四部 せかい
16話 月に、奪われて
太陽が真上に来た。
いつもなら、二人はとっくに機械仕掛けの竜の鞍にまたがり空を飛び回っている頃だ。
しかし、二人は固く閉ざした部屋の中にいた。
「…………」
「…………」
パルチェの部屋で、二人はベッドの中で静かに抱き合って。、眠っているか起きているかもわからない、静かな世界に閉じこもっていた。
フロイはパルチェの薄い胸に顔をうずめ、離れないように、寂しくならないように手と足をぎゅっと巻きつけている。頬に残る軌跡は、とうの昔に枯れた涙の残滓を香らせている。
パルチェは何も言わず、そんなフロイにされるがままになっていた。
(どうしようも……ない……)
パルチェは諦観にも似た感情で、フロイの熱を感じていた。
幼いころから――物心ついたころからずっと一人だった。
フロイがきて、ようやく孤独と絶交した。
わからないのだ。
奪われる――苦しみを。悲しみを。
もちろん、エールが月の使者に連れていかれたことはショックだった。とても悲しい。
しかし、フロイのように泣けない。
いつか、奪われてい行くと想像できない。
大切な人はフロイ一人だ。
そのフロイはパルチェの胸の中にいる。
フロイのように何人も、何十人もの人を奪われていない。
その悲しみを、エールを奪われた悲しみとつなげられない。
「……フロイ」
パルチェは、恐る恐る残酷なことを訊く。
「私が連れていかれたどうする?」
「いやだっ!」
フロイは何もかも切り裂くような声で叫んだ。
「いやだっ! いやだっ! いやだっ! もう、知っている人が、あたし知っている人がいなくなるなんていやだっ!」
「フロイ……」
パルチェはフロイをぎゅっと抱きしめて、亜麻色の髪をなでた。
「もう誰も奪われたくないよっ……」
ぽろぽろ落ち始めた涙を、パルチェは指先で受け止めた。
「
「うん」
「月を壊して、もう誰も
「うん。壊そう。月なんて」
パルチェはフロイの泣くところはもう二度と見たくないと思った。濃紺の双眸は笑っているほうが似合う。
だから、月を壊して、もうフロイが泣くことがない世界を作ろう。
それを伝えるために、パルチェはフロイの柔らかい手を握りしめた。
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