秘事。
受験シーズン本番。
入試の日も、もう目前に迫っていた。
『お母さんと話し合いました。お母さんと木崎先輩のお父さんは別れました。安心して入試、頑張って下さい』
早川さんからLINEメッセージがきて1週間が経った。
早川さんとは会っていない。
『親同士の不倫』で繋がっていた俺たちに、もう会う理由がなくなった。
早川さんに、もう会えない。
入試まで黙々と勉強をする日々。
ご飯を食べる時だけリビングに行き、後は自分の部屋に篭りきりの生活。
もうすぐお昼の12時。昼食の支度をしようとリビングへ。
オカンがお昼の情報番組の【デパ地下ケーキ特集】を見ながら『ケーキ食べたいなー』と呟いていた。
…ケーキ。
今日は日曜日。早川さん、バイトの日かな?
「ご飯食ったら、買って来てやるよ」
オカンのおかげで、早川さんに会う口実が出来た。
キッチンに行き、超簡単な手抜きパスタを作るべく、鍋に水を入れ火にかける。
早く出かけたくて、鍋の蓋を何度も開けてはお湯の状態を確認。そんな事をしたら、沸騰するのに余計な時間がかかってしまうと分かっているのに。
やっと沸騰した鍋にパスタを入れ、茹で上がるまでの間に、野菜を切っただけのサラダと、切った野菜を入れて味を調えただけのスープと、パスタにかける為の皮から絞り出してバターを混ぜただけの明太子を作成。
パスタがいい感じの硬さになった瞬間にザルに移し水気を切ると、速攻で皿に盛り付け明太子バターを乗せて、他の料理と一緒にダイニングへ持って行った。
「オカン、昼メシ出来た。早く食べよう」
「はーい」
オカンをダイニングテーブルに呼び、2人で『いただきます』と唱和すると、目の前に並ぶ料理を掃除機の様に吸い込み、掻き込み食った。
「落ち着いて食べなさいよ。喉に詰まるわよ」
「食器、帰ってきたら洗うから、そのままでいいよ」
気が逸っているせいか、オカンとの会話も成り立たない始末。
ババっと食べ終え席を立つと、ケーキを買いに行くべくコートの袖に腕を通し、早川さんから貰ったネックウォマーを装着。
「莉子ちゃんに会えるからって、ウキウキしちゃって」
出かける準備をしている俺を見ながら、オカンが意地悪に笑った。
「甘い物が食いたくなっただけ。脳が糖分を欲してるの」
オカンの態度が癪に障る為、言い返す。
「そういうお医者さんみたいな事を言うのは、医大に受かってからにしてよねー」
更に癇に障る笑みを見せるオカン。
くそ!! 絶対受かってやる。早川さんのバイト先のケーキで糖分補給しまくって、必ず受かってやる。なんならホール食いしてやるわ。
「行ってきます!!」
オカンに絡まれるのが面倒で、早々に家を出た。
早川さんに会うのが久々だから、なんとなくそわそわしながら、早川さんが働くバイト先へ。
しかし、店の外から店内を覗いてみたけれど、早川さんの姿は見当たらない。
今日はバイトの日じゃないのだろうか。
取り合えず、中に入ってみる。
「いらっしゃいませー」
正月に俺に電話を掛けてきた、早川さんの友達に良く似た声がした。
声がした方に目を向けると、その子も俺を見ていた。
「…島田さん?」
「はい」
やっぱりその子は、早川さんの友達の子だった。
「早川さんは、今日はバイトの日じゃないの?」
島田さんに近づき、話しかけると、
「莉子ならバイト、辞めましたよ」
島田さんが、俺を睨む様な目をした。
イヤイヤイヤイヤ。俺、キミにそんな目をされなきゃいけない筋合いないんですけど。
てか、バイト辞めたの? 早川さん。
バイト辞めたら携帯代が払えないって言ってたのに。
あ、俺のオカンがここのケーキが好きな事を知って、バイト先変えたとか? 変える必要なんかないのに。
