ヒマラヤンブラックベリーの独白(Himalayan-blackberry's Monologue)

 ヒマラヤンブラックベリー。

 同じベリー類であっても外来種にして有害植物として扱われている雑草だ。

 その主たる理由が、鋭い棘を持つ危険な茎を有することと、繁殖力が強いところだ。


 ヒマラヤンブラックベリーそのものは、人間を傷付けるために鋭利な棘を獲得したわけではないと思う。ただのブラックベリーだって茎に棘を持っているのだ。しかしこの差は何だ。同じように食用の果実を実らせるキイチゴなのだ。むしろ、ただのブラックベリーよりも大きくて甘い果実だという話すら聞いたことがある。私はそれを食したわけではないので評価は出来ないが、食用として栽培されることはあるそうだ。

 しかし多くの地域でヒマラヤンブラックベリーを好意的には捉えられてはいないと思われる。


 LGBTも同じ。

 まさしく自分の境遇と類似していると思う。

 LGBTは一般的にはたぐいまれな感性を持ち合わせていることも多いようだ。時には男性として、時には女性として、時にはマイノリティーならではの視点を有しており、単眼的ではなく複眼的な物事の捉え方ができるからだ、と聞いたことがある。芸術家にLGBTが多いのも、創造性に富んでいるからなのかもしれない。恵深や私がそれに該当するかは別として、LGBTが世間に果たしてきた役割は決して少なくはないと思う。

 しかし、少数派ゆえに世間的に冷ややかな目で見られているきらいがある。私たちLGBTは誰かを傷付けるためにマイノリティーになったわけではない。

 それは、もちろん、私に交際を求めてきた男性には沈痛な思いをさせたかもしれない。ただ、悪意あるそんではない。LGBTだから特別ということではないはずだ。

 それにも関わらず、職場では差別的な目で見られる。守旧的な会社では出世の道は閉ざされ、下手したら辞職へと追い込まれかねない。職場だけならまだしも、家族からも非難を浴び、どころを失う。

 現実には日本では十三人に一人がLGBTと言われている。これは左利き人口の割合に匹敵する。左利きの人は見かけるのに、LGBTの人をほとんど見かけないのは、こんな社会背景が根差ねざしているからだ。すなわち自分がLGBTである、とカミングアウトできないのだ。


 同じ人間、悪意を持たない人間として存在しながら、私たちLGBTは肩身の狭い思いをしなければならない。

 結婚だってそうだ。通常の人は好きな異性と結ばれ、社会的にも法律的にも婚姻関係が保証され同じ姓を名乗ることが許される。そして祝福を受けるのだ。

 しかしLGBTは異なる。私たちのようなレズビアンを例にとれば、同性愛者であることを周囲にひた隠しにしながら、同じくごく少数の女性同性愛者を探し出し、人目をかいくぐるように愛を育む。そして同性婚をするのも試練だらけだ。まずそれを条例で認めている自治体がごくわずかである。LGBTという言葉の認知度の上昇に伴い最近増えつつあるといっても、それでも微々たるものだ。私の住んでいる東京では、幸い渋谷区とがやでパートナーシップ宣誓書の受付が開始されているが、あとは三重県伊賀市いがし、兵庫県たからづか、沖縄県那覇市なはししかないと聞く。人口の十三分の一のカップルを許容できる数では到底ないのは火を見るよりも明らかである。

 自治体の中では同性カップルを通常のそれと平等に扱うことが保証されても、個人の目からすればまだまだ差別意識はふっしょくできてはいない。条例で同性婚が認められても、世間の非難の目は常に感じないといけない。航海にたとえるなら、大シケの海の中の航行である。

 それでも人を愛することは、それら苦難に立ち向かう勇気を与えてくれた。白眼視されても就職に不利でも、恵深となら乗り越えられると思った。愛の形はイレギュラーかもしれないが、愛の大きさ、深さは決して劣るものではないはずだ。

