露呈。

 



 ---------それから、私のバイトがない日、木崎先輩のカテキョが来ない日は、木崎先輩に勉強を教わる日々を過ごした。


 木崎先輩が作ってくれたテキストは、恐ろしく分かり易くて、たまにそんなに難しくない漢字にふりがなをふられていたりした。


 読めるっちゅーねん。私、よっぽどアホだと思われているらしい。


 そんなこんなで、今回のテストは初めて学年50番以内に入った。


 木崎先輩、どんだけ教え方上手いのよ。


 木崎先輩のテキストをコピーして沙希にもあげた為、沙希も100番以内に入った。


 木崎先輩に直々に勉強を教わっていたのだから、私の方が順位が良くて当然なのだが、やっぱり沙希に勝った事は若干嬉しい。だって、いっつもちょっとだけ沙希の方が順位が上だった。


 私的には大満足だったのに、順位を木崎先輩に報告すると『あれだけ教えて何で2桁切らないんだよ』と、溜息さえ吐かなかったが、背中で哀愁らしき何かを見せられた。


 『でも、クラス順位は10番以内でしたから!!』と人差し指を立てて1桁順位を強調してみたが、そっと木崎先輩に折り畳まれた。


 私に学年10位以内に入れって、無茶苦茶すぎるよ、木崎先輩。


 -----------こうして無事テストは終わり、クリスマスを迎えた。


 クリスマスのケーキ屋は、戦場だった。


 彼氏いない同士、この日は沙希と一緒にバイト。2人で『ヒィヒィ』言いながら働く。


 忙しさの余り『何を浮かれているんだよ。お前ら絶対にキリスト教徒じゃねぇだろ』などと、沙希がお客さんに聞こえない様に悪態をつき始めた。


 彼氏ではないけれど、バイトが終わったら木崎先輩に会える私としては、沙希と違って全然気が立たない。


 そんなルンルンな私に、


 「莉子は何も悪くないんだから堂々としてれば良いと思うけど、何も知らない木崎先輩のお母さんとクリスマスを過ごすのってしんどくない? 大丈夫?」


 今日、私が木崎先輩の家に行く事を知っている沙希が、私には優しい言葉をくれた。さすが親友。LOVE沙希。


 「しんどくなくはないけど…木崎先輩に会えるからねぇ」


 クリスマスを木崎先輩と…。2人きりではないけど。でも、どうにもこうにも顔がニヤける。


 「恋しやがって。心配して損したわー。いらっしゃいませー」


 沙希は、だらしなく口元を緩めてヘラヘラしている私に冷めた笑顔を向けると、そんな私を放ってお客さんの元へ行ってしまった。

 


 目まぐるしく働いて、閉店時間になった。


 閉店作業をしようと、ショーケースにわずかに残っていたケーキを片すべく取り出していると、


 「後片付けは私1人で出来るから、ケーキ持ってさっさとあがれ。メリクリじゃ、色ボケバカ莉子」


 沙希が近付いて来て、私の分のケーキが入った箱を私に押し付けると、帰るように促した。


 本当に、沙希はいい奴だ。


 「沙希、まじでありがとうね。今度何かおいしいもの奢る。メリクリすぎるぜ、沙希さま」


 沙希のお言葉に甘え、ケーキを受け取ると、ロッカーへ向かった。


 急いで店着から学校の制服に着替えると、スマホを手に取り木崎先輩にLINEメッセージを送る。


 〔バイト、終わりました。これから向かいます。〕


 スマホを制服のスカートのポケットに突っ込み、ケーキを崩さぬ様に大事に抱きかかえると、沙希やお店の人たちに挨拶をしてお店を後にした。

 

 駅まで早足で歩いていると、ポケットの中でスマホが震えた。


 ケーキの箱を落とさぬ様に小脇に抱え、ポケットに手を突っ込みスマホを探る。


 取り出したスマホの画面には『木崎先輩』の文字が表示されていた。


 通話ボタンをタップし、耳に当てる。


 「木ざ…『待ってろって。迎えに行くって言っただろうが』


 電話の奥から木崎先輩の声と共に、バタバタ走る足音が聞こえた。


 そう言われてもねぇ。もうすぐ駅に着いてしまうし。


 「でも、もう駅に着くので電車乗りますよ。迎えとか、大丈夫ですって」


 『お前は俺の言う事を素直に聞かないから、テストもあんな順位になるんだよ』


 私のやんわりとした、遠慮という名のお断りに、何故か暴言を返す木崎先輩。


 お母さんの手前、私を迎えに来るだけのくせに何という言い分なんだ、木崎先輩。しかもあんな順位て。50番以内って相当成績良いやんけ!!


