イッツ・ア・スモール・ワールドinマン島。
世間は広いようで狭いというけれど、ことマン島では、しばしばスモール・ワールド現象が起きる。
人口8万6000人のこの島は、バイクの公道レースTTで有名なだけでなく、幾重にも重なり合うコミュニティでつながり合っているのが特徴だ。例えば、地域や教会、職場や学校といった一般的なつながりの他に、ボランティア団体やスポーツクラブ、スポーツチームの応援、ボーイスカウトやシビルディフェンス、セントジョーンズ・アンビュランスなど社会貢献活動、文化活動サークルなどなど、マン島ではひとりが複数のコミュニティに所属することが普通だ。
だから、誰かが何かに困っていると、ちょっと人脈をたぐれば目的の人にたどり着けるというわけ。
2005年に研究調査のため、初めてマン島に長期滞在したとき、ラジオに出演したり新聞に掲載してもらって地元住民の皆さんに協力を仰いだことがあった。当時、島内で使える携帯電話を持っていなかったため、連絡先はメールアドレスを紹介していた。
普通ならこんなときメールでコンタクトを取ってくるものなのだろうが、ここマン島では違う。ジョンさん、キースさんというお二方は、さも当然のようにわたしの居場所を突き止め、声をかけてくれたのだ。
キースさんに初めて出会ったのは、TTレースのスタート&フィニッシュ地点でもある「グランドスタンド」という場所。
いつものように、自前のスクーターでグランドスタンド前に到着すると、すぐ横にするするっとホンダのパシフィックコーストが停まり、
「あなた、Yukiさんでしょう? ラジオ聴いたよ!」
と声をかけられた。
TTレースの研究をしているのだから、きっとグランドスタンドに来るだろう、と思うのは簡単だが、ドンピシャのタイミングで出会うのは奇跡なのか、それともマン島がスモール・ワールドだからなのか。
キースさんは長年、マーシャルのボランティアをしている方で、息子さんはトラベリング・マーシャルと言ってTTレース経験者でなければ採用されない重要な役割を担っている方なのだという。
キースさんとは、これをきっかけに仲良くなり、マン島のあちこちにバイクで連れていってもらったり、たくさんの人を紹介してもらったりとお世話になった。
ジョンさんがわたしを探し当てた状況もまた強烈な思い出だ。
ラジオに出演したあとしばらくは、毎日、マン島博物館併設のライブラリーに籠もる日々が続いた。
ある日、いつものように大量の英文資料と格闘していると、目の前にやってきたその人──ジョンさんが、
「あなた、Yukiさんですよね? わたしはジョンです。初めまして」
と声をかけてきたのだ。
わたしが住んでいたダグラスという町には、その博物館のライブラリーの他に2つの図書館がある。なのに、ピンポイントでここ博物館ライブラリーを探し当てて来るとは!
しかも、ジョンさんの住まいはダグラスまで小1時間もかかる端の町。それも、1時間に一本のバスに乗ってダグラスまでやってきたのだと言う。
なぜ、ここに居るのがわかったのですか?と尋ねると、
「だって、あなた学生さんでしょ? たぶんここにいると思って」
とおっしゃるのだ。
のちに分かるのだが、キースさんもジョンさんも彼らのコミュニティを介して、なんとなくわたしの動向を把握していたようだ。というのも、マン島では数少ない日本人で、当時はアジア系の住民も少なかったため、とても目立っていたのだと思う。
それだけ、マン島の世間は狭い。
ジョンさんは、マン島語を話す生粋の“マンクス(=マン島人)”で、たびたび歴史的な場所やちょっとした名所、風光明媚な穴場に連れて行ってくれた。今では、マン島のお父さん的存在である。
* * * * *
2009年、知人の葬儀で急遽、マン島を訪れることになったときのこと。
葬儀も終わり、いつも泊まっているホームステイ先でくつろいでいると、ベルが鳴った。
ドアを開けるとそこにはわたしのマンクスの友人が立っていたのだが、彼はこの家の人と友だちというわけでもないし、いつものように自分のスクーターが家の前に停まっているわけでもない。マン島に来ていることをほとんど誰にも知らせていない。なのに、一体、どうしてわかったの……? すると、
「ラジオでYukiが来てるって言ってたからさっ!」
だそうな。まったくもう。誰だ、情報をリークした人は(苦笑)。
マン島のラジオと言えば、マンクス・レディオ。聴取率、実に60%を誇るマン島一のラジオ局だ。ちょっとした話でもたちまちニュースになり、人口8万6000人の島じゅうを話題が駆けめぐる。
だからと言って、日本からちょっとした用事で来萌(※マン島のことを香港の中国語では萌島というらしいので、来萌・帰萌・渡萌という造語をわたしが作ってみた)しているだけなのに、ラジオで情報が流れてしまうとは!
* * * * *
ある年、いつものようにTTの取材でグランドスタンドを駆けずり回っていたとき。いつものポケットに携帯電話がないことに気付いた。
自分が動き回った道をたどっても落ちていない。バッグやポケットの中を探ってもない。プレスルームに尋ねても届出はないという。
きっと、家の部屋に忘れてきたのだろう。そう思って家に帰り、ベッドの中や下、荷物の中、机の下など必死で探しまくっていた、その時──。
ベルが鳴り、玄関のドアを開けると、そこにはマンクスの友人のフィルが立っていた。
「Yuki、なんか探し物してるでしょう?」
なんでわかったの?!
「ホラ、これ」。
フィルが差し出したのは、まさしくわたしのヴィンテージ・ノキアだった。
ダグラスの中古携帯電話ショップで15ポンド(2000円ほど)で買った、モノクロ液晶のノキア。1週間充電が持つノキア。スクーターで走行中、ポッケから落として木っ端みじんになっても、再度組み立てたら何事もなかったように動いたノキア。ああ、よかった、これでみんなとまたつながれる!
いやしかし、フィルが拾ってくれただなんて、ラッキーだったな~と言ったら、
「いやいや違うの。電話がかかってきたんだよね。“YUKI”って人、知ってるか?って。なんでって聞いたら、YUKIって書いてあるスクーターの横に携帯が落ちてるんだけどって言われて。それで、拾ってくれた人と落ち合って、受け取って、いま届けにきたってわけ」
なるほど~。
ん? いや待てよ? フィルって、頭文字がPだからアドレス帳の一番じゃないし……。通話履歴だってそんな頻繁じゃなかったぞ? 第一、拾った人がどうしてフィルがマンクスだってわかって、ダグラスの近くに住んでいるってわかって、配達もしやすいタクシードライバーだってわかったんだ???
全てが謎の幸運なできごとだったけれど、このイッツ・ア・スモール・ワールドなマン島ならではのできごとかもしれないなと思うと、至極、合点がいくのであった。
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