五部 きかいじかけ

21話 空の果てを、目指して

まだ夜が明けていない暗い時間に、クラールは目覚めた。


「…………」


 本来は、彼の体は眠りを必要としていない。あの時から、クラールの体はクラールのものではなくなってしまった。

 それでも、眠って――いや、眠っているふりをしていた。

 自分に正体に気付きたくなかった。


「行くか……」


 居場所はここではない。

 心が叫ぶ。あの可憐な少女たちの近くにいてはならない。

 わずかに残った正常な本能が叫んだ。

 冷たい廊下を歩き、ハッチへ。

 星が降る空に出る。

 まだ見えない青の世界の果てを見つめる。


(帰る場所は……)


 遠くを見つめた燃えるような赤を忘れた。

 身を燃やし、体を異形に飲み込まれるままに委ねる。

 水を一粒落とすと、クラールは――クラールだったものは闇に溶けた。



 目を覚ます。

 普段と変わらない目覚めの光景がパルチェの前に広がる。

 ベッドから降り、身支度をして廊下へ。ハッチを開けて、まぶしすぎる空を眺める。


「クラールの言っていたことは……」


 本当? 自問自答した。

 世界の仕組み。永遠に追いつけない月を追いまわしていた。まるで歯車のように。

 

「…………今からなら、間に合う?」


 いつも隣にいて、今はいない存在フロイに問う。

 彼女は――これ以上ないほど傷を負ったはずだ。

 世界の仕組みを知っていれば、今頃月はなくなっていたかも知れない。

 世界の仕組みを知っていれば、エールがに連れていかれることなんてなかったかもしれない。

 世界の仕組みを知っていれば、誰もに連れていかれることはなかったかもしれない。

 そんな風に自分を追い詰めているに違いない。


「……フロイ」


 しばらく彼女は部屋から出てこないかもしれない。

 それなら飛ぶと決めた。

 フロイのために。月へ。

 翼の根元に移動する。

 二人分のスペースに一人で座る。

 手綱を握ると、機械仕掛けの竜がいつもより少し寂しげな咆哮をあげた。


「行こう」


 竜は真上てんへ、飛び上がった。

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