 「電車乗るので切りまーす『オイ!!』


 親指で終話ボタンをタップ。


 イラっとしたから、切ってやったぜ。

 

 本当は木崎先輩に迎えに来てもらえるのは、酷い事を言われ様とも嬉しい。


 でも、木崎先輩に会う前に、駅のトイレで働きまくってヨレヨレの髪と顔を直して、ちょっとでも良いコンディションで木崎先輩に会いたい。


 電車の発車時間1分前までトイレに篭り、髪とメイクを直すと小走りでホームに行き、電車に乗り込んだ。


 10分ほど電車に揺られ、木崎先輩の家がある駅で降りると、改札の傍の壁に寄りかかっている木崎先輩の姿が見えた。


 「木崎先輩!!」


 木崎先輩に手を振りながら駆け寄ると、


 「俺の電話、勝手に切ってんじゃねーよ。ケーキよこせ!! 早川さん、アホだから落としかねない」


 私に一方的に電話を切られた事に腹を立てている様子の木崎先輩が、速攻で私の手からケーキを奪った。


 ケーキ屋でバイトしてる私が、ケーキを落とすわけがないではないか。 


 かと思えば、私が持っていた鞄と紙袋も毟り取る木崎先輩。


 「それ、ケーキじゃないんですけど」


 鞄に手を伸ばすと、


 「バイトお疲れ。ばーか」


 木崎先輩が、私に鞄を持たせぬ様に、逆の手に持ち替えた。


 木崎先輩のばーか。


 きゅんきゅんするだろうが。

 


 木崎先輩に荷物を全部持って貰い、手ぶらで木崎先輩の家まで歩く。


 木崎先輩のマンションに着き、エレベーターに乗り、木崎先輩が家の玄関を開けると、


 「待ってたよー、莉子ちゃーん!! 淋しかったー!!」


 木崎先輩のお母さんが、物凄い勢いで車椅子を動かして来た。


 …淋しかったって、どういう事?


 眉間に皺を寄せ、木崎先輩を見上げる。


 「…親父、今日遅くなるって」


 木崎先輩も顔を歪め、そこにはしっかり怒りが孕んでいた。


 仕事ではないという事だろうか。


 木崎先輩のお父さんは、クリスマスにウチのお母さんを選んだの?


 お母さんは今、何処で誰と何をしているの?


 浮かれ気分が完全に冷めた。


 木崎先輩のお母さんへの罪悪感で、クリスマスどころではない。

 

 暗い顔をしていたであろう私に、


 「そんな顔すんな。オカンが不審がる」


 木崎先輩が小声で囁くと、木崎先輩のお母さんの車椅子の後ろに回った。


 「木崎先輩だって、さっき結構な陰気顔していたじゃないですか」


 ボソっと言い返してやると、


 「してねぇわ。黙れ、ブス。」


 木崎先輩に傷つく悪口を返された。


 折角ちょっとでも可愛く見える様にメイクし直したのに…。


 「差別ですよ、ソレ。ブスは喋っちゃいけないんですかね?」


 木崎先輩を睨みつけると、


 「フッ。調子戻ったね」


 木崎先輩がいじわるな顔をしながら笑った。


 さっきの悪口は、わざとだったらしい。

 

 「ひとの頭上で何をコソコソ話しているのかな?」


 木崎先輩のお母さんが、ニヤつきながら私たちを見上げた。


 「別に?」


 と適当にはぐらかすと、木崎先輩のお母さんの車椅子を押してリビングに行こうとする木崎先輩。


 そんな木崎先輩の腕を引っ張って止める。


 『あ?』と振り向いた木崎先輩に『ニィ』と笑った後、


 「さっき木崎先輩に『ブス』って言われました」


 木崎先輩のお母さんに、さっきの悪口をチクってやった。


 「はぁ!? 何なのこのコ。莉子ちゃん、こんなコぶん殴っていいから。私が許す。…てゆーか、湊。もしかして、アレ? 好きなコに意地悪言っちゃう、幼稚園児がよくやるアレかしら? 高校生なのに? 高校も、3年なのに?」


 木崎先輩のお母さんが、目を三日月型にして『プププププー』と吹き出した。


 そうだったらいいんですけどね。


 「全ッ然俺の趣味じゃない」


 木崎先輩、完全否定。


 分かっていたけれど、かなり落ち込む。


 なんで、木崎先輩なんか好きになっちゃったんだろう。

 

 しょんぼりしながら木崎先輩たちに続いてリビングに行くと、手の込んでいそうな料理がテーブルいっぱいに並んでいた。


 木崎先輩、頑張ったなー。


 「すごーい!! おーいーしそーう!!」


 豪華な料理にテンションを持ち直す。


 「さぁ、食べましょー!! お腹ペッコペコ」


 木崎先輩のお母さんが、お腹を擦りながら『空腹です』ジェスチャーをした。


 え? もしや、2人とも何も食べないで私の事を待っていてくれたの?


