24-1.王のいない宮廷・前
陛下が消えた。
ブラウエンの館はひっくり返ったような大騒ぎになっていた。
黒い森の連中が攫って行ったに違いないと、みな口々に言う。
ヴァシリーは完全に取り乱した様子で、ありったけの人材を捜索に向かわせた。
「探せェ! 何としてもお探ししろ!」
しかも伝書鳥までもがごっそりいなくなっている。
アルトの呪文が効いているはずの伝書鳥も戻ってこないので、連絡手段は完全に絶えた。おまけに戦場の状況も伝わってこない。
そろそろ戦いが始まっていてもおかしくないのに──。
ロイヤーはどうすることもできず、色を失ってシュロットと共に仕事机にぼんやり座っていた。
何たる醜態。こんなことは前代未聞だ。
番人は何をやっていたのだ。自分を含め誰も起きなかったとはとんでもない失態である。もしや、妖精の術にかかったのか?
「シュヴァルツ……」
低く呟いた時、突然ガチャリと扉が開いた。
「えっ!?」
目に入ったのは漆黒の長髪に落ち着いた色調の緑のドレス。──以前からこちらに留まっている、スーザン・ネイヴァルド嬢だ。
「お二方。少しあたしの部屋に寄ってくださらない?」
彼女は言った。
「……構いませんが、何用でしょう……?」
「とある方と連絡がつきましたの」
──え?
「とある方とは一体」と言いかけたシュロットを、ロイヤーは片手で黙らせた。
「まさか……!」
「乳母さんも呼んで来てください。他の方にはくれぐれも内密に」
「はい!」
***
彼女の部屋に入ると、そこにいたのはスーザンと、その弟サムエル、そして一羽の伝書鳥だった。
「アルト様が何か……!?」
スーザンは、しっ、と人差し指を立てた。
「これを」
差し出された紙切れを、三人で頭を突き合わせて読む。
「サムエル・ネイヴァルド様
あなたを信用してこの手紙を送ります。内容は僕の乳母やと、アーニャ・ロイヤーと、レオ・シュロットと、(それと、もし帰ってきたら)ルーカス・フリック以外には、必ずひみつにしてください。
まず、僕は無事です。
僕はヴァシリー・ブラウエンおじさんの手先によって暗殺されかけて、逃げ出しました。セウェルさまのお力を借りて、大きくなった伝書鳥に乗って森に逃げました。
あぶないのでもうお屋敷にはもどれません。セウェルさまは、ティラさまに会うようにとおっしゃったので、その通りにするつもりです。
みんなは、おじさんに注意してください。おじさんは本気です。今夜もねむり薬を使ったみたいです。
お返事待ってます。この手紙は焼いてください。
アルト・フェリクス・ヴァイスフリューク
追伸
僕は今“黒い森”の中の下民のおうちにいます。」
「陛下は賢くていらっしゃる」
みなが読み終わった頃を見計らって、スーザンは言った。
「奴の手先に見つかるリスクを避けて、人が少なくなっている兵舎に、妖精をお送りになった」
「俺を信用してくれたんだってば」
「まあそれもあるな」
「『も』じゃねぇ!」
「へいへい」
この姉弟は何故か互いに対してだけ口調が荒い。貴族としてそれはどうなんだろう、と思いつつも、仲が良さげで微笑ましくもある。
「アルト様……」
ロイヤーは混乱していたが、とりあえず安堵していた。乳母は涙ぐんでいる。
「とりあえずブラウエンの手下は全員警戒しておいた方がいいでしょう」
スーザンの声は落ち着いていた。
「その上で皆さんとは陛下をどうお助け申し上げるかを話し合いたいと思います」
「はい」
「ヴァシリー様が探索に人を大勢遣った理由は、間違いなく暗殺を遂行するためでしょう。私達はそれよりも早く、陛下を保護してさしあげる必要があります。そこで陛下には、ご用事をお済ませになり次第、ナヴァルディアにある私達の屋敷へ向かっていただきたいと思いますが、それで問題ありませんか?」
「よろしいのですか」
「姉には後ほど話をつけます」
「……ありがとうございます」
「しかし、どのようにご案内するおつもりですか。ブラウエンよりも早くお会いする手段は」
シュロットが尋ねると、スーザンは悩ましげに額に指を添えた。
「……この……『大きくなった伝書鳥に乗って』という記述が不可解ですが……。言葉通りに取るならば、陛下は伝書鳥に乗って飛べる……移動手段をお持ちだいうことなのでしょう。こちらから陛下をお探し申し上げるのが困難な今、屋敷へは陛下自身に向かって頂くしかないと考えています」
「そんな……。坊っちゃんは大丈夫なんでしょうか」
「お気持ちは分かります。……よって、私達は私達で身の振り方を考えましょう」
「身の振り方」
「はい。今ここにいる皆さんで、三手に分かれます。
第一は、ブラウエンの屋敷に残る者。ヴァシリーの信用を得て、奴の動向に注意し、情報を撹乱して頂きたい。
第二は、ナヴァルディアの屋敷へ向かう者。ここでアルト様は初めて味方と合流なさるという形になるでしょう。
第三は……ちょっとした賭けになります」
「賭け」
「私は、うちと懇意にして頂いている、カルツェ公爵家を頼ろうと考えています。そのための交渉へ向かいます。そう、姉に提言するつもりです」
「カルツェ公には、ご協力頂ける保証があるのですか」
シュロットは懐疑的であった。
「ですから賭けです。ナヴァルディアは町にすぎません。私達の力だけでは、陛下をお守りすることは難しいでしょう。どこか大きな貴族──できれば諸侯の協力を仰ぎたい。その点、我が家と信頼関係および利害関係のあるカルツェ公爵は適任かと」
「……上手くいかなかった場合は?」
「幸い、陛下は連絡手段をお持ちです。伝書鳥をお借りして迅速に他を当たります。……上手くいった場合も、味方は多い方がいいですから、いずれにせよそうすることになりますが」
「……」
「同時に、三者とも伝書鳥で情報を共有します。特にブラウエンの動きは、皆知っておいた方がよろしいかと」
ロイヤーはしばし考え込んだ。
スーザンははまだ十七のはず。
この子が、この短時間に、これだけ具体的な解決策を……?
凄まじい頭の回転、そして冷静さ。
サムエルは姉を頼って正解だったようだ。
「異論はありません」
ロイヤーは言った。
「問題は誰がどこへ行くか、ですね」
「はい。皆さん、ご希望は? 因みにサムエルはここに残り、私は一旦実家へ寄ったのちカルツェ領に向かいます」
サムエルはいつになく真剣な面持ちだった。彼もまだまだ子供。主人の命がかかった作戦を任されて、さぞ荷が重かろう。
そしてそれは目の前の若い娘も同じ──。
(私達がしっかりしなくては)
ロイヤーはそっと拳を握った。
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