第8話;真実
自ら命を絶った男は警察に運ばれ、死体の鑑定や身元の調査が行われた。
DNA鑑定も受けた男の皮膚は、佐藤が採取したものと一致した。
そしてまた、吉田のものとも一致していた。
…彼らは、一卵性双生児であった。
鑑定結果の他に、2人を兄弟だと思わせる証拠も見つかった。殺人犯の所持品に、古いお守りがあった。長い年月が経過して汚れきってしまったそのお守りは、吉田が常に身に付けているものと同じであった。
吉田と共に深川の下を訪れた佐藤が、この事実に気づいた。
そして、もう1つ驚くべき事実が見つかった。それは、安田の推理の下に進められた調査で明らかになった。事件の全貌がまだはっきりと把握出来ない最中、安田の直感は、見事に事実を見抜いた。
「…まさか…。そんな事って……。」
それを知らされた佐藤は、先ずは当惑した。有り得ないと思える可能性に、明かされた事実に自分の耳を疑い、整理した後も、その事実を受け入れる事が出来なかった。
この鑑定結果を予測していた安田は冷静な顔で、事件の背景を話し始めた。
「つまり…これは母親の復讐だ。そしてその復讐劇を、息子である真犯人が買って出たんだ。犯人の母親は20年ほど前に、事件の被害者である男達に乱暴を受けた。そして…」
そこまで言うと、安田は言葉に詰まった。まさかと思って鑑識に回し、予想通りの結果を知った安田でも、この事実は理解の枠を超えていた。
「母親は、一卵性の双子を身篭った。父親は、乱暴を働いた男達の誰かだった。そして鑑定の結果、最後に殺された男のDNAが……吉田と…そして自害した犯人の、父親のものだと言う結果が出たんだよ。」
「…つまり…犯人は…」
「…あぁ、自分の父親を殺したのさ。もっとも、犯人の目には父親として映らなかっただろうが……。」
「……。」
「吉田は復讐劇の、巻き添えを食らっただけだ。そう考えるしかないだろう……。」
吉田は養子になった頃から遠方に住んでいたが、進学をきっかけに、復讐劇の舞台となるこの町に越して来た。
そして事件に巻き込まれた。実の兄である真犯人は男達を殺害し続け、最後に殺害した男は、2人の実の父親だった。
つまり吉田は、実の兄が実の父親を殺害した現場を見てしまったのだ。
父親はこの数年間、吉田と、極めて近い場所に住んでいた。恐らく何度かは、何処かですれ違った仲だろう…。
実際、近所で旨いと評判の食堂に吉田と父親は、よく足を運んでいた。
「…この事を、吉田には?」
「伝えていない。出来る訳ないだろう?」
「…。そうですか……。」
「ところで、彼の具合はどうだ?」
「まだ回復していません。兄の存在よりも、殺害現場の光景が、よほどショックだったと思われます……。」
「………………。」
吉田は現場で見た、地獄絵図にも似た光景にショックを受け、遂には気絶してしまった。
彼は病院に運ばれ、これまで溜まっていたストレスもあり、体調を崩して寝込んでいた。
「それだけ衝撃を受けたのなら、ひょっとしたら…犯人の言葉を覚えていないかも知れないな…。もしそうならこの事は、吉田には教えるな。彼には申し訳ない事をしてきたが、彼はこれ以上、事件と関わる必要はないんだ。」
「…はい。」
「事件の真相に拘ったところで、待っているのは……」
そこまで言うと安田は頭を掻き毟り、自分の不甲斐なさを嘆いた。
佐藤は、吉田が入院する病院へと足を運んだ。ここ数日は、暇が出来る度に訪れ、彼の様子を確認していた。
人との接触を拒んでいた吉田だが、最近は担当医師や看護婦の接触を許し始めていた。やっと少しの食事も取れるようになり、少しの会話なら出来ると言う。
「吉田君…。どうだい?調子は?」
医師の許可を得て、佐藤は10分だけ吉田との会話を許された。これまでは、様子を伺いには来たが直接の対面は許されず、医師から彼の健康状態を確認するだけであった。
10日振りに会う彼の顔はすっかり痩せこけていて、その姿は皮肉にも、先日自殺をした彼の兄とよく似ていた。
「……。」
吉田は少しの間佐藤の顔を見つめた後、どうにか笑顔を振り撒き、横にしていた体を起こした。
「…兄は……どうなりましたか?」
久し振りに佐藤と会って、吉田が初めて口にした言葉は、事件の行方と兄のその後を確認するものだった。
「……。」
