第9話 五十番目の博士、砂漠で悶絶する
その頃、壁をぶち破って“イナモトコタイキモトコタミ”の町に大災害を起こした張本人、五十番目の博士とンネイセ青年は草原を越えて、そのまた向こうの砂漠の真ん中でハンマーとノコ、それに料理に使うオタマを前にうなっていました。
「博士?!」
「なんだね、ンネイセ君?」
「これで・・・、どうすれば修理できるのですか?」
しばらくの間、二人の頭は右に左にカクカクと揺れていましたが、博士は不意にオタマを手に取ると顔を近づけていました。
オタマは料理当番のンネイセ青年によってピカピカに磨き込まれていたものですから、のぞき見た人の顔を鏡のように写していました。ギラギラと輝く砂漠の太陽はオタマの底に集まると、すぐに博士の顔から何千粒もの汗を浮き上がらせて、鼻の上にやっと乗っていた分厚いメガネをツツーとズリ落とします。
ここで普段ならメガネの位置が少しでもズレると、何のかんのと言ってンネイセ青年にいちゃもんをつける博士でしたが、どうしたことか今日はオタマの底をにらみつけたままでした。
それを見ていて、思わずハッとしたンネイセ青年は期待に胸をふくらませました。そうなのです、博士は熱中するとにらみつける癖があったのです。
「うっ、うう? あと五ミリ、いや二ミリでいいかな・・・。」
「二ミリ? いったい博士、何が二ミリですか?!」
博士は、何も答えません。答えないどころか、これほどまでに真剣な博士の表情をンネイセ青年は見たことがなかったのです。ところが、
「ウ~ン、大したものだ! 見事に、わしの顔が納まっとる。」
この一言に、ンネイセ青年の顔は見る見るうちに青くなり、次の瞬間青色が消えると額に何本もの血管が浮き上がって、今度は真っ赤な顔になっていました。
「イヤーァ、じつに見事なものだ。ンネイセ君、君は本当によく磨き込んでいる、素晴らしい!」
博士はンネイセ青年の異変に気づかないのか、ペラペラとしゃべり続けています。あまりののんきさに、ンネイセ青年のアゴは五センチ以上ガクリと下がっていました。
やっとンネイセ青年の様子に気がついたのか、
「まあまあ、そう怒りなさんな。冗談じゃよ、冗談!」
と、わびているのか慰めているのか分からないような調子でンネイセ青年の肩を叩いていました。
「ジョウダン?!」
ンネイセ青年はそう叫ぶと、肩に置かれた博士の手をいやらしいもののように見て、やり場のない怒りで恐ろしい目つきになっていました。博士がなぐさめればなぐさめるほど目はつり上がり、最後には立派なおひげさんのように口から泡を吹いていました。泡を吹くンネイセ青年を見た博士は、オタマを握ったままオロオロとすると上に下へと振り回しているだけです。
困り果てた博士は、
「ンネイセ君、聞こえるかな?」
と言いながら申し訳なさそうに頭を下げて、
「悪い。わしが、きっと直すから・・・。わしを信じて、もう泡を吹くのは止めてくれ。」
そう言うと、顔を自分の腕に当て肩を揺らせます。苦し紛れの博士の絶叫ともいうべき言葉に、やっとンネイセ青年も落ち着きを取り戻したのか泡を吹くのを止めると、
「博士・・・。本当のほんと、信じてよいのですか?」
と言うのですが、どこか目が疑っていました。
「うんうん、大丈・・・。大丈夫だよ・・・。」
博士も答えますが、目がキョトキョトしていました。そうして、
「ああ、多分・・・。多分、大丈夫だと思っているが・・・。」
あまりの情けなさに、ンネイセ青年は最後まで聞くことなく泣きながら走り出していました。何度も砂に足を取られてスッテンコロリと転びながらも、決して振り向くことなく一目散に砂漠の彼方を目指して走り去りました。
そんなンネイセ青年をボンヤリと見送った博士は、ンネイセ青年の姿が砂丘から消えてしまうと全身から力が抜けたように腰を下ろし、ギラギラしている空を思わずにらみつけていました。
ところが、にらみつけた博士の目にチラッと何かが映っていました。それは、新聞紙でした。風に乗って真っ青な空の中を飛んでいた新聞紙は、博士の瞳にその姿を映すと見る間に高度を下げ、見事に博士の顔面に軟着陸していたのです。
「おっ、おい・・・。おいおい、何事だ?!」
思考力を失っていた博士には、自分に何が起きたのか理解できません。
「ひ、ひぇ~、真っ暗だ。ンネイセ君、助けてくれ!」
そう言うと、両手を宙に挙げて何かをつかむようにもがきます。さらに、
「ン、ンネイセ君。どこだ?!」
新聞紙を顔に乗せたままで叫びますが、どうしたことか動きがピタッと止まっていました。
理由は簡単です、じつは顔に貼りついた新聞の記事を博士は読んでいたのです。
「えっ! ええっ? うっ、うそだ、ウソピォーン?!」
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