32話 だって、正しいよ
クラールは、二人の知っているクラールとは決定的に違った。
透き通る髪は煤をかぶったかのように汚れ、白い肌は炭を塗りつけたように黒く、赤い瞳は不気味に光り、そして背には月の
「しゃべれないだろう。そのままでいい」
クラールはそう前置きしてから言葉を紡ぎ始める。
「いきなりいなくなってすまない」
二人はクラールがいなくなっていることを知っていた。
しかし、それを互いに認識していながらも機械仕掛けの大鯨に襲われた時から、青の世界の果てについたときから、様々なことがありクラールのことが話題にあがることはなかった。
「どうして俺がお前らの竜の中にいたか知っているか?」
フロイはただクラールを見つめ、パルチェは恐る恐るといった様子で首を横に振った。
「お前を止めるためだフロイ」
フロイはマスクの下で表情を変えなかった。ただ、いつもは表情の変化に乏しいパルチェが代わりというようにおどろいた表情を見せた。
「でも、おかしいよな。矛盾がある。それを選んだのは俺――クラールじゃない。俺の中の」
月の使者だ。
「月は臆病だ。こいつは世界の理で、世界そのものだ。
世界を正しく回すために。
お前みたいに月を壊そうとする
「だから、月の使者の力を使ってお前らの竜の中にもぐりこんだ。そして、お前を殺す機会を狙っていた」
でも、それならどうして私たちが気付くまでずっと眠っていたのか。私たちに月に行く方法を教えたのか。パルチェは視線だけで問いかけた。
「月に行く方法を教えたのは、お前らがあきらめてくれると思ったから。空の主――機械仕掛けの大鯨。あいつに拒まれて、あきらめてくれると思っていた」
お前らの竜を前に簡単に落とされたけどな。
「俺が――クラールが抑えていたんだ。眠ることで月の使者を。もう、人を月に連れていきたくはなかった」
俺は青の世界の果てでいじめられていた。
いや、いじめなんて優しいものじゃない。迫害だ。文字通り害悪あつかいだ。
透き通る髪も、馬鹿みたいに白い肌も、赤い目も――あそこに住む人にとっては恐怖だった。
何か災厄の前触れだと感じたのかもしれない。
俺はそんな世界が嫌で、嫌で、死んでしまいたかった。
そんなとき月の使者がきた。
俺は連れていかれて終わりだと思った。
けど、終わらなかった。
そいつは俺の中に入ってきて、俺を――
「青の世界の果ての人間を全員月へ連れて行った。復讐のために使われたんだ」
望んでもいなかった復讐のために。
「復讐なんて意味なかった。復讐した俺が言うんだ」
だからやめろよ。復讐なんて。
「
クラールは瞳の赤から光を消した。
「今なら――見逃せる。いつかお前――お前らにも月の使者はやってくる。それがこの世界だ。月を壊すなんて馬鹿なこと止めれば、少しの間は見逃してくれる。だから、青の世界に戻れよ」
悲しい笑みだった。
パルチェは揺らいだ。どうしようもなくクラールが正しいように思えて仕方なかった。
だが。フロイは違った。
パルチェの手から手綱を奪い取り、機械仕掛けの竜を操った。
竜が吠え、クラールに白炎を吐き出した。
「そうか……」
クラールの思いは――自ら望んだ復讐に燃えるフロイには届くことはなかった。
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