ことくにのみち

灼熱のツーリング、その真相とは

 人生初の海外ツーリングの地は、オーストラリアのシドニーを選んだ。

 オーストラリアは親切な国民性と治安の良さ、冒険的ツーリングも可能で、英語がさほど達者でなくても楽しめるということで、1990年代、日本人のツーリングライダーに人気のエリアだった。当時はまだ、観光するにしても東京のオーストラリア大使館で面接のようなものを受け、ビザを取る必要があった時代である。


 ようやくまとまった休みが取れたお正月という時期は、南半球における真夏である。ツーリングには絶好の季節だとウキウキしながら、事前に調べた情報を元にFAXでバイクのレンタルを予約し、シドニーへ向かった。


 わずか1週間のツーリングだがルートは決めず、あてどなく海沿いを北に向かった。

 あわよくばゴールドコーストにたどり着ければいいなあと思っていたのだけれど、居心地が良過ぎるキャンプ場や、美し過ぎる景色に時間を取られ、なかなか先に進むことができなかった。

 そんなこんなの旅も3日目。あまりにも暑いので持参した温度計を確認すると、「40度」を指していた。

 にわかに信じられなかった。そんなに汗をかいていなかったし、木陰はさわやかな風を感じていたし、だいいち、砂漠じゃあるまいし気温がそんなに上がるはずがない、ここはオーストラリアだし恐らく温度計が間違っているのだろうと思い込んだ。


 しかし、暑い。暑過ぎる。


 途中、休憩も兼ねて寄ったガソリンスタンドで、あまりにも暑いので水道のホースを借りて全身水浸しになるほど水を浴びてみた。しかし、日本と違って湿度が低いので、ほんの5分ほどで乾いてしまう。仕方ないので、休み休み水を浴びたりして先に進んだ。


 「40度」の暑さがホンモノだと信じられたのは、次の街に入ってから。

休憩しつつ、どこにキャンプしようか地図を見ながら考えていると、通りがかった女性に何か声をかけられた。彼女は身振り手振りも交えつつ、何かを必死に伝えようとしている。

 当時はほとんど英語を解さなかったので、初めは何を言っているのかわからなかったが、かろうじて聞き取れたのは、


 「Can’t go there! Bush fire!」


であった。


 ブッシュファイア? ブッシュって山? ファイアは火事のこと?


 半信半疑で、その街をあとにすると、彼女の言葉が本当だったことを思い知らされた。

森の中のワインディングを進むと、標高が上がっているはずなのに、気温がどんどん上がっていることを感じた。温度計はすでに計れる範囲の50度を振り切っていた。

 しかも、バイクで走っているというのに、熱風というか、熱波がフルフェイスヘルメットの中まで襲ってきて息苦しいほど。この暑さはおかしい。異常だ。


 気温50度という異常な暑さの正体を知ったのは、さらにワインディングを走り進めたその先だった。森の木々の向こうにチラチラと炎が見えたのだ。

 火の手はやがて勢いを増し、両側の森が燃えているだけでなく、その火の手は道路を横断している!

暑さの正体は夏だからというだけでなく、山火事がもたらした熱風だったのだ。



 燃え上がる道路。その先の森も燃えているのが見える。

 火の上をバイクで通りすぎても大丈夫なものか、一瞬ためらったものの、ええいままよと、通りすぎるしかなかった。街からはもうずいぶんと離れてしまったから、引き返すより先に進んで、シドニーに帰る方向のハイウェイに向かいたい。


 何度か火の上を通過しつつ、なんとか、ハイウェイの入り口まできた。そのままハイウェイを進めば、適当なキャンプ場ないしは街に出られるはずだった。ところが……。

 数十キロ進んだところで、ハイウェイが突然通行止めになってしまった。道路上で警察官が高速道路からの流出を促している。

 シドニーに向かう道路は一般道も含めて、このハイウェイを進むしかない。いま走らないと、帰りの飛行機に乗り遅れてしまう。エスケープルートを警察官に尋ねるにしても、英語できなーい! 航空会社に連絡するにしても日系の会社じゃないし、困ったー! などと思いながら いったんバイクを停めると……。


 「ココマデデスネ。ストップデスネ。ヒダリにイテ(行って)クダサーイ」


 どうみても白人の女性警察官だったが、日本語は達者だった。


 「ええ? 進めないんですか? いつ、通行止めは終わりますか?」

 「ワカリマセーン」


 帰りの飛行機の日程が迫っていたから、どうしてもあと200km程度は進んでおきたかった。


 「通行止めを遠回りしてシドニーまで行けないですかね?」


 すると、婦人警官は地図を見せながら、


 「タウザンキロミタ(1000km)ハシルネ。スリダイズ(three days)クライ、ネ」

と、つれない返事。


 「困ったなー。じゃあ、どっか近くに泊まれるところ、ありますかね?」

見渡す限り、広大なブッシュしかない。どうみても、100キロ圏内にお店や民家などありそうにない場所だった。


 「キャンプOK、アリマスネ」

というわけで、彼女の指さした方向に進んでみたら、確かにキャンプ場があって、先客も何人もいた。幸い、簡単な売店もあって、食べ物に困ることもなかった。

 キャンプ場でつたない英語を駆使して聞いたところによると、自分がいたエリアの数百キロ四方で大規模な山火事が発生していて、通行止め区間から先はどうにも進めないとのこと。

公衆電話で航空会社に電話してみたら、この大規模な山火事はオーストラリア中で話題になっているほどの大ニュースになっていて、もし間に合わなかったら翌日や翌々日の便に無料で振り替えますからご心配なく、とのことだった。旅慣れたいまなら、一も二もなく旅程を伸ばすのだけど。


 結局、真夜中に高速道路が開通したかどうか何度も確認しに行き、夜明けとともに開通した高速道路でシドニーに向かい、当初の日程の通り、初めての海外ツーリングを終えたのだった。


 あまりに暑い日々が続くと今でも、あの灼熱の、山火事の炎の中を走ったオーストラリア・ツーリングを思い出す。39度? 40度? まだまだじゃん? 気温50度って息もできないほど苦しい暑さだよ、なんて思い出しながら悪あがきをしたりして。

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