 「先に食べていて下されば良かったのに…すみません」


 申し訳なくなって、近くにあったサーバーを手に取ると、木崎先輩と木崎先輩のお母さんの分の料理を、慌てて小皿に盛る。


 「ケーキを持って来てもらうのに、早川さんを待たずに食うわけないじゃん。バイト、忙しかったんじゃないの? 早川さん、不器用そうだしそんな事しなくていいから。おとなしく座っときなよ」


 木崎先輩が、私の手から小皿を引き抜いた。


 「だから何で『俺がやるから莉子ちゃんは休んでて』って素直に言えないのかしらね、湊は」


 木崎先輩のお母さんが、呆れながら笑った。


 それは、私に変な期待をさせないようにですよ。


 木崎先輩のお母さんが思っているような『照れ隠し』ではないですよ。

 

 木崎先輩が料理を取り分けてくれて、いっぱい食べて、いっぱい喋って、いっぱい笑って。


 私が持ってきたケーキに、木崎先輩のお母さんが目を輝かせてくれて。


 美味しくて、楽しくて。


 お腹も心も満たされた。


 他人様の家だというのに、ソファーに座りながら満腹になったお腹をポンポンと叩いて寛いでいると、


 「ねぇ、莉子ちゃん。気に入るかどうか分からないけど…」


 木崎先輩のお母さんが、綺麗にラッピングしてある箱を私の前に置いた。


 「…頂いてもいいんですか?」


 なんだか高そうなその箱。


 「もちろん。開けてみて」


 木崎先輩のお母さんに言われるがままその箱を開けると、


 「…おぉ」


 それはそれはお高そうな、最早どこに付けて行けば良いのかさえ分からない、煌びやかな髪飾りが入っていた。


 「あ…ありがとうございます」


 これはヤバイ。使う機会がない。


 そして、私が買ってきたプレゼントが出し辛い。値段が違いすぎる。ショボすぎる。


 …が、貰っておいて何もプレゼントしないのは、もっとありえない。

 

 「…あのー。私も一応用意したのですが…」


 そっと木崎先輩のお母さんに、包装紙までもが安っぽい箱のプレゼントを差し出す。


 「わぁ。ありがとう!! 開けていい?」


 嬉しそうにプレゼントを受け取る、木崎先輩のお母さん。


 そんなに喜ばないで。あんまり期待しないで。だって私が用意したプレゼントは…。


 「わぁー。いい匂いー」


 木崎先輩のお母さんが、箱からアロマキャンドルを取り出し、鼻を近づけて匂いを嗅いだ。


 予算少ないし、車椅子でそんなに頻繁にお出かけ出来ないかもしれない木崎先輩のお母さんが、自宅で楽しめるモノ…と私なりに考えたプレゼントではあったのだけど、頂いたプレゼントと全く釣り合っていない。


 完全に失敗した。

 

 「ありがとう、莉子ちゃん」


 そう言って木崎先輩のお母さんは微笑んでくれたけど、

 

 「…なんか、すみません。高価な物を頂いておいて…」


 もう、頭を下げるしかない。こんな事ならもっとバイト入れれば良かった。


 「何言ってるの!! 嬉しいに決まってるでしょう!? 今日、寝るときに早速使わせてもらうね」


 木崎先輩のお母さんが、優しく私の頭を撫でてくれた。


 もうないかもしれないけれど、もし次の機会があったなら、今度こそもっと良いプレゼントをしよう。

 

 「…あの、これ。木崎先輩のお父さんにも…ライターなんですけど…渡して頂けますか?」


 開き直って、ちゃっちいライターまでもプレゼントする。本当は、木崎先輩のお父さんに何かをプレゼントする気など、さらさら起きなかったのだけれど、しないのも失礼な気がして、差し障りのないものをチョイスした。


 そんな全く真心のないプレゼントまでも『気を遣わせてごめんなさいね。ありがとう。莉子ちゃん』と木崎先輩のお母さんは快く預かってくれた。

 

 重ね重ね申し訳ない。


 「あと、木崎先輩にはこれを…。趣味じゃなかもですが」


 しかし、大本命の木崎先輩には真心たっぷりのプレゼントを。


 喜んでくれたらいいなと、期待いっぱいに、木崎先輩のプレゼントだけは、リボンなんかつけてもらったりした袋を差し出す。


 「ありがとう。開けるよ?」


 「どうぞどうぞ」


 プレゼントを受け取った木崎先輩が、袋の中からネックウォーマーを取り出した。


 この前、家まで送ってもらった時、寒そうにしていたし、ガチめなプレゼントだと引いてしまわれそうだから、防寒用具にしてみたのですが…。


 「……」


 木崎先輩が、無言でそのネックウォーマーを見つめながら固まっていた。

 

 …趣味じゃなかったか…。


 木崎先輩の趣味が分からなくて、店員さんに相談しながら選んだというのに、失敗してしまったのか…?


