最終部 ふくしゅう

31話 再開は、月で

 深い青色が広がるそら

 機械仕掛けの竜に乗る二人の少女はてんてんへと上昇を続ける。

 

「…………」


「…………」


 パルチェとフロイの間に会話はない。いや、できない。

 空気を送り込むボンベからつながるマスクが言葉を奪っていた。


(どうしたの?)


 パルチェは訊きたかった――訊けなかった言葉を胸の内で何度も反芻した。

 ヘルツと別れ、パルチェの元に戻ってきたフロイは変わっていた。

 瞳の色が、表情が――雰囲気が。

 何かに燃えていた。

 今までとは違う――今までのフロイを、パルチェは今のフロイに見つけられなかった。

 フロイが青の世界の果てで、何か自分を変えるものに出会ってしまった。そのきっかけがあった。それはわかった。

 でも、何もわからなかった。

 パルチェはいつも通りフロイを出迎えて、フロイはいつも通り振る舞って、何もかもいつも通りで、何もいつも通りではなかった。

 フロイから月への生き方を教えてもらい、マスクとボンベを機械仕掛けの竜に積み込み、ご飯を食べて、ひと眠りして、青の世界の果てから飛び立った。

 その過程の中で、パルチェはずっと隣にいたはずのフロイから遠ざかってしまったような感覚に陥っていた。


(でも、今は)


 もう、月に向かって飛び始めてしまった。

 フロイに、何があったのか尋ねる機会は失われてしまった。

 だから、早く月なんて壊してフロイにどうしたのか、なにがあったのか、そんなことに耳を傾けたかった。


(だから、月を目指す)


 手綱を操り月へ。月へ。

 冷たい世界を切り裂いて、竜は羽ばたく。

 空気がなくなりそうなボンベを何度か交換し、その度に月が近づいてくるのを知った。

 たどり着けそうなほど月が近づいたのは、青の世界の果てから飛び立ってどれくらい経ってからだろうか。

 青の世界で何度も、何度も見てきた月が――


 目の前にあまりに大きく広がった。


 月は――この世の理を表すかのような巨大な水車であった。

 巨大な水車が金属球ルンデを割るように、真ん中で静かな回転を続けている。

 金属で作られた月はいくつもの蒸気機関で巨大な水車をゆっくり、ゆっくり回し、あちらこちらから伸びるタンクから水をもらい、それを静かに少しずつ世界に零している。

 水はちりばめらた星の光を受けて輝いている。

 パルチェはキラキラ輝く水を見て、月は水の量で欠けたり、また大きくなるのだと知った。

 あまりに現実離れした光景にパルチェは呼吸を忘れた。

 その隣で、今まで見たこともない形相で月を睨んでいるフロイには気付かずに。

 ふと、視界に何かがものすごい勢いで飛んでいくのを見た。

 それは月の使者だった。

 月の使者は二人が見ている前でーー


 一人の人間の頭をねじりとった。


 異形は頭を捨てると、首から零れるソーマをトクトクとタンクに注いだ。


「来たか」


 あまりに残酷な光景に言葉を失う二人の前に――

 体の半分を異形に染め上げたクラールが現れた。

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