第7話 博士は最後の一人だった

 町の発電所が子育て世代のご婦人方によって占拠されると、“イナモトコタイキモトコタミ”の町は停電を余儀なくされてしまいます。

 すると天文台では、

「おっ、これは・・・?」

「おっ、おお・・・。」

「素晴らしい。本当に・・・、素晴らしい!」

 五十人の博士から、驚きに近い声が上がっていました。それもそのはずで町全体の灯りが消えたとき、“イナモトコタイキモトコタミ”の町の頭上には美しい星たちが“いもの子を洗うように”ひしめき輝いていたのです。

 でも美しい星たちを前に、博士たちの心は雨の前の空のように次第に曇ってきました。せっかく高度な学問を修めて意気揚々とやって来たのに、これではからかわれているとしか思えず情けない気持ちになったのです。

「もしかして、この町はわれわれを馬鹿にしているのか?!」

「そうだ。はじめっから、灯りをどうして消さなかったんだ。」

「それをしなかったということは・・・、もともと真面目にする気がなかったのか馬鹿にしていたに違いない?!」

「そうだそうだ、そこまでされてやってられるか!」

 そう言うと、五十人いた博士のうち四十九人の博士はプリプリ怒って町を去っていきました。

 で、もう一人の博士は? そうです、町の壁を突き破って落ちていったのが最後の博士でした。

 停電の後、前の前の町長は人々に言いました。

『おれ。よく聞け、お前ら! 前町長が造ったわが町のシンボルというべき天文台、世界中が注目していると言っても過言でない天文台が、オメエらの光や声でガタガタになってきなっしゃっとる。よく聞けよ、オメエらの所為せいで四十九人の大先生が昨日付で止めてしもうたわ、どうしてくれるんだわさ。そこでや、本日ただ今から一ヶ月以内に、そやな二十キロ先まで家を移せや。もしも・・・、もしもお触れに背く者がおりゃんしたら花粉百キロの吸い込み放題刑か、ミミズ一万匹の一気飲み刑に処するけん、わかったぎゃや!』と、一方的に宣言したのです。

 まあ何とも無茶苦茶な、お触れをだしたものです。しかし、“イナモトコタイキモトコタミ”の町の人たちは根が陽気な人ばかりだったものですから、町長のわら人形を作って燃やしたり、顔写真にいたずら書きなどしません。ただ、町長が町のケーブルテレビに出ると食べかけのピザや生卵を投げて溜飲りゅういんを下げていました。

 それから2週間ほど過ぎると人びとも決心がついたのでしょう、サッサと家を移しだしていました。サッサと家? これも何だか変ですね。そうなのです、どの家も床下にキャタピラーがついていて、エンジンさえかければすぐに移動できたのです。ですから町長が気に入らなければ、本当はよその町に行ってもよかったのですが、よその町は税金が高いのと“イナモトコタイキモトコタミ”はじつに風光明媚ふうこうめいびで住みよい町だったので、みんなは我慢したのです。

 ガタピシゴゴゴッと二十キロ先まで人びとが移動すると、町は今までの面影がなくなり、まるでへしゃげたドーナツのようになっていました。それにお触れをだしたものの“イナモトコタイキモトコタミ”の町は天文台に予算のほとんどを使ってしまっていたので、予算がなく人びとが移動する二十キロ先の裾野には道路はおろか移転する家のための整地さえできていませんでした。

 人びとは内心不満タラタラでしたが文句を言えば税金が上がるので、仕方なく坂道に吸いつくように家を止めていました。止めたのはいいのですが坂なので、誰が見てもいつ走り出すか分からない状態でした。そこで町長はじめ町の偉い人たちが一日寝ずに考えたのがおけ、お風呂で使うプラスチック製のものなら皆さんもきっと知っていると思いますが、桶の底だけを抜いてストンと置いたような壁を外に造りずり落ちるのを防ぐことにしました。

 お金がなく、あり合わせの材料だけではどうやっても頑丈なコンクリートづくりの壁はできないので、見た目にお金を掛けた張りぼての壁でした。

 そんなやわな壁でしたから、巨大な石のようになって転がり落ちてくる博士とンネイセ青年は簡単に突き破っていました。さあ大変です、大変どころか二人は壁の下に家が二軒入っても不思議がないほどの深い溝まで掘って落ちていったのです。

 そのため犠牲者の第一号は、溝のすぐ横に止まっていた家でした。二人が掘った溝にキャタピラーが半分ほどしか掛かっていなかったものですから、ドスンと音を立てて落ちると後はガタピシガタピシと坂を下っていきます。それからは赤い屋根、緑の屋根、青い屋根と手当たり次第にガタガタピシピシと穴を通って草原を下っていきました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る