「早川さんの新しいバイト先ってどこ?」
「してませんよ。バイト」
島田さんの視線が益々鋭くなった。
「…木崎先輩、今少しだけお時間いいですか? 店長に頼んでちょっと休憩もらってくるので」
「うん」
ガンギレしている島田さんの要求を断る事もし辛い為、素直に頷いた。
店の外に出て壁にもたれていると、
「お待たせしました」
程なくして島田さんがやって来た。
「何か、話があるんだよね?」
壁から身体を起こし、島田さんと向き合う。
「莉子は、木崎先輩が受験で大事な時期だから何も言わなかったんだと思うけど…でも、だからって莉子だけが我慢してるのもおかしいと思うから…でも、私が変な事を話して『気が散って大学落ちました』とか言われても嫌なので…どうします? 聞きますか?」
言う気満々のくせに、島田さんが取り合えずお伺いをたててきた。
「絶対に受かるから大丈夫」
聞かないと、気になってそれこそ勉強なんか出来ない。
「じゃあ、話します。莉子の両親、離婚したんですよ。お母さんが家を出て行っちゃったから、莉子が家の事を全部しているんですよ」
「…え」
島田さんの言葉に固まる。
早川さん、何かあったら必ず言ってって言ったのに。
「でも、バイトしないと携帯が止まるって…」
「木崎先輩のお父さんが、慰謝料と言う名の口止め料を持って莉子の家に来たそうです。だから、『バイトしなくて大丈夫』って言ってました。木崎先輩のお父さん、莉子の家は壊しておいて、自分は離婚する気ないらしいですよ」
「……」
島田さんの口から飛び出る、予想もしていなかった言葉に絶句する。
「莉子は『ウチだけで良かったよー。共倒れとか、目も当てられないじゃーん』って笑ってましたけど、私からしたら、何が『良かった』のか全く理解出来ないんですよね。
木崎先輩、今でこそ莉子に優しくなったみたいですけど、前とか風当たり酷かったじゃないですか。木崎先輩も木崎先輩のお父さんも、莉子に何の恨みがあるんですか?
そりゃあ、莉子のお母さんは責められても仕方のない事をしましたよ。でも、莉子は何も悪い事をしていない」
俺に恨み辛みを言わない早川さんの代わりに、島田さんが俺を詰っている様に見える。
優しい早川さんの友達も、友人思いの優しい奴だ。
「島田さんの言う通りだよ。早川さんに謝りに行かなきゃ。早川さん、家事全般してるって言ってたよね? 料理とか…大丈夫なの?」
正直、あまり器用そうには見えない早川さん。ちょっと心配。
「…まぁ、見たまんまですよ」
島田さんが苦い顔で笑った。
「そっか」
『それ、どういう意味?』とは敢て聞き返さない。多分、そういう事だから。
「俺、ケーキ買ったら早川さんの家に謝りに行って来るよ」
謝りたい気持ちは本当。でも、『謝罪』を口実に早川さんに会いたいと思った。
俺は何てしょぼいんだろう。理由がないと動けない、プライドだけ高いうんこバカだ。
ケーキを買いに店内に戻ろうとした時、
「あの!!」
島田さんに呼び止められた。
「ん?」
「さっき話した事、私から聞いたって莉子には言わないでもらえませんか? 私が出しゃばった事で莉子との間にヒビが入るとか、本当に嫌なので」
振り向くと、島田さんがバツが悪そうに眉間に皺を寄せていた。
「言わないよ。むしろ話してくれてありがとう。この話は、俺が絶対に知っておかなきゃいけない事だったから」
「私は莉子と違って、黙って内に秘めておく事が出来ない性格なんですよ」
島田さんが苦笑いした。
島田さんの様な友達を持つ早川さんを、羨ましく思う。
----------ウチの分と早川さん家の分のケーキを買って帰宅。
時刻は15時ちょい過ぎ。
早川さん、今何してるかな?