 恵深との結婚がようやく具体的になってからは、やがて訪れるであろう幸せを心待ちにしていた。しかし、無残にも幻となって消え去ったのだ。あの三人が現れてから。

 三人は恵深の働くカフェ『DEWBERRY』に赴いては、執拗に付きまとってきたという。やれコーヒーの味が薄いだの、やれタルトのソースが少ないだの様々なクレームをつけては、恵深に対応させたりした。逆に恵深が出勤していないときには現れなかったという。彼らは恵深のシフトを把握していたのかもしれなかった。よって奴らの目的が恵深であることはもはや自明の理であった。恵深があるとき奴らのうちの一人の対応をしたとき、『ミックスベリー』というグループであることを明かされた。しかも恵深に『シルバーベリー』となって入会することを求めたのだ。今となっては『銀鏡恵深』という名前と彼ら三人の名前の偶然なる共通点を見出し、即興的に『ミックスベリー』を構成したのだろう。その発想力には舌を巻く部分がないわけではないが、その実体は私に言わせれば単なる独善的で賤劣せんれつなナンパ組織である。『ミックスベリー』といういかにも妙齢の女性たちが好みそうなアイテムで釣って、仲良くなってプライベートで会った瞬間、奴らは女性を手込めにするつもりなのだろう。奴らは女性を陵辱することにエクスタシーを感じているのだ。おそらく先ほどの『タチカワ』さんの証言から、彼女も丸森に強姦されかけたに違いない。こんな極限の状況においても、その本能だけはおそらく忘れないのだ。

 いっこうに彼らの要求に応じない恵深の対応に痺れを切らした奴らは、車で帰宅する彼女を追跡して、結果的に事故へと追い込んだ。車が大破してしまいながらも、奇跡的に恵深は生きていた。正直片足を失っただけで、他は切り傷ぐらいだったのが不自然に思えるくらいの、凄惨な事故であった。奴らはさすがに罪悪感を感じたのだろう。すぐに救急要請し、恵深は総合病院へと搬送された。

 しかし、命に別状がないことを知ると、彼らの反省はどこへやら。しかもどこからかLGBTであることを聞きつけると、まるでてのひらを返すが如く途端に態度をひるがえして、同性愛者に傾倒していた自分たちがむしろ被害者だと言い放ったという。そして恵深は加害者だ、と。無茶苦茶な言いがかりである。

 完全なる差別的にして侮辱的な発言。誠意などかけらもない。その言葉に恵深は深く傷つくも、私の前ではさも何事もなかったように気丈に振る舞った。恵深は片足を失っても義足を装着してリハビリに励んだ。そして結婚式場で着用するウェディングドレスを楽しみにしていたのだ。

 しかしそんなやっと見えかけた希望をももてあそぶように、奴らは恵深の肉体をじゅうりんした。目的は奴らの性欲処理のためだけに。奇跡的に片足だけの切断で済んで、他に目立った創傷のなかった恵深は、たとえ地顔であっても変わらず魅惑的であった。その美貌があだとなり、被害妄想で逆上した奴らの慰み者にされた。

『心身ともにかたわのお前に、女として男を悦ばせる本能を味わわせてやってるんだ。感謝しな!』そう言われたらしい。

 奴らの鬼畜な暴挙に、見出しかけた希望をずたずたに破壊されただけでなく、人間として最低限持ち合わせるべき尊厳をにじられたのだ。恵深は日記に遺書として奴らを呪うような言葉を綴って、自らこの世を去ったのだ。

 これらの出来事は、あとで彼女の遺品である日記を見て知った内容である。その真実を見て、私は戦慄した。いや戦慄どころでは済まされない。憤慷慨ふんこうがいというべきものだろうか。

 そして決意した。悪になることを。しかし復讐なんていうちっぽけな私憤では決してない。これは必要悪なのだ。奴らを野放しにして次なる被害者が出てしまってはいけない。死してもなお見目みめうるわしい恵深の納められた棺の前でていきゅうしたときに、私は悪になることを誓ったのだ。

 まず、『ミックスベリー』のグループチャットを覗くことにした。そのコミュニティーはウェブ上ですぐに見つかった。そのコミュニティーの参加資格を見て確信した。『その一:ベリー類が好きであること。その二:ベリー類の名前に本名が由来していること。その三:できれば二十〜三十歳代の独身であること』というものだ。

 条件その一について。奴らははじめベリー類のスイーツを売りにしている『DEWBERRY』で恵深を見つけたわけである。つまり奴らもベリー類が好きであると推察される。

 条件その二について。奴ら三人の名前は恵深の日記に記されていた。『枡谷ますたにいち』、『とういち』、『丸森まるもりそう』だ。コミュニティーに登録されているハンドルネームは『ストロベリー』、『ラズベリー』、『マルベリー』だから、この三名に一致する。

 条件その三については検証するまでもない。奴らは独身女性を標的にしているのだ。何せ陋劣ろうれつ悪辣あくらつなナンパ組織なのだから。

 以上よりウェブ上ではあるが、奴ら三人の所在が判明した。あとは自分がそのコミュニティーのメンバーになれば良い。

 『シルバーベリー』。『銀鏡恵深』という名前ゆえに、奴らに名乗るようにように迫られたハンドルネーム。私、鎌形かまがためぐみも、偶然にも『めぐみ』だ。『シルバーベリー』には『茱萸グミ』という別名があるらしい。しかし私の中では、すでに亡き恵深の分身になる覚悟は出来ていた。戸籍上はそうでなくとも、私の意識の中で私は『銀鏡めぐみ』になっていた。