 『1番人気の商品だって言ってたじゃないかー!!』と、心の中で店員を恨み、ガックリ肩を落としていると、


 「…早川さん、被ってる」


 木崎先輩が『開けてみて』と私の前にプレゼントらしき袋を置いた。


 袋を開け、中に手を伸ばして取り出した物は、スヌードだった。


 『丸被り』


 声もプレゼントも見事に被って、2人で笑ってしまった。


 「彼女じゃない女のコへのプレゼントって難しいよね。高価なモノあげるのも違うと思うし、変に重いモン貰っても困るだろうし…ってなったらコレかなぁって」


 木崎先輩がスヌードを買った理由さえも、私と被っていた。


 「分かります分かります。私も同じ理由です。スヌード、今日の帰りに早速使わせてもらいます。ありがとうございます」


 正直、木崎先輩からのプレゼントなら、ティッシュ1枚でも、ハブラシ1本でも嬉しい。


 なんなら今すぐ首に巻き付けたい。


 「どういたしまして。俺も今日、早川さん送る時に巻かせて頂きます。どうもありがとう」


 木崎先輩が『気に入った』なんて言うから、嬉しすぎて鼻血が出そう。



 楽しい時間はあっという間に過ぎる。


 気付くと23:00を過ぎていた。


 「すみません。気も遣わずに長居してしまって」


 木崎先輩と木崎先輩のお母さんに頭を下げ、慌てて荷物を纏め、コートに袖を通すと、木崎先輩から貰ったスヌードを首に巻きつけた。


 あったかくて、嬉しくて、鼻まで顔を埋める。


 「こっちこそ、遅くまでゴメンネ。莉子ちゃんが来てくれて楽しかった。気をつけて帰ってね。湊、しっかり送りなさいよ」


 木崎先輩のお母さんが、木崎先輩のお尻を『パシン』と叩くと、木崎先輩が『へいへい』と返事をしながら、私がプレゼントしたネックウォーマーを頭から被った。


 木崎先輩、本当に使ってくれるんだ。


 嬉しすぎてヨダレが出そう。

 


 木崎先輩のお母さんに挨拶をして、木崎先輩と一緒にマンションを出ると、


 「ホレ。」


 木崎先輩がジャケットのポケットからカイロを2コ取りだし、1つくれた。


 「あ、ありがとうございます」


 素直に受け取ると、木崎先輩が『いーえ』と言いながらカイロのビニールを剥ぎ、カイロと一緒にポケットに手を突っ込んだ。


 さすが木崎先輩。しっかり2コ持って来ていた為、今回は手を繋ぐ事はない。


 カップルでも何でもないウチラが、手を繋がないのは当たり前だし、そもそも『手を繋ぎたい』などと思っているのも、私の方だけなわけですが、今日はクリスマスだし、そんな奇跡が、夢みたいな事が起こったって良いではないか。


 期待を胸に、カトリックじゃないくせに、図々しくも心の中で、ラブ的ハプニングを祈って願って念じる。

 


 ----------何も起こらなかった。


 たわいもない話をして、あっさり家に到着。


 「今日はありがとう、早川さん。クソ親父のプレゼントまで用意してくれて。あと、これも。めっさ暖かい」


 そう言って、木崎先輩がネックウォーマーに頬擦りをした。


 なんて可愛い仕草をしてくれるんだ、木崎先輩。


 私、木崎先輩のネックウォマーになりたいわ。などと言う、腐女子的思考になる。


 まぁ、充分腐女子ですが。そろそろ発酵しそうですし。


 「こちらこそ、ありがとうございました。すっごく楽しかったです」


 ペコっと頭を下げた後、木崎先輩の顔を見ると、

 

 「……」


 木崎先輩が、思い詰めた表情で私を見つめた。

 


 ----------ドクンドクン。


 心臓が、血管が、激しくビックウェーブ。


 クリスマスだし、奇跡が、起こるのかもしれない。


 だって木崎先輩、急に真面目な顔になったし。これはもう…。


 期待いっぱいの眼差しで木崎先輩を見つめ返すと、木崎先輩の口が、ゆっくり開いた。


 「早川さん」


 「…はい」


 ドキドキうるさい心臓を黙らす様に、握りこぶしを胸に押し当てた。

 

 「早川さんのお母さんって、帰って来てる?」



 奇跡なんか、やっぱり起こるわけがないんだ。


 木崎先輩は、一緒にクリスマスを過ごさなかったお父さんが、ウチのお母さんと一緒にいないかどうかを確かめたかっただけだった。


 さっきまではち切れんばかりにドキドキ鳴っていた心臓が一気に萎み、針山に刺されたかの様に痛み出す。


 何を落ち込んでいるんだ、私。


 そりゃ、そうでしょうよ。木崎先輩が私なんかに告ってくるわけないじゃん。


 何をアホみたいな期待をしていたんだ、自分。


 バカな自分が、情けなくて恥ずかしい。


 やっぱり、勉強って頑張ってした方が良いんだ。


 バカな自分が、壮絶に厄介で手に負えない。

 


 ウチは、リビングも親の寝室も玄関側からは見えない為、


 「ちょっと待ってて下さい」


 玄関のドアを開け、お母さんの靴の有無を確認する。


 いつも履いている靴はあったが、ブーツが無かった。


 溜息と同時にドアを閉めると、木崎先輩の元に戻り、頭を下げる。


 「スイマセン。お母さん、帰ってないです」


 「…そっか」


 私の頭の上で、木崎先輩が小さな溜息を吐いた。


 「ねぇ早川さん。もし、早川さんがお母さんと話し辛いなら、俺がしようか?」


 木崎先輩は、なかなかお母さんと話し合いをしない私に業を煮やしているようだった。


 でも、それは困る。弟やお父さんに勘付かれる事なく、木崎先輩が動けるとは思えない。


 「弟さんと、お父さんに気付かれたくないんだよね? そこはちゃんと注意するから」


 木崎先輩はそう言うけど、どうやって?


