ジューンベリーの独白(Juneberry's Monologue)
ちょっとずつ、ギスギスした雰囲気が緩和されつつある。
私は少しだけ安堵した。
ここに来て、これまで良かったと思ったことは一度たりともなかった。
何者かによって帰り道は寸断されるし、その閉ざされた空間で、あれほどまで仲良くしていた参加者たちが不可解な死を遂げている。オーナーの話だと警察も道路が土砂崩れで現場に到達できないという。
そして、皆お互いに人間不信に陥り、あら探しをし始める。ベリー類で
つまり、もし誰がどのハンドルネームなのかが分かれば、チャットをしていたときのよしみから、相手を
もし、これが犯人の思惑どおりなら、私たちは完全に犯人の術中に
そう考えているのは私だけではないはずだ。現に菓子オーナーは、皆の負った心の傷を癒すべく最大限の努力をしてくれている。オーナーはチャットの参加メンバーではないし、勝手に自分のペンションを殺人事件の現場にされて本来ならば怒り心頭のはずだろう。もし、オーナーがこのように仏のような性格でなければ、今頃もっと大変なことになっていたかもしれないと思うと、ぞっとする。
もう一人、参加者の中で平和主義的な行動をしている者といえば、『タチカワ』さんくらいか。彼女は、雰囲気を改善しようとする努力が感じ取られる。見た目はかなりの美人で、抜け目なさそうな切れ者に見えるけど、純粋に善人だと思う。こんな事件のことなど度外視してしまえるものならば、彼女とは是非とも仲良くなりたいと思うくらいだ。『タチカワ』さんが『何ベリー』かは分からないが、もし彼女が真犯人であるというようなことがあれば、それこそ私は人間不信に陥るかもしれない。
もう一人、『ハックルベリー』こと訓覇先生も犯人ではないと思う。彼は医師なのだろうが、どこか天然っぽい。優秀なのだろうがそれが空回りしているようでならない。しかし彼は悪人ではない。なぜなら彼の行った一次救命処置。あれは完璧だった。私はスポーツインストラクターなので、それがガイドラインに沿った正しい措置だったかどうかくらいは判断できる。医師であるなら救命処置を施せて当たり前なのだが、逆に言えば医師であるが故に、倒れた後藤さんを見て、早々に死亡診断を下すことだって可能だったはずだ。それを率先して、無心に心肺蘇生を試みる姿はとても演技には見えなかった。もちろん真っ先に協力を申し出た『タチカワ』さんもどこかで研修でも受けたのだろうか、頭部をしっかり後屈させて気道を確保して人工呼吸に臨んでいた。
もし菓子オーナー、『タチカワ』さん、訓覇先生のうちの誰かが犯人ということなら驚愕だ。では残るメンバーのうちの誰かか。もちろん全員が疑わしいわけではないが、疑いを十分に払拭しきれるだけの根拠がないのも事実だ。
もちろん自分だって、他のメンバーからすれば疑われているメンバーの一人かもしれない。疑われるのは本意ではない。かと言って、犯人探しをするつもりもない。できればこれ以上の被害者が出てしまう前に、犯人が名乗り出てくれるのがいちばん良い。私がやれることは少しでも険悪な雰囲気を打破することだと思う。それが今のところ果せているかどうかは疑問だが、決して他力本願ではなくて、自分自身でそれが行えるように努めたいと思う。
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ジューンベリー(Juneberry)
ジューンベリーはアメリカザイフリボクとも呼ばれ、六〜七月に果実が熟すので『ジューンベリー』の名で呼ばれている。果実は黒紫色に熟し、球形で直径6〜10ミリになる。ザイフリボク属に属され、北半球の温帯に約三十種が分布する。甘くクセのない果実は生食に適する他、パイやジャムの材料としても利用され、様々な薬効成分の研究も進んでいる。北米では庭木や街路樹用としても大変人気があり、花、果実、紅葉を楽しむことが出来る。また、盆栽の素材としても適している。
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