 そして私は『シルバーベリー』となって『ミックスベリー』の一員となった。自分たちが死に至らしめた女性に名乗らせるつもりだった『シルバーベリー』と称する人物が現れて、奴らはどう思っただろうか。それでも私が二十代の女性だということを言うと、初の女性会員に歓喜したのか、途端に奴らは親しげに接してきた。

 あくまでもチャット上では私は冷静に探りを入れていた。もちろん銀鏡恵深との関連などはくれぐれも悟られないようにした。

 しかし思ったより奴らは紳士的に振る舞っていた。どういうわけだか一人称を『私』と言ったりして畏まっている印象であった。いま思えば、男三人のグループに若い女性は引き込めないと思ったのだろう。敢えて男性であることを伏せたようなどっちつかずな表現にしておいて、女性に敬遠されないようにしようとしたのかもしれない。一度、性別を問うたことがあったが『ご想像にお任せします』、などと返されてしまった。

 また奴ら三人も、あたかも赤の他人とまではいかないが、どこかよそよそしく振る舞っていた。旧来からの友達ではなく、あくまでウェブ上で知り合った者同士として接していた。はじめは大いに違和感を感じた。ひょっとして奴らは恵深を襲ったストーカーではないのか。不安になってしまったほどであった。

 そんなこんなで、決定的な証拠を見出せないまま、一人また一人と『ミックスベリー』のメンバーは増えていった。

 『ストロベリー』、『マルベリー』、『ラズベリー』、『シルバーベリー』、『ブラックベリー』、『タイベリー』、『ブルーベリー』、『ジューンベリー』、『グーズベリー』、『クランベリー』、『ハックルベリー』、『カウベリー』、『ゴールデンベリー』。色とりどりの果実の数々。まさしく『ミックスベリー』に相応しいグループを形成していった。画面上で彼らは仲睦まじくやり取りを交わしているようであった。しかし一見どんなに仲良さげであるように見えても、全員が全員そうというわけにはなかなかいかない。ある人は別のある人を苦手にしているだとか、距離を置いているように見えてくるものがあった。それは、一見さいにみえる差別的あるいは侮蔑的な発言を引金にして亀裂を生じ、以降これといった和解もないまま進むと、その人物が発言しているときには会話に参加しないとか、そのような傾向が現れてくる。

 あるとき、ある女性参加者が別の参加者にとってのいじられ役となっていることに気付いた。弄られ役といえば可愛げがあるものの、その態度はどこか侮辱や悪意が満ちていた。言ってしまえば小馬鹿にしたような振る舞いであった。私はどこかでこの弄られ役の女性は脱会に至ってしまうのではないかと思った。

 そのとき私は、偏見かもしれないが、このようなウェブ上の会話に傾倒する者はどこか悩みを感じている者が多いのではと感じ始めていた。現実の世界において欲求が満たされないとか夢が叶わないとか友達が少ないとか、そのような不満やストレスの解消手段として顔の見えない仲間どうしで打ち解け合う。現実に不満がなければ、わざわざSNSでの世界にて悦に入る必要はないという解釈だ。もちろん全員が全員というわけではないだろうが。もしSNSでようやく自分の居場所を見つけたのならば、そこで他のメンバーに苦手意識を抱くことは、エスカレートすればせっかく見つけた自分の居場所を損なうことなのかもしれない、と思った。

 それとときを同じくして、せっかく皆仲良くなったのだから、一度オフ会を開催したいという話が浮上した。そしてトントン拍子にその計画は具体性を増していく。ようやく待ちに待ったチャンスだ。四年前に恵深を失意のどん底に突き落とし、人生に終止符を打たせた忌まわしいストーカーどもとたいできるかもしれないのだ。そしてそいつらをほふるチャンスなのだ。私は武者震いした。

 『ミックスベリー』の他のメンバーが、日時や会場を決め進めている最中、私は奴らを葬り去る計画を練っていた。

 そして会場が『ベリーズファーム&ペンション・カシス』であると決まりつつあるとき、直感的にその農園の経営者が恵深の父親であると思った。それはこの農園のオープンが恵深の亡くなった四年前であったことだ。ホームページにちらっと小さく写っていたオーナーの顔は、恵深の葬儀で見かけた顔だった。

