4話 蒸気の、世界で

 ポーチに入れた食料を食みながら空の旅を続けていると、太陽の力が弱まり月の輝きが増してきた。

 夜になると、二人の少女は特別な事情がない限り機械仕掛けの竜の体内に戻る。


「フロイ、中に」


「うん、そうだね」


 フロイは群青色おわりに染まってきた空を見て頷いた。

 パルチェが手綱を操り、機械仕掛けの竜に減速飛行を命じると、竜の周りで荒れ狂っていた風がいくらかおさまった。

 風が弱まったことを確認すると、二人は竜の首をたどり翼の付け根に。ハッチを開けて中に滑り込む。


「ごはん、お風呂、どっち?」


「うーん……ごはんかな?」


「わかった」


 二人は廊下をたどり竜の腹のほうへ行く。二人の部屋を超え、大きな空間に。そこには小さな台所があった。


「スープとパンでいい?」


 食料を保存しておくためのボックスを漁りながらパルチェが問うた。


「ソーセージは?」


「……贅沢」


「えー」


 フロイの抗議を無視して、パルチェはいくらかの野菜とパン、それに干し肉を削ぎ落とした後の骨を取り出した。

 鍋に水を張り湯を沸かす。そこに骨を入れ出汁をとる。野菜を切り、炒めてから骨のうまみが染み出したスープに入れる。固いパンを焼き、お皿にスープとパンを盛れば夕食の完成だ。


「できた」


「それじゃあ、食べようか?」


 パルチェが調理している間、その姿を見つめるだけだったフロイが最後くらいはとお皿を持って台所に備え付けられたテーブルに。

 パルチェとフロイが向かい合って座ると、二人は無言のままに食事を始めた。

 スープはほのかな肉のうまみと野菜のエキスが溶け込んでいて、塩のみの味付けだが申し分のないおいしさだった。パンは固すぎるのでスープに浸しながら食べる。


「おいしいね」


「ん」


 フロイの思わずこぼれた笑みにパルチェは頷き返す。

 そうして、静かな長い夕食は終わる。


「今日も料理作ってくれてありがとね」


 食事を終えたフロイがパルチェに微笑みかけると、返事も聞かないままフロイは食器を洗い始めた。


「先にお風呂行ってる」


「りょーかい」


 フロイが泡だらけの手を振りパルチェを見送る。

 パルチェは食堂の奥にあるお風呂場にむかった。

 お風呂は蒸気で適温に熱せられたお湯が並々と湯船に張られただけの質素なものだ。しかし、常に空という低温環境で過ごすことを強いられる少女たちにとってはこのうえない贅沢だ。

 パルチェはツナギを脱ぎ、タンクトップと下着を四肢から引き離した。

 少女が少年か見分けのつきにくい体は細く電線のようであった。

 パルチェは湯船に入り、頭までお湯に浸かった。

 音を立てて湯船から上がり、液体の石鹸を頭から浴びて柔らかなタオルで体中をこする。


「わぁ!」


 パルチェが体を洗っているとフロイが突然飛び込んできてその細いからだに抱き着いた。


「何するの?」


「ちょっとふざけただけだよ。怒らないで」


 睨んできたパルチェをたしなめるようにフロイが言うと、パルチェは溜息をついて湯船につかり体中の泡を洗い落とした。

 そんなパルチェの姿に苦笑しながら、フロイはパルチェと同じように液体の石鹸を頭からかぶり体を洗はいじめた。フロイの体は地の民らしく幼いながらも女性らしく胸部と臀部に豊かな脂肪を蓄えていた。


(女の子っぽい……)


 フロイの体を羨望のまなざしで眺めていることを悟られないように、パルチェは静かに視線を固定した。


 お風呂から上がると、二人はそれぞれの部屋に戻り眠る。


「おやすみ」


「おやすみ!」


 竜の胎内で、二人は生まれてくる命のように身を丸める。

 月は、昼の太陽に負けないように爛々らんらんと夜を照らしていた。

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