 お母さんのパート先で出待ちでもするの? そんな事をしたら、確実に他のパートの人たちに噂される。何かの拍子に弟やお父さんの耳に入り兼ねない。


 それに、木崎先輩は受験生だ。大事な時期に、そんな事させられない。させている場合じゃない。


 「私に任せて下さい。今日、ちゃんと話します。絶対に2人を別れさせます。だから、木崎先輩は自分の心配だけしていて下さい」


 お母さんが赦せない。


 優しくて親切な木崎先輩のお母さんを裏切って、私の大好きな木崎先輩に迷惑かけて、弟とお父さんを欺いて。


 何やってるんだよ、お母さん。どれほど馬鹿なんだよ。

 

 握り拳を震わせながら俯く私の手を、


 「苦しい思いをさせてゴメン。俺も親父とまた話し合ってみるから。困った事とか辛い事があったら、必ず言って。共有させて。悪いのは、ウチの親父と早川さんのお母さんと、何も知らなかった早川さんに事実を知らせて、こんな事を強いてる俺で、早川さんは何も悪くない。だから、全部俺に吐き出して」


 木崎先輩が、震えを止める様に握った。


 木崎先輩が、私の手を握ってくれた。


 きっとこれが、クリスマスの奇跡なのだろう。


 木崎先輩に一生好かれる事のない私に、神様がくれた精一杯のプレゼントなのだろう。


 「…優しくなりましたね、木崎先輩。前は私の事、敵視してたのに」


 手を握られて嬉しいのに、やっぱり切なくて。


 今にも出てきそうな涙を、鼻水と一緒に啜り上げて、木崎先輩に笑いながら意地悪を言ってみた。


 「正直、早川さんの母親が憎い。その娘だと思うと、早川さんの事も憎かった。だけど早川さん、面白くて優しくて…凄く良いコだから、そんな早川さんの母親も、実は悪い人じゃないのかもって思えてきて。でも、やっぱり赦せなくて…。俺、こんなに自分の気持ちがわけ分かんない事、初めてだわ」


 木崎先輩が、眉を八の字にさせた困り顔を作りながら笑った。

 


 あぁ。神様、ありがとう。今年のプレゼントは今までで1番最高だった。


 憎まれてはいるけれど、木崎先輩に『凄く良いコ』って言ってもらえた。


 好きになってはもらえないけれど、これで充分だ。


 木崎先輩の手の感触を覚えておこうと『きゅう』と握り返す。


 そんな私の指の間に、木崎先輩が自分の指を絡ませてきた。


 木崎先輩は、私の気持ちに気付いているのかもしれない。


 今日は、恋人たちが愛を確かめ合うクリスマス。


 抱き合って、キスをして。


 木崎先輩は、そんな聖なる夜に、憎くて好きでもない女に、木崎先輩なりの最大限の優しさをくれた。


 大好きな人の指は、細くて長くて、本当に綺麗だった。


 

 今年はなんて切ないクリスマスなのだろう。



 ----------ダメだ。限界だ。涙、出る。


 もう、泣いてしまおうか。


 ダメだって分かっているけど、告ってしまおうか。クリスマスだし。


 …イヤ、やめておこう。


 木崎先輩からしたら、憎い私からの告白なんて迷惑でしかない。


 大事な時期の木崎先輩に、不快感を与えてどうする。


 …なんて、木崎先輩を思いやっている風に自分に言い訳をしているが、実際のところ振られるのが怖い。


 バカな私は、当たって砕ける勇気さえない。本当にしょうもない。

 


 「木崎先輩、送ってくれてありがとうございました」


 結局、泣きも告りもせずに、なんなら笑って木崎先輩に挨拶をした。


 「うん。おやすみ、早川さん」


 木崎先輩が、絡めていた指を離すと、その手で私の頭を撫でた。


 『クリスマスマジック、クリスマスマジック』と、勘違いを起こしそうな自分に、心の中で言い聞かせる。


 私の頭を撫でてくれた木崎先輩に、好意はない。


 分かってる、分かってる。


 「おやすみなさい、木崎先輩」


 軽く頭を下げて玄関に入った。

 


 ---------ぼろぼろぼろぼろ。


 堪えていた涙が、大きな粒となって次々零れ落ち、玄関の床に歪な水玉模様の染みを作った。


 玄関で暫く泣いて、気が済むと靴を脱いでリビングへ向かい、木崎先輩の家とは比べ物にならない位安いソファに腰を掛けた。


 明日も仕事のお父さんは、寝ている時間。弟はお友達の家にお泊り。


 今日しかない。このチャンスを逃したら、次はいつになるか分からない。


 今日こそお母さんをとっ捕まえて、不倫をやめさせる。逃すもんか。

 

 

 テレビを見ながら、お母さんを待ち構える。


 お母さんは、お父さんにおそらくまた『スーパーが人手不足で残業』とかいう嘘を吐いたんだろうなぁ。


 木崎マートは24時間営業。今日はクリスマス。


 『忙しい』が充分言い訳になる。


 お母さんは、何時に帰ってくるのだろう。


 いくら何でも、朝帰りはしないよね?