 そこで私の中の悪魔が囁いた。二つの妙案が天啓の如く舞い降りた。

 一つ目は、この会場を偵察して、オーナーの正体が本当に恵深の父親か確認すること。もし本当にそうであれば、宿泊者名簿に『銀鏡』と書いたら何かしらのリアクションを示すはずだ。そして悟るはずだ。命日にその女性が一人で宿泊する意図が何なのかを。ひょっとしたらオフ会当日、彼は私に有利な証言をしてくれるかもしれないと色気を出したのだ。

 そしてもう一つ。『カウベリー』に計画の一端を担わせることだった。

 『カウベリー』は、どうやら『ブラックベリー』をひどく苦手に感じているようだった。上述したような弄られ役と弄り役の関係だ。もしかしたら『カウベリー』はオフ会に来るという『ブラックベリー』がいなければ良いのに、と感じているかもしれない。そこで綿密な連続殺人計画の歯車の一つに組み込むべく、下準備が始まったのだ。そこに必要だったのが、もう一つのハンドルネーム『ヒマラヤンブラックベリー』。これこそが題して『きょう用ハンドルネーム』なのだ。

 そして新たに生まれた『ヒマラヤンブラックベリー』は、オフ会の案が決定してから入会を果す。そしてチャットを傍観しつつ『カウベリー』の悩みを悟るのだ。おそらく彼女はせっかく辿り着いた憩いの場『ミックスベリー』を去らなくてはいけないくらいの葛藤に悩まされている。それを読み取ったかのように『カウベリー』に優しく声をかけるのだ。『カウベリー』の悩みが深いほど、砂漠で見つけたオアシスのように『ヒマラヤンブラックベリー』にすがいた。彼女の心の傷は、思った以上に深く、大人しそうな印象に見えた彼女から『ブラックベリーは死んでしまえば良いのに』などと吐露していた。

 そこで、『ヒマラヤンブラックベリー』が、オフ会で『ブラックベリー』を亡き者にする代わりに、私の言う通りに動いて欲しい。そう『カウベリー』に伝えたのだ。そのときには既に『ヒマラヤンブラックベリー』と『カウベリー』の間に、ある種の主従関係が生じていた。悪魔の盟約にも関わらず、『カウベリー』は首を縦に振ったのだ。その内容とは、『指定された通りに「メグ」を襲うこと、そしてこと』だ。具体的には、私は次のように指示した。『「メグ」の酒に睡眠薬を入れた。「メグ」は部屋に戻ったら眠るだろう。もし食堂で眠ってしまったら部屋に連れ帰ること(その時は一旦食堂に戻ること)。十分ほど経過したら「メグ」の部屋に向かうことを。「メグ」を浴槽の中に入れ、湯船の中で体操座りの体勢で身体を拘束し顔までしんするように座らせること(その際は万一助けに来られなくとも、「メグ」が自分でロープを解けるように気持ち緩めにしておくこと)。自動湯張り機能を使わずゆっくり蛇口からお湯を張り、窓からではなく部屋の扉から出ること。そしてお湯が満たされる頃に助けにくること。そのとき出来るだけ他のメンバーと一緒に現場を確認させること』と。お湯を張るときの流量も細かく指示した。浴槽の推定容積を250リットル、自分の身体の推定容積を50リットル、湯桶の推定容積を3リットルと計算し、下見のときに何度も検証した。そして何分後に助けに来るのなら、湯桶に何秒で満タンになるスピードで蛇口を捻るように、と指示し実行させた。

 睡眠薬については、実際には『メグ』つまり私自身が仕掛人であるので、『メグ』のお酒にはそれは入っていない。でも睡眠薬入りのワインを飲んだはして、途中で眠たそうな演技を見せた。

 一方で訓覇さんのワインには実際に睡眠薬を入れている。理由は訓覇さんを部屋で寝かせたあとに、彼がスタンガンで襲われたように装うこと。そして、襲撃の順序を誤認させるように果実を現場に残す。もちろんスタンガンなどに指紋を残してはならない。最後に自分自身が先に助けられるため、訓覇さんの部屋の扉に施錠をし、窓から出るのだ。

