23話 機械仕掛けの、大鯨<中>

 フロイは完全に意識が覚醒した後も、ベッドの中で身を抱き目を閉じていた。


(…………)


 世界の仕組みなんて知りたくなかった。

 未だにクラールの話を本当だと信じたわけではない。半信半疑だ。実際は、パルチェとフロイは確実に月に近づいていて、終わらない追いかけっこをしているのではないのかもしれない。ただ、その月にたどり着けない原因は――世界の仕組みが本当だという裏付けかもしれない。

 そう考えると、エールの死には、名前の知らない、月の使者に奪われた人の責任は――


「あたしかもしれない」


 暗闇の中で一人つぶやく。

 現実が、あまりにも重かった。

 フロイ一人で他人の死の責任を負うのは、おかしいのかもしれない。

 しかし、この世界でただ一人月を壊そうとしているのは自分だけだと認識しているフロイにとって、それはおかしなことでもなんでもなかった。

 少女フロイランが、世界ヴェルトが、ツヴァイフェルンっている――

 

 それが現実ヴィルクリヒカイト

 

 それに気が付くのは――二人きりの世界では誰もいない。存在しない

 だから、目をつぶって否定する。閉じこもる。

 自分は悪くないと繰り返す。

 そんな自意識の中で、フロイは機械仕掛けの竜が空をゆっくりと、真上(てん)に向かって飛んでいることに気付いた。

 

(きっと、パルチェはあたしのために青の世界の果てを目指しているんだ……)


 そのことに気付いても、フロイは立ち上がることができなかった。

 代わりに、久しぶりに味わう長い浮遊感に痛くなったこめかみを手で押さえるだけだった。

 いくらか時間が経ったとき、突然腹の底から響くような音の波がフロイを襲った。


「なに……?」


 その重低音は明らかに機械仕掛けの竜の咆哮ではなかった。

 それなら何が――

 思考に至る寸前、竜の胎の中が揺れた。

 

「きゃ……!」


 強い衝撃に、フロイは慌ててベッドの柵に手を伸ばし、落下を防いだ。

 衝撃が過ぎ去ると、今度はフロイ自身がおかしくなったと錯覚するほど部屋が壊れそうなほど暴れた。

 立っていられないほど機械仕掛けの竜が暴れているのが分かった。

 三半規管が壊れそうになる寸前、フロイは機械仕掛けの竜が落ちていることが分かった。

 落下は止まらない。


「ぱ、パルチェを助けないと……!」


 自ら閉じ切った世界がパルチェという存在によって壊された。

 フロイは部屋を飛び出た。

 それを自覚する時間もないまま。

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