今日の晩ご飯、早川さんが作ったりするのかな。
ウチの晩ご飯は、煮込みハンバーグにする予定。
早川さん家の分も作って持って行ってあげようかな。うん、そうしよう。確か、肉いっぱい買ってあったし。ちょっと早いけど、今から作って持って行こう。
キッチンでせっせと挽肉をこねていると、
「今日は随分早い時間に作るのねー」
オカンが傍に寄って来た。
「ちょっと用事があるから」
あんまり詮索されたくなくて、肉の脂まみれで使えない手の代わりに、『リビングに戻れ』と足でオカンの車椅子の向きを変えてやった。
が、手元のレバーで簡単に俺の方に向き直すオカン。
「なんか、ハンバーグの量多くない? ケーキも必要以上に買ってきてるし。誰かに持って行くのかしらねー。誰かしらー」
完全に気付いてるくせに、わざとニヤニヤしながら俺の顔を覗き込むオカン。
「さて。誰だろうね?」
鬱陶しいのでサラっと流す。
「えー。誰誰? もしかして苗字に『は』が付く人? 名前に『り』が付いてたりしない? …フッ」
オカンが、言いながら堪えきれずに吹き出した。オカン、超うぜー。
そんなオカンをかわしながら、なんとか料理終了。
大きめのタッパーにハンバーグを詰めて、それをトートに入れた。
隣でオカンが『どこにピクニックに行くのかしらー』と未だに絡んでくる。
『菜の花畑でデッサン』とテキトーな返事をすると『驚愕するほどにつまんない』っとオカンが本気の白い目をして、俺から離れて行った。
普通、息子にそんな目を向けるかねぇ。
まぁ、イイや。オカンのからかい地獄から開放されたこの隙に家を出よう。
ハンバーグとケーキを持って、早川さん家に向かう。
---------早川さん家の前に到着。
早川さんを呼び出すべく、ポケットに手を突っ込んでスマホを取り出そうとした時、
「すみませーん!! りんご拾って貰えませんかー!? アップルー!! アポー!!」
聞き覚えのある女の大声がした。
その方向に目を向けると、少し遠くで古臭い少女漫画のワンシーンの様に、転がるりんごを追いかける女の姿があった。
目を凝らして見てみると…やっぱり早川さんじゃん。
取り合えず、転がってきたりんごを拾い上げる。
そこに両手にスーパーのビニール袋をぶら下げた早川さんが、息を切らせてやって来た。
「すみませーん!! って、木崎先輩じゃないですか。こんなところで何をしているんですか?」
早川さんがきょとんとした目で俺を見た。
「早川さんに話があって…。早川さんの両親、離婚したんだって?」
俺の言葉に、早川さんは一瞬顔を歪めると、すぐに笑顔を取り繕った。
「…あぁ。木崎先輩のお父さんから聞いちゃいました? 特に口止めしなくても『言わないだろうな』って高を括っていたんですけど、甘かったですねー。まぁ、木崎先輩が気に留める必要もない事ですよ」
早川さんは、俺が親父から聞いたものだと勘違いしている様だけど、島田さんとの約束もあるし、そこは否定も肯定もしないでおく。
「親父が失礼な事をして、本当にゴメン」
早川さんは、どうして俺を責め立ててくれないのだろう。
俺が大学に受かろうが落ちようが、早川さんの知った事ではないだろうに、なんで俺なんかに気を遣ってくれるのだろう。
早川さんの優しさに、申し訳ない気持ちが込み上げる。
「全然。何を言っているんですか。恥ずかしい話、木崎先輩のお父さんから頂いたお金、凄く助かってるんです。私が家の事をする様になって、バイトをする時間がなくて、携帯代どうしようって思っていたので」
『面目ないっス』とわざとふざけて頭を掻く仕草をする早川さん。
そんな早川さんの手首を、ふざけるのをやめさせる様に掴んで止めた。
「ねぇ。何で怒らないの!? 俺の親父が不倫なんかしなければ、早川さんの両親は離婚する事もなかったし、早川さんが家事をしなきゃいけなくなる事もなかったし、バイトも辞めずに済んだんだよ!?」
