3話 空の果てと、月の光

 咆哮が風と共に去ると、機械仕掛けの竜は正面に月を捉えた。

 真昼の、白く、白く輝く月。

 フロイからすべてを奪った月は、今日も昼の世界で太陽に隠れて生きる。


「…………」


「…………」


 フロイは無言で月を、パルチェは無言でフロイを見つめた。

 宝石のような瞳が、互いの瞳をうつし合うことはない。

 静寂を切り裂くために、パルチェは手綱を片手で握り、自由になった右手でポーチの中を漁った。


「フロイ、ごはん」


「んっ」


 パルチェが硬い香辛料つきの干し肉を手渡すと、フロイはそれを受け取り口に放りこんだ。パルチェも自分の分を取り出し口の中へ。

 干し肉には大量のスパイスがまぶされている。これは、空という熱が奪われ続ける場所で体内を温めるために、空の民が何十世代も前に作り上げたものだ。

 咀嚼音以外には風の音しか聞こえない。そんな世界でフロイとパルチェはふたりきりだった。

 空は限りなく青く、目指す月は遠い。

 それでも、機械仕掛けの竜はいつもと変わらぬスピードで月を追い続ける。


「パルチェ」


 干し肉を一足先に食べ終えたフロイがパルチェの名を呼ぶ。


「……なに?」


「いつでもあたしを捨てて行っていいからね」


 私は拾われただけだから。


 パルチェはこぶし一つ分離れていない距離に、果てしない空を隔てているような感覚に陥った。


「大丈夫。私は空の民。死ぬまで空を舞い続けるしかない。隣にフロイがいるかいないかの違い」


「……そっか」


 触れたかった。

 パルチェは一瞬でもいいから手綱を手放し、フロイを抱きしめたかった。

 でも、できなかった。


 誰もいないせかい。二人は――少女は月を目指す。

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