吉田は不幸にも、事件の事を覚えていた。病院に運ばれ、丸一日、意識が回復しなかった。次の日には目覚めた彼だったが、考える事は1つだけだった。
自分は一人っ子だと思っていた。兄弟がいた事など、両親から聞かされてもいない。いや、その両親すらも、実は生みの親ではなかったと言う事を、最近になって知ったのだ。
彼が理解出来たのは、自分は孤児であって、本当の両親は何処かにいると言う事。同じ血を分けた一卵性双生児の兄がいて、彼は自分の事を知っていた事…。
そして彼は、事件の真犯人だったと言う事…。
「彼は……助からなかった。」
佐藤はそれだけを返すと、また言葉を失った。
「……そうですか………。」
それを聞くと吉田は顔を下に向け、頭の中を整理し始めた。
「やっぱり…犯人は僕の、実の兄だったんですね……。」
「………。」
佐藤に『自分の兄』はどうなったかを尋ね、返事をもらった時、吉田は真犯人が実の兄だったと言う事実を受け入れる事にした。
「兄が……犯人だったんですね?でも何故…兄は殺人を繰り返したんでしょうか?」
「…………。」
頭の中を整理出来たのか、吉田は次に、事件の背景を知りたがった。
佐藤は少し考えた後、返事をした。
「以前、僕が採取した犯人のDNAと、先日自殺した君の…兄さんのDNAが一致した。そして、君のDNAとも一致した。」
「……。」
「彼が殺人を繰り返した理由は、警察もまだ分かっていない。今は、それだけしか言えない…。」
安田の推理と、裏付けられた鑑定結果はまだ話せない。佐藤には勇気がなかった。
また、最終的な立証も出来ていない。安田から聞かされた話は、未だ推理の範疇にあるのだ。吉田が孤児になった理由も不明のままだ。
「…何か、目的があったんですよね?」
「!?」
「兄は、『これで全てが終わった』と言ってました。もうこれ以上人を殺す必要がないと言って、だから自ら命を落としました。兄は、愉快犯として人を殺し続けたのではなく、何かの目的の為に、罪を犯し続けていたんですよね?」
「……!」
佐藤は、吉田の言葉に驚いた。彼は体調を崩して入院しているが、その間に事件の事を忘れようとしたり、記憶の奥底に閉じ込めようとしたりするのではなく、真実を知りたがっていた。
しかし、安田も言っていた通り事実を伝えるには、余りにもショックが強いと判断した佐藤はそれ以上を語らず、面会時間の終わりを告げる医師に従い、病室から出て行こうとした。
「佐藤さん!」
病室の扉を開ける佐藤に、吉田は大きな声で叫んだ。
佐藤は振り向き、強い眼差しでこちらを見る吉田の顔を見た。
「…これまで、色んな事がありました。容疑者にされて警察に監禁されて、マスコミにも、毎日のように付き纏われました…。」
「……。」
佐藤は顔を下に向け、黙り込んだ。
「…今更、何を聞かされても驚きません。」
「……。」
「教えて下さい!犯人は…兄は何故、人を殺し続けたのでしょうか?何の為に、誰の為に、殺人を繰り返したのでしょうか?」
「…吉田君……。」
医師は吉田が興奮する姿を見て、これ以上の面会は良くないと判断し、佐藤を外へ追い出そうとした。
しかし吉田は医師を止め、佐藤を急き立てた。
佐藤は吉田の顔、そして医師の顔を伺い、その重い口を開いた。
「推測した通り、君の兄さんには、何らかの目的があった。残念ながらそれは、今のところ警察でも調査中だ。それ以上の事は、何も話せる事がない……。」
それだけを伝えると、佐藤は医師に一礼し、病室から出て行った。
次の日、警察は1つの手掛かりを手に入れた。犯人が所持していたお守りには刺繍で縫われた文字があり、それを解読したのだ。
そこには神社の名前が書かれており、住所も確認出来た。隣の県にある神社で、安産と、子供の健康を祈願する神社であった。
佐藤は安田の指示に従い、神社周辺での聞き込み調査を行う事にした。母親の消息を探ろうとしたのである。
「佐藤さん、お客さんが…。」
車を手配し、早速現地に向おうとする佐藤に、来客があるとの連絡が来た。
吉田であった。
「吉田君…。何故ここに……?」
「病院から抜け出して来ました。事件の真相が知りたいんです。教えて下さい。」
「事件の真相は、まだ掴めていないんだ。君に嘘をついているんじゃない。全てが分かったら伝えるから、今日は帰って休んでいなさい。」
