ベルギーでトルコに思いを馳せる(前編)
どういうわけだか、その年のマン島TTレースの取材後にベルギーでレースに出ることになった。今回は、そのときの“海外で一人パブ”を体験したことをお話しようと思う。
ことの成り行きは、話せばちょっと長いんだけども、さかのぼると2001年に出場した「もて耐」にたどり着く。ざっと箇条書きにするとこんな感じ。
・2001年、群馬のモトパークさんに誘われてBMWでもて耐出場。
・別のBMWのチームでヘルパーをしていたチーちゃん(年下の女性)と知り合う。
・チーちゃんが「レースかっこいい(はあと)」と言うので「なら、まずはバイクの免許取って、それから試しにサーキット走ってみれば?」と何気なく言ってみる。
・チーちゃん、翌週には教習所へ。
・チーちゃん、その次の週にはバイクの免許を取り、バイクの初走行はサーキット走行会という荒技を成し遂げる。
・そんなチーちゃんが、わたしが毎年ドイツやミラノのバイクショーを観に行っていることを聞きつけ「あたしも行ってみたーい(はあと)」というので、その年の10月にミュンヘンで開催されたINTERMOTという国際バイクショーに一緒に行くことにする。
・ショーの受付で並んでいるときにチーちゃんが「ゆきちゃーん、2ストロークが2気筒で、4ストロークが4気筒だよね?」という定番の質問をぶつけてきたので、身振り手振りで「吸入→圧縮→爆発→排気」などの説明と、2気筒にも「∞、8、V、L」このような種類があって、クランクの向きで縦置きとか横置きとか言う、などと説明しながら列が進むのを待つ。
・それを列の後ろで見ていたベルギーのバイク雑誌の編集長ルクさんが声をかけてきた。いわく、「言葉がわからなくても、キミたちが何を話していたのかよくわかったよ! あなたが先輩、あなたが後輩だね?!」
・すっかり仲良くなって、連絡先を交換する。
・ものは試しと、翌年のマン島TT取材のときにベルギーでも何か取材できないかメールを送ると、快くOKの返事が。
・ずうずうしくも、マン島取材時にベルギーでどこかの広報車を借りられないかと交渉してみる。
・OKの返事とともに、「ツナギとレースのライセンスを忘れずにね!」という謎の返信が出発3日前に届く。
・どんなバイクを借りられるのか、なぜレースのライセンスが必要なのか意味もよくわからないままに、急遽MFJにおもむき、ロードレースFIM国際ライセンスを取得する。
・ベルギーに到着すると、マン島行き用にはBMWのF650GSが用意されており、約10日間のマン島TT取材に。
・TT取材を終えベルギーに戻ると、雑誌編集部のスタッフは全員アフリカツーリングツアーに出かけたとかで、もぬけの殻。そして、デスクには「Kirikinに連絡せよ」「ゾルダーではピーターと会うように」という謎の指令が。
・そんなこんなで、ベルギーのゾルダーでレースに出ることになった。
長い。3行でまとめるなら、
「もて耐に出場したらチーちゃんと仲良くなり、ミュンヘンのショーに一緒に行ったらベルギーのバイク雑誌編集長と知り合い、翌年マン島TT取材はベルギーでバイクを借りて行くことになったが、謎の指令によりベルギーでレースにも出ることになった」。
このような顛末である。
さて。
マン島から船を2回乗り継ぎベルギーに戻ってくると、編集部のガレージには「ゾルダーにはこれで行くように」というメモ書きが添えられたヤマハのT-MAXが準備されていた。
行くように、とは言っても、ゾルダーがどこなのかよくわからない。ましてや、ゾルダーで何のレースがあるのかわからないし、宿泊先だって決めなければならない。
なにより、「ピーター」って誰なんだよ、ピーターって!
