29話 連れていかれた、人たちは

 ヘルツの言葉はフロイには意外なものだった。


「月を壊してはいけない……?」


「ハ、イ」


「どうして? ヘルツは憎くないの? みんな月に連れていかれちゃったんだよ?」


「……ハイ」


「それなら壊したくならないの?」


「イイ……エ」


「……寂しくないの? ここにいた人みんな連れていかれて」


「……サビシイ」


「なら、どうして? どうして月を憎んでいないの?」



 フロイはよくわからなかった。

 フロイは幼いころ、自分から全てを奪っていった月が憎くて仕方なかった。

 月なんて壊してしまえば、自分のように寂しい思いをする人がいなくなると思った。

 しかし、ヘルツは寂しいくせに憎くないという。

 フロイにはつながるはずのその感情がつながらないことが不思議だった。


「ミンナ……ツレ、テイカレテ……サビシイ、デス……デモ、ニク、ム……コトハモットカナシイコトデス」


「そう? 大切が人が連れていかれて、もう二度と戻ってこないのに、大切な人を奪った存在を憎まないのはその人がかわいそうだよ」


 私はかわいそうじゃない。


「ソウカモ……シレナイ、デス……」


「なら――」


「デモ、ニクシミカラハ、ナニモ……ウマレナイデス」


「…………」


「ソレ……ニ、カリニ、ヒトガ、ダレ……モ、シナナケレバ……シヌコトガ……ナケレバ……コノ、セカイハ、ヒトデアフレカエッテ、シマイ、マス……」


「大切な人がずっと隣にいることの何が悪いの?」


「コノ……セカイハ……カルマガ、ヒトニ……シヲ……ハコブ……ツキニ、ツレテイクコトデマワッテイマス」


「世界が回っている……」


「ハイ……マワラナイ……セカイハ……トマッテ、シマッタセカイ、ハ……オワッテシマイマス……」


 それでもあなたは月を壊しますか?


「うん……壊すよ……」


「ソウ……デスカ……」


「動く絵見せてくれてありがとう。それじゃ――またね」


「ハイ……」


 フロイはパルチェの元にもどるために、ヘルツに背を向けた。

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