2話 遠く、空の記憶
その日も、機械油と歯車の音で少女は目を覚ます。
「ん……」
目を開けると、広がったのは銅板と歯車で飾られた部屋の壁。天井につるされたガス灯。
機械仕掛けの竜の腹の中。少女はそこで胎児のように眠っていた。
伸びをして、何も身に着けていないまだ幼い体に下着をつけ、タンクトップを着て、洗っても落ちないほど黒く汚れたツナギに腕を通す。そして、腰に中身がつまったポーチを巻き付ける。
身支度を整えると、少女は隣の部屋で眠る少女を起こすために朝一番の声を出す。
「フロイ。朝」
りんと鈴の音のような少女の声に――しかし、鋼鉄の扉の先で眠るフロイは反応せず沈黙を貫いた。どうやらまだ眠っているようだ。
「…………」
少女はフロイを起こすことをあきらめて、廊下を歩き竜の胸に向かった。
機械仕掛けの竜の中はいくらか人が通れる道がある。薄汚れた銅、鉄、鋼、金で彩られた道を進むと、ふと熱をおびた風が少女を襲う。
少女がたどり着いたのはボイラー室だった。様々な管と歯車が蒸気によって動き、一つの部品が動くたびに十の部品が動く。
竜の心臓。それが今日も変わらず動いていることを確認すると、少女は廊下をさらに進み翼の付け根にあるハッチを開けた。
固く閉ざされたバルブを回し、ハッチを開けて外に出る。
――吹き抜けるような鮮やかな風が、少女の短い黒髪を荒々しくなでた。
頭の上に広がるのは、どこまでも広がる青。陽の光に照らされてきらきら輝く空に少女は手を伸ばす。
何もつかめない。それでも、少女は習慣であおを抱きしめる。
(今日も――)
目を閉じ、青い空におもいをはせた。
しばらく、翼の陰で強風をしのいでいると、ハッチが開き亜麻色の球体が出現した。
「もうっ、朝になったら起こしてっていつも言ってるじゃん」
亜麻色の球体は――少女の頭だった。ハッチから抜け出した少女の無垢な濃紺の瞳が青い瞳と重なり合う。
「起こした」
「あたしは揺さぶられないと起きないんだよ?」
「そう」
「だから! 部屋に入ってきていいから起こしてよ!」
「次、覚えていたら……」
フロイのキンキンするような――金属音のような声を朝から至近距離で聞かされて少女は顔をしかめた。
「約束だからね! パルチェ!」
ぷいっと顔を背けると、フロイは白い服を風にはためかせながら手綱のある首元へむかった。
パルチェもそれを追う。竜の体の周りには常に強風が吹き荒れているが、翼の根元から手綱がある首元までは風よけがついていて、ゴーグルなしでも歩いて行ける。
手綱のある場所にはガラス製の風よけと二人用の鞍がついており、そこが二人の定位置になっている。
パルチェが左に、フロイが右に座る。
「いくよ」
パルチェが鋼鉄の手綱を握る。
「うんっ」
フロイが頷く。
パルチェが手綱を勢い良く引くと、機械仕掛けの竜は咆哮と水蒸気を巻き上げ上昇を始めた。
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