謎の指令書にはピーターさんとやらの連絡先や苗字すら書かれておらず、不安を抱えたままインターネット頼みでサーキット・ゾルダーの場所を捜し当て、宿泊先をなんとか見つけてたどたどしい英語で電話をかけ何とか予約をし(当時はインターネット上で予約できるホテルが少なかった)、T-MAXに革ツナギやら何やらの装備一式を積み込んで、週末の移動に備えた。
もう一つの謎の指令、「Kirikin」には電話番号が添えられていたため、恐る恐る電話してみることに。
「Hello, are you キリキン? あ、I’mゆき, from Japan…」とたどたどしく尋ねてみると、「あっ日本人の方ですか? こんにちは!?」と女性の声で返事が来た。びっくりして、自己紹介と顛末をお話すると、彼女はベルギーで自動車関連の日系企業に勤めている方で、名前はキリキンさんではなく、「キリコ」さんとおっしゃるのだった。
編集長め……(苦笑)。
キリコさんは突然の電話にも関わらず、じゃあお会いしましょうかとおっしゃってくださり、誰もが必ずたどり着けるという「アトミウム」という巨大オブジェの前で待ち合わせをすることになった。なんでも、アトミウムは万博跡地にあるので、ブリュッセルのどこを走っていても看板が出ているから、ということだった。
キリコさんに出会えたのはとてもラッキーだった。というのも、わたしはベルギーについてほとんど予備知識がなかったからだ。たとえば、ベルギーには公用語が二つあって、フランス語とフラマン語に分かれていること。二つの言語は、地域によって分かれており、両方を話せる人は少ないこと。歴史的な背景により移民が多く、多民族国家であること、などなど。
一緒に来ていたキリコさんの彼氏はバイク乗りで、週末のゾルダーのレースについても教えてくれた。彼によれば、主催はオランダのバイク雑誌で、オランダ選手権を兼ねてバイクフェスティバルが行われるらしい、とのこと。ヨーロッパは地続きだから当たり前なのだが、ベルギーでオランダのイベントが行われるなんて、なんだか不思議な感覚……。
キリコさんのおかげで最低限の知識を得たわたしは週末、ブリュッセル郊外の街から、オランダとドイツの国境にわりと近いゾルダーに向かった。
たどり着いた宿は、サーキットからほんの数分の場所にある小さな食堂兼パブ兼ホテルといった風情で、パブは地元の人で賑わっていた。
日本人の女性、ましてや一人ビッグスクーターであらわれたとなると、お客さんたちは放っておけない。チェックインを済ませると荷物を置きに行く間もなくオーナーが何を飲むかと聞いてきた。
とまどっていると、勝手に出てきたのが何やらピンクの飲み物だった。
生れて初めて味わったベルビュークリーク。ベルギー特産のこのビールは、可愛らしいルビー色と、フルーティな香りが特徴で、チェリーを加えて醸造したビールなのだそうだ。下戸のわたしにもグビグビ飲めたのは、いくつかあるアルコール度数の中でも、もっとも軽いものをオーナーが選んでくれたからだった。甘酸っぱい味と香り。今でも味と香りを思い出せるくらい、ほんとうに美味しかった。
クリークを味わっていると、地元の青年たちが盛んにいろいろと尋ねてくるのだが、いかんせん向こうもこっちも英語がたどたどしい。そんなときのために、自己紹介がてらいつも持ち歩いている写真を見せると、驚いた青年はその写真をつかみ取って、店じゅうのお客さんに見せて回るのだった。
いつも持ち歩いているわたしの写真とは、かっこよさげに見えるサーキットの走行写真である。わたしは大柄ではないせいか、言わなければバイクに乗っているだなんて見えないらしい。「バイクに乗ってるんですよ」と自分から言ったところで、どのレベルで乗っているか伝わらないので、「ふーん」で終わってしまう場合もある。だから、持ち歩いているのは、いかにも膝を擦ってそうなハングオンの写真である。
そうこうしているうちに、週末はすごいレースがあるだとか、これ食べろ、あれ食べろが始まり、無事に喰いっぱぐれることなくゾルダー1日目を過ごすことができた。
男子ならみんな大好きオートバイ。オートバイネタなら、異国の地でもこうしてみんなの興味を惹くんである。オートバイばんざい。
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