15話 月の、正体

 夜になり、二人は自分たちの寝床に戻るためにエールの機船を出た。


「お料理ごちそうさまでした!」


「ごちそうさま」


「いいえ、二人ともやっぱり若いわね。食べっぷりがいいわ」


「いえいえそんな」


 エールの言葉に謙遜するフロイ。


「それではまた明日の朝、挨拶させていただきますね」


「えぇ。今夜はゆっくり休んでね」


「おやすみなさい!」


「おやすみ……です」


「はい、おやすみ」


 エールと別れを告げると、二人は来たときと同じように鉄線を使い機械仕掛けの竜に戻った。

 竜の背を歩き、翼の根元にあるハッチへ。


「エールさんいい人だったね!」


「うん」


「青の世界で空の民に会ったのは久しぶりだよ!」


「そう」


 フロイがハイテンションに話しかけ、パルチェがローテンションで返す。そんな普段通りの会話が繰り広げられる。

 ふと、パルチェが漆黒に染まった空を見上げた。

 黒にミルクを垂らしたような空が広がっていた。

 白、青、赤……そんな三色を基本に、それらが複雑に混じり合ったような、そんな光が躍るように光る。

 時々、それに花を添えるように燃えた星が流れ、闇に溶けて消えていく。


 全てを受け入れ、全てを拒否する夜の空は素晴らしく美しく――素晴らしく恐ろしかった。


「あれ?」


「どうしたの?」


「月が……見当たらない……」


「本当?」


「うん」


 昼でも夜でも青の世界の片隅に浮かんでいる月がない。


 それはこの世界では――あることを意味していた。


ソーマが落ち切った……」


 月は水の量で輝く量が変わる。水は日を追うごとに失われ――不完全しんげつになると


「今日だったんだね、月があたしたちを奪っていく日」


 水の補給のために人を月へ連れていく。

 

 せかいはソーマで溢れている。

 が水を零し、空気の中に溶け込んで、雲を作りあげ、雨を降らし、ありとあらゆる生物に取り込まれる。

 そんなはぐるまの中、世界の頂点にいる人間は――水の濃度が濃くなる。

 良質な水が取れる。

 月はそんな良質な水を補給するために――零した水を取り戻すために

 人を月へと連れていく。


「あっ――」


 パルチェが驚いた声を出す。


 空には月が――使者カルマがいた。


 不可視の炎に身を焼き、濃度の高い水の持ち主を探す。翼を持つ、この世のものとは思えない歪な塊。


 それが――向かった。エールの機船に。


「エールさん!」


 声を上げたのはパルチェかフロイか。

 それでも、飛び出したのはフロイが先だった。

 鉄線を機船に打ち放ち、瞬時に移動する。

 

 青が消えた世界よるをフロイが軽やかに舞う。


 しかし、使者はそれを無視して、まだ甲板に出ていたエールを――


 ころしたった。


 断末魔が二人を切り裂く。

 それに反応して、パルチェが鉄線を使い素早く鞍まで移動し、手綱を握った。

 月の使者を追う。

 しかし、死者は機械仕掛けの竜が咆哮を上げたときには、星と変わらぬ大きさになっていた。


 静かな世界で、パルチェとフロイは時を時を止めた。

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