったりとベッドに身を投げ出していた。
微かに、犬の遠吠えが聞こえた。
「327階の、石田さんとこの犬やね」鳴美は言った。
「ああ、あそこ、犬買わはったんか。……もちろん模造やろ?」
「……うん、黒門の模造動物店で買うたんやて。可愛い柴犬や」鳴美はそういって出角の首に手を回した。「……昔、うちも子どもの頃、犬飼うてたんやで。柴犬やったわ。ほんものの」
「……うちも、なんか動物飼うか……どや、次の休みあたり、黒門市場に行ってみいひんか」
「うちは……ええねん」鳴美が出角の胸に頬をあてる。「あんたさえおったら」
いつの間にか、鳴美はそのままの姿勢で眠っていた。
やがて、出角も眠りに落ちた………そして、いつもの悪夢を見た。
階段の踊り場でばらばらになっている女のアンドロイド……レーザー銃を手に、階段の上からその亡骸を眺めていた出角の視線を、女アンドロイドの生命を失った目が捉える。
アンドロイドは目からひとしずく涙をこぼす。
いつもそこで、出角は汗まみれで飛び起きてしまうのだった。
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