吉田は2週間近く寝たきりだったので体が上手く動かないのか、立っている姿も苦しく見えた。
佐藤はそんな吉田を病院に帰そうとしたのだが、その時、タイミング悪く佐藤の後輩が声を掛けてきた。
「先輩、車の準備出来ました。これ、現場までの地図です。」
その話を聞いた吉田に勘が働いた。
佐藤は、目配せで後輩を叱った。
「何処に行くんですか!?何か、事件に関係ある事ですか!?」
吉田は悲痛な顔をしていた。それが、体に無理をさせていたせいなのか、真相の追究に必死だったのかは分からない。
「……犯人の身元が分かりそうな証拠を見つけた。今からその現場に向って、聞き込みをするんだ。」
「!!僕も…僕もそこに連れて行って下さい!」
「はっ?何を馬鹿な事を言ってるんだ!?君はまだ、体調も悪い。そのまま病院に帰って、養生していなさい。調査の結果が出次第、必ず君には伝えてあげるから。」
「お願いです!僕の家族に関わる事なんです!仕事の邪魔はしません!」
「……。」
吉田は、現場について行くと嘆願した。佐藤はそれを断ったが、吉田は、それでも強く現場への同行を願った。
佐藤は後輩を帰し、吉田を見つめた。
「僕には、もう家族はいないと思っていました。けど、本当の家族がいる事が分かって…。それでも兄は、僕の目の前で死にました。殺人犯として命を絶ちました。もし両親がまだ生きていて、兄と同じような事をしているのなら、僕はそれを止めなければなりません!」
「……。」
佐藤は、吉田の嘆願に胸を痛めた。彼の父親は既に殺害されており、事件の原因でもあった。そして父親を殺したのは、先日、自ら命を絶った彼の兄なのだ。
事実を吉田に伝えるには、余りにも辛かった。現場に同行して母親に出会ってしまえば、彼は全てを知る事になるのだ。
「もし…」
佐藤はそこまで言うと1度言葉に詰まり、大きく深呼吸をした後、言葉を続けた。
「君の両親が生きていたなら、そして犯罪に手を染めようとしているのなら、僕が必ずそれを止める。約束する。だから君は、病院でゆっくり休んでいなさい。それが、今の君には必要な事だ。」
そこまで言うと佐藤は吉田を残し、車に向かった。
佐藤は思った。吉田はまだ、真実に気付いていない。
吉田は以前、事件の発端が過去の婦女暴行事件に関係するとの推理を聞かされている。しかし彼は恐らく、その被害者当人が母親であり、加害者の1人が父親であり…兄がその復讐を買って出たと言う推理までは出来ていないだろう。
佐藤はどうしても、その事実を伝える事が出来なかった。
「例え!…どんな結果が待っていようが、僕は大丈夫です!僕には、家族の事を知る権利があります!」
佐藤が車の扉を開けると、その腕を誰かが掴んだ。
吉田だった。
「……。」
佐藤は、彼の言葉に立ち止まった。吉田は、『どんな結果が待っていようが』と話した。
恐らく彼には…覚悟が出来ているのだと思った。
「それに僕は、何故孤児になったかを今でも知りません。それが知りたいんです。何故両親は、僕を捨てたのか…?何故兄だけは、親の下に残ったのか…?」
そこまで聞くと佐藤は振り返り、吉田の顔を見た。
確かに警察は、吉田が孤児として施設に預けられたのかを知らない。警察は吉田の生い立ちには関心がなく、事件の行方だけを追っていた。
吉田は今、誰からも見放されているのだ。
「……本当に…どんな結果が待っていても、構わないんだね?」
吉田の気持ちを汲み取った佐藤は、もう1度彼の覚悟を伺った。
吉田は大きく首を縦に振り、真剣な眼差しで佐藤を見つめた。
「…病院へ帰ろう。」
「…………。」
佐藤は車に乗り込み…そして内から助手席の扉を開けた。
「そのままの服装じゃ、君も動きづらいだろう?着替えを済ましてから、現場に向おう。」
「……!!」
佐藤も覚悟を決めた。吉田を側に、全てを知ろうと誓った。
「ありがとうございます!」
吉田は元気な声で返事し、車に乗った。
佐藤は、車のエンジンを掛ける前に彼の顔を伺った。吉田の顔は、凛としていた。
「……君は…強いんだね?」
そうして2人は、現場へと急いだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます