19話 世界の、秘密

 クラールはパルチェに声をかけて大きさの異なる皿を二つもらった。


「いいか、この小さい皿が月だ」


 クラールは机の上に皿を置いた。


「それでこの大きな皿が”世界”だ」


 大きな皿を小さな皿から離れた場所に置く。


「俺たちはこの世界の上にいる」


 クラークの綺麗な指が大きなお皿の淵を叩いた。


「さて、ここから月に行くにはどうしたらいい?」


「そんなの簡単だよ。月に向かって真っすぐ飛ぶんだよ」


 フロイは大きな皿の淵から、小さな皿に向かって指先で真っすぐ線を引いた。


「そうだな。なら、どうして月に辿りつかないと思う?」


「月までの距離が遠いからでしょ?」


「それもある。けど、違う。お前らはこれまでずっと青の世界を飛んでいるんだろ?」


「うん」


「青の世界は”世界”の表面を覆っている。その下に白の世界。一番下に大地がある」


 大きな皿を内側に向けて順に円を描いていく。


「ということは、お前らはこの”世界”の表面をずっとなぞっているだけってことになるな」


 クラールが大きな皿の外側をくるくると何周もなぞる。


「えっ? えっ? ちょっと待って? もしそうなら、私たちが反対側まで進んだら月は見えなくなるはずだよね? でも、新月の時以外はずっと月は見えてるよ?」


 フロイは大きな皿を反対側まで指でなぞり、小さな皿が見えないことをアピールした。


「そうだな。だが、月はこの”世界”の周りを回転してる」


 クラールが小さな皿を、大きな皿の外周にそってぐるりと一周させた。


「それならどうだ? 月を追ってお前らは永遠と青の世界をめぐり続けることになる」


 小さな皿を大きな皿の外周に沿って回しながら、空いた右手の人差し指で小さな皿を追う。


「これならお前らと月との距離は変わらない」


「…………」


 フロイは黙りこんでしまった。


「……できた」


 タイミングがいいのか悪いのか、その時ちょうどパルチェがご飯を持ってきた。

 色の薄いスープと焼いたハム。そして、固いパン。

 それを目の前にして、クラールは月と”世界”に見立てた空の皿をどけた。


「食べていいか?」


「うん」


 パルチェが勧めるとクラールは無表情のまま、パンをスープに浸して口に運んだ。


「ねぇ、クラールがいうことは本当なの?」


 フロイの代わりにパルチェが問う。


「あぁ」


「それじゃ、私たちのやってきたことは無駄?」


「かもな。だが、それを決めるのは俺じゃない」


「……そもそも、世界の仕組みは本当?」


「あぁ。嘘だと思うなら上に飛んでみろ。”世界”が回転しているかどうかわかる」


 それきり、クラールは黙りこんでしまった。パルチェももやもやしたまま食事を始める。

 そんな二人の間でフロイはショックを受けていた。


(もし、間違っていたなら……)


 月にたどり着ける道を選んでいたなら、月はもうすでに壊せていたかもしれない。

 エールは奪われなくてもよかったかもしれない。

 その事実が、水がしみこんでいくようにゆっくりフロイを締め付けた。

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