 -----------しかし、待てども待てども、お母さんは帰って来ない。


 今日はバイトも行ったし、木崎先輩の家のクリスマスパーティーにも行った。


 若いと言えども、やっぱり疲れたわけで。でも、寝るわけにもいかなくて。


 勝手に閉じようとする瞼を、眉とオデコの力で無理矢理引き上げる。


 それでも、意識は遠のいて行ってしまう。


 コクリコクリと頭で舟を漕ぐ度に、何とか夢の世界から戻る。


 そんな事を何度か繰り返しながら、眠気を戦っていると、玄関の鍵が開く音が聞こえた。

 


 ----------お母さんだ!!


 寝室に逃げられぬ様、急いでソファから飛び起きて玄関に向かう。


 玄関には、クリスマスの為に張り切っておめかししたであろうお母さんが、高めのヒールのロングブーツをもたつきながら脱いでいた。


 浮かれた母の姿が、私の怒りを更に逆撫でる。


 「お母さん、不倫なんかもう辞めてって言ったよね?」


 普段の自分からかけ離れた、地鳴りの様な低い声が出た。


 『お母さん、おかえり』なんて、言う気にもならない。


 「何の話? いい加減にして。疲れてるの」


 お母さんが、私を押し退けて寝室に行こうとした。


 「お母さんの相手、私の学校の先輩のお父さんなんだよ? そんなすぐにバレる嘘が通用するわけないでしょ!?」


 『逃がしてたまるか』と、今まで1度も見た事のない、今日の為に買ったであろう母のワンピースの袖を掴んで止めた。


 「放して!!」


 お母さんは、そんな私の手を振り払うと、『皺になっちゃったじゃない!!』と言いながら、私が掴んでいた部分の皺を両手で伸ばした。


 …何言ってるんだよ。もう、脱いで洗濯するだけじゃん。


 お母さんに、興醒めした。


 「…いい歳して何やってるの」


 呆れた白い目をお母さんに向けると、


 「歳なんか関係ないでしょ!? 私はいつまでもオンナなの!! 母親の前にオンナなのよ!!」


 お母さんが鋭い視線で私を睨みつけた。


 こんなお母さんは、初めて見た。


 お母さんは、いつも優しく朗らかと言うわけではないが、怒りっぽいわけでもない。


 いつもと違うお母さんに、思わず後ずさってしまった。


 右足を1歩引いたその時だった。

 

 「ふざけた事を言っているんじゃない!! お前はオンナの前に母親だ。母親になった人間が、オンナを楽しんでいるんじゃない!!」


 背後で怒鳴るお父さんの声がした。


 怖くて振り返る事が出来ない。


 人間は、冷静に怒る事なんて出来ないのだと思う。


 私もお母さんも、怒りの余り知らず知らずのうちに大きな声を出していたのだろう。


 寝ていたはずのお父さんを、起こしてしまった。



 お母さんの不倫が、お父さんにバレてしまった。



 眠かったはずの目が、すっかり覚めた。


 むしろ、目が冴える。


 と言うか、不眠症になりそうだ。


 だって、私の目の前でお父さんとお母さんが離婚の話をし出したから。

 


 3人でリビングに行き、話し合う事に。


 お父さんの決断は早かった。『お母さんの不倫は赦せない、元に戻るつもりもない』とすぐさま離婚を切り出した。


 恋愛中で頭の中がお花畑のお母さんも、あっさり承諾。


 この人たちは、私や弟の事は何も考えていないのだろうか。


 離婚は、自分たちだけの問題だとでも思っているのだろうか。しかも、


 「莉子はいらない。でも莉玖は私が引き取りたい」


 お母さんが、弟だけを連れて行こうとした。



 『莉子はいらない』。



 お母さんが、私を切り捨てた。


 ショックで、声が出なかった。


 怒りよりも、悲しかった。辛い。


 オブラートも何もない。


 こんなにもハッキリ、直接捨てられるなんて。

 

 呆然と床を見つめる。


 でも、泣かなかった。悔しかったから。


 『私だって、お母さんになんかついて行きたくないですよ』とばかりに気丈に振舞う。



 …ダメだ。やっぱり泣きそうだ。


 私は、お父さんとお母さんに離婚して欲しかったわけじゃない。


 お母さんに、不倫を辞めて欲しかっただけなのに。



 「そもそも莉子を引き渡す気はない。莉玖の事も、離婚の原因も話した上で、莉玖に決めさせる」


 お父さんが、お母さんの言葉によって傷ついた私を庇う様に語気を強めた。


 お父さんの気持ちは嬉しいけれど、親に愛されないという事は、こんなにも惨めなんだという事を今知った。


 お腹を痛めて産んだ子を愛せない事は、お母さんにとっても辛かったかもしれない。


 お母さんの気持ちを汲めて、責め立てたりしない娘だったら、捨てられる事もなかったかもしれない。


 でも、お母さんの気持ちを汲む気になれない。

 

