14話 月と、過去

 エールは甘い一口紅茶を啜ると滔々と語り始めた。


「私と夫はとある丘(なみうちぎわ)の町で出会ったわ」


 その町はありふれた雲の民が住むごく普通の町だった。そんな町で若かりし頃のエールとその夫は出会った。


「その町ではお互いに名前を教えて少し世間話をしただけだったわ」


 夫の第一印象は精悍な顔つきをした青年といったもので、その時は特別好きになることもなかったらしい。


「町での用が済むと私たちは空にもどったわ。もちろん、行先は違う場所。それが空の民だからね」


 空の民は一か所にはとどまらず、永遠に旅を続ける。それはパルチェやエールだけではなく、例外なくどの空の民もそうだ。


「しばらくして、私たちは白の世界の町で再開を果たしたの。お互いに運命を感じた私たちはそのまま惹かれあい夫婦になったわ」


 夫婦。その言葉を口にしたときだけ、エールの口元が穏やかに緩んだ。


「でも、幸せな日々は続かなかったわ」


 ある新月の日、エールの夫ははに目をつけられた。


「月に連れ去られたの。今でも夫が連れ去られていくときの言葉は忘れられないわ」


 生きろ。


「それから今日まで私は生きたの」


 エールは再び甘い紅茶が入ったカップに口つけた。


「年寄りのつまらない話を聞かせてごめんなさいね。さぁ、久しぶりにお客様をお迎えしたし豪華な食事にしましょう」


 エールのさみしそうな笑顔に、パルチェもフロイも何も言えなかった。



 その夜、二人の前には豪華な料理が並んだ。

 香菜のサラダにエアフィッシュのから揚げ、ボイルしたソーセージのトマトソースかけに生ハムのサンド。


「うわー! おいしそう!」


「うん……!」


 食べたこともない豪勢料理に二人は歓喜の声を上げた。


「いっぱい食べてね」


「いいんですか? こんな貴重な食材使って……」


「私が一人でちびちび食べるより、あなたたちに食べてもらったほうがうれしいわよ」


 ニコニコしながらエールは席に着いた。


「さて、食べましょう」


 二人は素晴らしくおいしい料理を堪能した。

 この後に起こる出来事も知らず。

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