旅の勘どころとマン島の魔力

 さすがに毎年毎年20年も同じ場所に通っていると、しかも一回の滞在期間が1か月近くともなると、旅への心づもりはのんびりとしたもので、必死にあれしようこれしようとプランも立てないままマン島に来てしまった。


 予定している観光もないし、仕事は仕事でやらなければいけないわけで、ともすれば何も起きずに日々が過ぎるはずなのだけど、そうはさせないのは妖精が住むというマン島の魔力か。


 そういえば、マン島行きの飛行機が2時間ほど遅れて、マン島に着いたころには街への最終バスが行ってしまったのだけど、タクシーが自主的に乗り合わせいかがっすかーとかやってたので、私もおこぼれに預かった。

 バスなら2ポンド70ペンス。タクシー正規料金なら30ポンドだかのところ、3人で乗って12ポンドずつ。

 そのタクシーの運転手さんがフェアリーブリッジ(*妖精が住むと言われる小さな橋)を通りすがるとき、


「さあ、小さな人たちに(*)ご挨拶を!」


(*マン島では妖精のことを直接的に呼ばない)


なんて促してたな。


 翌日、いつも通り携帯のSIMを入手しにダグラスの街へ。

 ひと通りウインドウショッピングしながら、今年のTT新製品やら街の雰囲気など情報を仕入れつつ、丘に上がって港など眺めようと思っていたところに雨。

 帰りにスーパーで当面の食料を買い物しようとしたのだけれど、雨が降ってきたので通りすがりのコンビニで新聞など仕入れて、当初の予定とは違うルートから帰ろうとすると……。


 狭い路地裏にあるパブの外にはグラスを片手に談笑している旧知のマンクスの友人が。

 偶然の再会に遠慮がちのハグで祝う。


「ゆきに会えたことが誕生日プレゼントだよ」


なんてさらっと言い放てるのは、島国マンクス流ならではなのかもしれない。


*   *   *   *   *


 いったんイギリスに戻り、またマン島へ。

 ここ数日はもろもろやり残したことを進めなければいけないなあなどとあれこれ考えつつ、この日はバスでダグラスへ。

 バスの車窓からジョギングしている人を見かけて、陸上競技をやっているお世話になっている人の娘さんのことなど思い出していると、果たしてバスを降りて向こうからやってきたのはその彼女であった。


 なんたる偶然の連続!


 楽しいこと、うれしいことはきっとそこいらじゅうに転がっているのに、それをすくいとれないのだとしたら、それは下を向いて歩いているからなのかもしれない。

うつむいて眺めている地面にすら何の発見もないのだとしたら、それは……。


 やめよう。


 毎年のマン島詣ではわたしにとって心を洗う場所。


 マン島は感性を研ぎ澄まされる不思議な空間。


 少しの覚悟がいる時間ではあるけれど、やっぱり毎年帰ってきたくなる何かがここにはある。


*   *   *   *   *


今年もマン島TTレースが始まる。

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