 「卑怯よ!! 私の浮気の話をしたら、莉玖が私の方に来たいなんて言うはずがないじゃない!!」


 怒りを口にしたお母さんに、お父さんも私も呆気に取られる。


 卑怯って、どの口が言ってるんだ。


 きっと、私の頭の悪さは母譲りだ。


 「当然だろうが。隠し事や嘘は莉玖の不利益になる。莉玖には俺がちゃんと話す。俺は今日も仕事だから、それまで少しでも寝ておきたい。頼むから静かにしていてくれ」


 そう言って、お父さんは自分の寝室に戻って行った。


 時刻は早朝5:00。もうすぐ、夜が明ける。

 


 リビングにお母さんと2人、取り残されてしまった。


 気まずくて、やり切れなくて、私もソファから立ち上がり、リビングを出ようとした時、


 「全部アンタのせいよ。アンタなんか産まなきゃ良かった。アンタのせいで、私、ひとりぼっちになっちゃうじゃない」


 お母さんが、私を睨みつけた。


 「自業自得でしょ? 私のせいにしないでよ。それに、ひとりぼっちじゃないじゃん。まだ、木崎先輩のお父さんと別れてないんでしょ?」


 強気に言い返すも、お母さんの鋭い目に声が震えてしまった。


 「…なんで私ばっかり。向こうの家族も壊れればいいのに」


 お母さんが、奥歯をかみ締めながら、目に涙を滲ませた。


 悔しいのか、悲しいのか、腹が立つのか。全部なのか。

 

 お母さんは何を考えているのだろう。


 木崎先輩の家に乗り込むつもりだったりしないよね?


 「お母さん、余計な事しないでよ? 悪いのはお母さんと木崎先輩のお父さんで、木崎先輩と木崎先輩のお母さんは何も悪くないんだからね? 2人を傷つけたり迷惑かけたりしないでよ? 変な事をしたら許さないからね」


 ソファーに引き返し、母の正面に座り直した。


 本当は、自分の部屋で布団に包まりながら泣きたい。


 でも、逃げている場合じゃない。


 私の大好きな2人に、悲しい思いをさせてはいけない。

 


 「『2人を』ねぇ。木崎さんの息子さん…『湊くん』だっけ? 凄くん、イケメンよねぇ。好きなんでしょ? 私が変に動けば、湊くんに嫌われちゃうかもしれないものねぇ。『2人を傷つけたくない』なんて綺麗事を言って、本当は湊くんに嫌われたくないだけでしょ。腹の内見え見えよ? 本当に意地汚いコね、莉子は。でも、何だかんだ私たちは親子よね。男の趣味が一緒って事だものね。親子揃って同じ血筋の人間を好きになるなんてね」


 お母さんが嘲笑った。


 「……」


 言い返せなかった。図星だったから。


 確かに、木崎先輩のお母さんより先に、木崎先輩の事が頭を過ぎった。


 木崎先輩に、好きになってはもらえない。


 だったらせめて、嫌われたくない。


 だって私は、お母さんの言う通り、木崎先輩が好きだから。

 

