アトモスフィアの海岸

夏鎖

一部 そら

1話 静寂と、わかれ

 蒼天そらを巨大な竜が駆ける。

 翼を広げ、大空を切り裂き、前へ進む。

 竜が羽ばたくたび、体内の歯車が精緻な動きで動力を求め、廃液が鱗の隙間から零れ落ちる。

 その竜を操るのは一人の少女。

 機械油に全身をところどころ黒に染め、青い瞳で空を穿つその少女は真昼の月を見ていた。


「…………」


 触れられるほどに大きなそれを目指して竜は高く飛ぶ。手綱を握る少女は何も考えてはいなかった。

 生まれたときから竜がいた。竜が彼女をここまで育てあげた。生きるすべを教え、共に空を舞った。そこに疑いはない。


 そんな彼女を変える出会いがあった。


 大地と呼ばれる場所から黒点が現れた。

 徐々に竜に向かってくるそれを見つめていた少女は、それが竜にぐんと近づいたとき機船ふねであることを理解した。


「捕まえて」


 少女が歌うように言うと機械仕掛けの竜は廃液を滴らせながらそれを鉤爪で捕まえた。


「いくよ」


 少女は腰のポーチから鉄線を取り出した。鋼のブーツと鱗にそれを巻き付けると、機船に向かって暴風の中を歩みだした。

 何度か風と凹凸きふくの激しい竜の体に足を取られたが、なんとか機船にたどり着く。

 人がようやく収まるようなそれを開けると、中には亜麻色の髪を持つ少女がいた。


 これが、月に向かう二人の少女の出会いであった。

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