「それはそうなんですけど、それって木崎先輩に怒っても仕方のない事だし。木崎先輩が悪いわけじゃないんだから。
それに私、お母さんとも木崎先輩のお父さんとも話をして、自分なりに気持ちに折り合いもついてるんですよ」
早川さんは、どこかスッキリした顔で優しく笑った。
両親は離婚したし、早川さんのお母さんと俺の親父は別れた。
今回の話は、早川さんの中では既に終わった事なのだろう。
なのに、俺だけが未だにグヂグヂぐぢぐぢ。なんてしつこいのだろう。
「今日は、何を作るの?」
早川さんの両手に持たれている、スーパーの袋にそっとさっき拾ったりんごを入れた。
当然の事ながら、木崎マートの袋ではなかった。
スーパーの袋を見ていた俺の視線に、早川さんも気付いたようで、
「今日、木崎マートが特売日なのは知っていたんですけど…木崎マートの袋が家にあると…お父さんに見せたくないっていうか。でも、木崎マートは安くて好きなので、今度エコバック持って行きます‼︎」
早川さんに変に気を遣わせてしまった。
早川さんは、本当に優しい。
「別にそんな気遣いしなくても…それより、何を作るの?」
「あ、はい。カレーを作ろうと思いまして。だからりんごを買ったんです。はちみつも入れたら美味しくなるんですよね?」
物凄い可愛い笑顔で同意を求めてくる早川さん。
早川さん、料理苦手なら普通にルーの箱の裏に書いてあるやり方で作ればいいのに。なんでアレンジしようとするかな。そして、多分ルーの中に既にりんごもはちみつも配合されてると思うよ、俺。
「今日、ハンバーグにしなよ。いっぱい作っちゃったから、早川さんにおすそ分けしに来たの。あと、ケーキも買いすぎたから、どうぞ」
トートを早川さんに手渡すと、早川さんは持っていたスーパーの袋を地面に置いて、トートから嬉しそうにハンバーグの入ったタッパーを取り出した。
「わー。いい匂いー。美味しそーう!! てか、絶対美味しい!! 頂いていいんですか!? ケーキまで!! …ん? なんか、タッパーの中に葉っぱが入っているんですが…」
困惑気味の早川さんに、俺の方が困惑。
葉っぱて…。早川さん、『木崎先輩、間違って入れました?』的なテンションで俺の事を見ているし。
早川さんは、多分俺の想像以上に料理が出来ないんだと思う。
「…クレソンの事だよね? 俺は食わない派だけど、食べられるヤツだから」
答えながら半笑いになってしまった。
「あ…あぁ、クレションですね。知ってます、知ってます」
クレソンを知らなかった事を恥ずかしく思ったのか、早川さんが咄嗟に取り繕い、『あーハイハイ』などと言いながら頷いた。
早川さん、知ったかしよった!! しかも、嘘バレバレだし。『クレション』て。言い慣れてなさすぎだし。
何、もう。面白すぎ。
「クックッ」
思わず吹き出す。
「~~~もー!! えぇ、そうですよ。知りませんよ、こんな葉っぱ!! ウチのハンバーグにこんなオシャレな葉っぱが乗っかっていた事なんかなかったですもん。
何なんだよ、弟には『俺の方がまだ上手い』って馬鹿にされるし、木崎先輩だって、どうせ私が料理下手だと思ったから、こんな事をしてくれたんでしょう!? 私、不器用なんだから、そんな急に上手に料理が出来るわけがないじゃないですか!!」
早川さんが、鼻息を荒くして憤慨。
違うよ、早川さんに会いたくて作って来たんだよ。とは恥ずかしくて言えない。
「俺の受験が終わったら、料理教えてあげよっか?」
「是非お願いします!! 正直困っていたんです。料理の本を見ても『少々』と『ひとつまみ』と『適量』の分量がいまいち分からなくて…」
早川さんは、本当に困り果てているらしく、縋る様に俺の腕を掴んだ。
そんな風に触られるとドキドキするんですけど。
何はともあれ、また早川さんに会う口実が出来た。俄然やる気が出てきた。
俺、確実に大学に受かる。100%受かる!!
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