 「お母さん、お願い。お願いだから、木崎先輩たちに近付かないで」


 上半身を折り曲げて、膝小僧に額を付けながらお母さんに懇願する。


 私を疎ましく思っているお母さんに、どうしたら私の願いを聞き入れてもらえるのだろう。


 自分を嫌っている人間に頭を下げなければいけない屈辱。


 それが、自分の母親であるという、やり場のない悲しみ。


 唇を噛み締めすぎて、下唇から血の味がした。



  『…ふぅ』



 頭の上で、お母さんの溜息が聞こえた。


 「…動きたくても動けないわよ。私だって、好きな人には嫌われたくないもの」


 ポツリそう言うと、お母さんはリビングを出て行った。


 パタンとリビングのドアが閉まる音が聞こえたと同時に、


 「…くッ」


 身体を折り畳んだまま泣いた。



 どうして人は恋をしてしまうのだろう。


 恋なんかするから、こんな事になってしまうんだ。



 ---------結局、弟はお父さんを選んだ。


 『不倫も許せないけど、お母さんが姉ちゃんに言った言葉が赦せない』との事。


 お父さんは、お母さんの不貞だけでなく、私への暴言も弟に話したらしい。


 でも正直、ホっとした。親の離婚だけでも嫌なのに、弟と離れ離れになるなんて辛すぎる。


 『俺は姉ちゃんが必要』と莉玖が私に笑いかけた。


 莉玖は、私がお母さんに『莉子はいらない』と言われて傷ついた事を気に掛けてくれたのだろう。


 『ぎゅう』と思わず莉玖を抱きしめた。


 私も莉玖が必要だ。


 お母さん。お母さんのした事は赦せないけれど、莉玖を産んでくれてありがとう。


 「ごめん。姉ちゃんに抱きしめられるとか…きしょい」


 莉玖に両肩を掴まれ、引き剥がされ、突き放された。


 姉ちゃんは、こんなに莉玖が必要なのにーーーーー。




 お父さんと離婚したお母さんは、ここから車で30分の実家に戻るらしい。


 ただ、『年末年始は親戚が来たりで居辛い』と、ウチを出て行くのは三が日を過ぎてからになるとの事。


 スーパーのパートを続けるのか辞めるのかは分からないが、今日もお母さんはパートに行った。


 私と弟と、仕事収めをしたお父さんは冬休み。


 時刻は19:00。パートに出かける前にお母さんが作ってくれた晩ご飯を、3人で食べる。


 「お母さんがいないから話すけど…」


 口を開いたお父さんが、持っていた茶碗をテーブルに置いた。


 私も箸を置き、口いっぱいにご飯を頬張っていた莉玖も、慌ててスープで流し込んでお父さんの方を見た。


 「お母さんには、ちょっと可哀想な事をしてしまったなと思ってる。莉玖にお母さんの暴言まで話したのは、お母さんを悪者にしてでも莉玖を引き取りたかったから。お母さんを赦せないって事もあるし、莉玖をどうしても渡したくなかったし、莉子と莉玖をバラバラにしたくなかったから。

 本当は、俺がお母さんを赦して、離婚しないのが1番良い事だったんだろうけど。…ごめんな」


 申し訳なさそうに謝るお父さんに、胸が痛んだ。


 お父さんは何も悪くない。


 お父さんが離婚を切り出した時、『離婚』と言う言葉があまりにも早く出てきたから、きっと私や弟の事なんて考えていないのだろうと思った。


 でも違った。お父さんは、ちゃんと私たちの事を考えてくれていた。


 「別にお父さんが謝る事ないじゃん。これから3人で楽しくやってけばいいじゃん。俺、しんみり苦手ー。ハイ、この話は終わりー」


 莉玖が、再び豪快にご飯を喰らい出した。


 莉玖の言う通りだ。お母さんがいなくたって、3人で笑って暮らせば良いんだ。


 なんなら私が、お母さんの代わりにもなって2人を楽しませれば良いんだ。


 …お母さんの代わり。


 今まで私は、勉強もしないくせに家の手伝いをしてこなかった。


 ちゃんとやっておけば良かった。


 お陰で、料理は全くと言っていい程出来ない。


 でもこれからは、私が家事をしなきゃ。がんばらなきゃ。




 お母さんがいる、最後のお正月。


 お父さんとお母さんは、仲が悪かったわけではないが、会話の多い夫婦ではなかった。


 だから、あまり会話をしない2人に違和感はない。


 莉玖は『お母さんの事は許せないけど、嫌いにはなれないよね。自分の母親だから』と、いつも通りお母さんと接している。


 でも、私はそうは出来ない。


 むしろお母さんの方が、私と普通に接したくないと思うから。


 家族4人で過ごす最後のお正月なのに、家に居たくない。逃げたい。

 

 ふと、木崎先輩のお母さんが前に話していた『凄く良く効く合格祈願のお守りがある神社』の事を思い出した。


 記憶を頼りにスマホを弄り、ネットで調べる。


 「あった。ここだ」


 結構簡単に、木崎先輩のお母さんが見せてくれた神社の写真と同じものを発見。


 …行こう。木崎先輩にお守りを買って、ついで自分の幸せも祈ってこよう。


 今年は良い事がなかったわけではないが、若干悪い事が多かった気がする。


 神社の詳しい情報を見ると、ご利益の所に『学業・縁結び』と書かれていた。


 …縁結び。いくら神様でも、『木崎先輩との縁を結んで下さい』というのは無理なお願いだろうなぁ。


 あ、沙希、一緒に行ってくれるかな?


 アイツ、めっさ彼氏欲しがってるし。


 早速沙希に電話を掛けて事情を話し、神社に一緒に行こうと誘う。


 『ヤダよ。行かないよ。私、地元の神社信じてるし。正月早々そんな遠いところまで行きたくないっつーの。正月っつーのは、餅食いながら正月番組見てダラダラするモンなの』


 バッサリ断られた。


 「イヤ、でも、縁結びのご利益があるんだよ!?」


 お正月を1人で過ごすのは何だか淋しいので、何とか説得を試みる。


 『私の分の縁結びのお守りも買ってきてね。地元の神社で莉子のお守りも買っておいてやるから』


 が、沙希の心は動かせなかった。

 


 ----------仕方がない。1人で行こう。


 生まれて16年間、1人で県外に行った事がない為かなり緊張…と言うか、ソワソワする。


 1人であんなに遠くまで行けるだろうか。


 新幹線は高いし、夜行バスで行こう。


 大晦日の夜に出発して、元旦の夜明け前に山に登って初日の出を見ながら、木崎先輩の医学部合格と、沙希と私に素敵な縁がある様にめっさお祈りしよう。よし、そうしよう。



 ---------そして31日の夜に、懐中電灯を片手に、木崎先輩から貰ったスヌードを首に巻きつけて、いざ出発。

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