 『カウベリー』は指示どおり動いてくれた。実のところ私自身、どの女性が『カウベリー』なのかは、確信は持てなかった。しかし後藤の部屋に置かれ次なる予告殺人の果実がシルバーベリーであることが分かったときに、怯んだ様子を見せたのが『ミホ』さんだったことから、彼女だと予測した。だから殺人手段とはいえ後藤と口づけしてしまった自分を浄化する目的と、彼女に目的で、『ミホ』さんに夜這いを仕掛けたのだ。『ミホ』さんは『ヒマラヤンブラックベリー』の正体が私であることを知らないはずだ。夜這いを仕掛けたことによって彼女が私を嫌ってくれたかは分からないが、彼女は予定どおり私を襲ってくれたのだ。そして自分が襲われるときにはじめて『カウベリー』=『ミホ』であることが確定した。『ブラックベリー』が彩峰である以外、誰がどのハンドルネームかは分からなかったし、分かる必要もなかったのだ。

 自分を犯人でない様々な状況証拠を組み立て、鉄壁のアリバイを確立したにもかかわらず、『クランベリー』こと立河知鶴と名乗る女性に見事に看破された。完膚なきまでにだ。立河さんのことは、美しい女性だとは思っていたが、正直私の中ではこの事件の生き証人以外の何者でもなかった。『「メグ」が犯人ではない』と証言してくれる人物の一人でしかなかった。しかし、事件現場の矛盾を洗い出し、様々な仮説を立てて検証したのだろう。オーナーの攪乱工作でより状況は混迷を極めたにもかかわらず、この複雑にして難解な真相を導き出し、さらには証拠を呈示した。訓覇さんのフェイスシールドは完全に意識の外であった。無念であった。

 やはり悪は正義には勝てなかった。立河さんの行動は正義だ。そして紛れもなく私は悪。必要悪などと言ったものの、何の罪もない相馬さんを『マルベリー』と誤認して殺めてしまった以上、私は悪以外になり得なかった。

 そして、のうのうと生き延びた本物の『マルベリー』こと丸森桑麻。奴は、偶然にも『ソウマ』という人間が二人いるという状況を利用して、彼がひょっとしたら犯人に殺されるかもしれないということに勘付いていながら、自らが助かるために相馬さんを生贄いけにえに捧げたのである。これは法律用語でいう緊急避難と呼ぶのか、ひつの故意と呼ぶのか。どちらにしろ奴は極限まで最低な男だった。

 丸森は『カワバタ』さんに殺されるところだった。悪魔に精神を捧げた私は、丸森はそこで殺されて欲しいと思ったが、正義は許さなかった。『ヒデタカ』さんが『カワバタ』さんの手を払って、さらなる犠牲者が生まれることを未然に防いだ。最後の最後まで悪は正義に勝てなかった。こんな最低な奴にまで情けと更生の機会を与えたのだ。

 『カワバタ』さんもまた、枡谷、後藤、丸森の引き起こした事件の犠牲者だったのだ。彼女は父親違いの妹。そして順調にいけば、私が義姉となるはずだった。

 恵深と半分だけ同じ遺伝子を共有した妹、そして生き別れた父親。そして恵深を男手一つで育てた父親、恵深の同性婚予定のパートナー、そして恵深を死に追いやったストーカーども。

 恵深にまつわるストーリーを持った様々な人物が、この会場に集結していたことに驚愕を覚えている。

 『カワバタ』さんには本当にこの期に及んで申し訳ないと思う。異父姉妹の恵深を死から守ってやれなかっただけでなく、義姉になる予定の私が、四名もの命を奪った犯罪史上名を残すかもしれない冷酷な殺人者なのだ。自殺を選んだ恵深。殺人による復讐を選んだ私、めぐみ。「蒼依ちゃん、ひどいお姉ちゃんたちでごめんね」と、私は去り際に彼女にそのように告げた。はじめて妹を名前で呼んだときは、皮肉にも私が犯罪者だと皆の知るところとなった後であった。

 『カワバタ』さんは、その美しい瞳から溢れんばかりの涙を浮かべていた。そしてけがれだらけの私にこう言ったのだ。「お義姉ちゃん。私の名前を呼んでくれてありがとう……」と。そのとき押し潰されそうな後悔にさいなまれた瞬間であった。私は我を忘れて慟哭した。それは、恵深の死に面したとき以来の大粒の涙であった。


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ヒマラヤンブラックベリー(Himalayan-blackberry)


 キイチゴ属に含まれ、アルメニアンブラックベリーとも言われる。一般的なブラックベリーとは異なり、それぞれの茎は直径5センチメートルにもなり、サメの歯のように伸びる約2.5センチメートルの鋭利なトゲで覆われている。一部の地域では、その果実のために栽培されているが、多くの地域では、有害な雑草として扱われている。外来種(侵入生物種)と考えられている。鳥などの動物は果実を食べて種をさんするので、広範囲に拡散し、たちどころに制御不能になると言われる。

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