第3話;演技力を忘れた俳優
「私みたいな者が、このような素晴らしい賞を頂けたのも、全ては皆様のお陰です!本当にありがとう御座いました!」
会場におる全員が、舞台の真ん中に立つ男に盛大な拍手を送った。
男の名は『久野茂則』。……映画俳優じゃ。
(心にもない事を言いおって……。お主には、ワシの姿が見えとるじゃろうが…?)
年末にもなると、色んなところで歳を締め括る行事が行われる。
男はこの日、とある映画祭で名誉を授かった。
(この男の、何が素晴らしいと言うんじゃろうか……。)
世間は何故か、金に目が眩んだ者を賞賛しおる。
(それが…今の世の中か……。嫌なもんじゃ……。)
男は5年程前に、映画俳優として世間に注目され始めた。
それまで男は、自らが団長を務める劇団で舞台俳優として、生活もままならない毎日を過ごしておった。
「君……なかなか良い芝居するね?今度、僕の事務所に遊びに来ないか?」
「えっ?はっ、はい!ありがとうございます!」
男は劇団をやり繰りしようと、映画のエキストラとして小銭を稼いでおった。
20代の半ばに、とある映画監督に声を掛けられた。それがこの男の、映画俳優としての始まりじゃ。
演技力を認められ、映画の世界に足を踏み入れた。
最初は順調じゃった。脇役から始めたが、あっと言う間に主役の座を与えられ、それから何本もの人気映画に出演した。
『劇団を、解散する!?』
『ああ、俺は忙しい身になった。もう、小さい劇団の団長はやってられない。』
『!!勝手にしろ!俺達もお前にはもう、ついて行けない!』
3年前、男は遂に劇団を解散させた。ひょっとしたらその頃から、ワシの姿は見えとったのかも知れん。
賞賛に酔いしれるだけ酔いしれた男は、次第に欲望を表に出し始めた。
「次回作も楽しみですね!?」
「俺が主役を張るんだ。間違いなく大作になるさ。」
「……………。それはそれは、凄い自信ですね。」
「俺のギャラを知ってるだろ?映画業界は、それだけ俺を必要としてるのさ。」
「……………。」
「今の映画業界を、どうお考えですか?」
「俺がいるから問題ない。つまらない作品も、俺が主役になれば素晴らしい作品になる。この国の映画業界を背負っているのは、この俺だ。」
「………………。」
「ただ、俺を動かすには大金が必要になる。製作サイドは大変だ。まぁ最も、封切り後には莫大な利益が舞い込んで来るがな。」
「………………。」
……男は天狗になった。
じゃからワシは、1人の若者を映画の世界に招き入れた。
「お前が噂の新人か?」
「はっ、はい!初めまして!よろしくお願いします!」
「そう緊張するな。演技の初めは、舞台だってな?」
「はい!小さな劇団ですけど、今でも頑張ってます!」
「俺もそこから始めた。だが…覚えておけ。舞台俳優なんてやってたら、成功は手に入らない。大きなチャンスが転がっているのは映画やテレビ業界だ。」
「………………。」
「まぁ、精々頑張るこった。」
「…………よろしくお願いします。」
とある映画で男は主役を演じ、若者は助演を演じた。
「違うだろ!?お前の立ち位置はここじゃない!そっちだ!」
「でも……こっちの方が表情が読み取れるし、臨場感もあって良いかと思われます。」
「そんなもん、どうだって良いんだよ!お前がここにいたら、俺の顔が映らないだろ!?観客は、俺が見たくてチケットを買うんだ!助演の演技に関心なんてないんだよ!」
「でも………。」
「俺の相棒を務めるからって、調子に乗るんじゃねえぞ!?目立とうなんて腹黒い考えは捨てろ!」
「!?そんな事、考えていません!僕は、全体を考えて言ってるんです!演技下手なのは申し訳ないですけど、それでもやっぱり、さっきの立ち位置はあれで良いと思います!」
「お前は何も分かってないんだ!さっきも言っただろ?客は、映画を見に来るんじゃない!俺が見たくて映画館に足を運ぶんだ!そこで大きな金が動くんだよ!映画を成功させたかったら、俺を中心に回れ!」
「……………!貴方のような演技下手な人を、誰が見に来るって言うんですか!?映画の成功は利益じゃない!素晴らしい演技が名作となるんです!」
「……?………!?何だと!?青二才が!もう1度言ってみろ!お前は俺が、どれだけ稼いでるか知ってるのか!?」
男は、正直にものを言う若者に腹を立てた。
遂には怒って現場を飛び出し、その日の撮影は中止となった。
(やはり…そう出おったか……。分かっておった事じゃが……。)
若い俳優を呼んだのはこのワシじゃ。ワシには、人の金運を奪う能力がある。
しかし…誰かが金運を失う度に心が痛とうなる……。
金運を奪ってしまう事が心苦しいのではない。金運を奪われる前に、どうして人は、金より大切なものを思い出さんのか…。それが悲しいんじゃ……。
男はその日以来、撮影現場に来んようになった。若手を降板せんからには、撮影には参加せんと言い張ったんじゃ。
「監督、いつになったら返事をくれるんだ?1ヶ月も待ってるんだぞ?さっさと再開しようじゃないか?」
「?………連絡が行ったと思ってたが……。」
「…………何?」
しかしこの1ヵ月、撮影は続けられておった。若手は残り、男の代わりが準備されたのじゃ。ライバルと呼ばれる、年季が入った俳優じゃ。
「!?どうしてあいつが俺の役を演じるんだ!?主役は俺だろ!?俺じゃなきゃ、映画は成功しないぞ!?」
「……もう良いよ。君には、ほとほと愛想が尽きたんだ。」
「!?だったら、違反金を払え!」
「違反金なら、こっちが払って欲しいよ。自分勝手に休みを取って……。撮影が大幅に遅れたんだ。」
「………くっ!」
男は賞を貰う前から、業界に嫌われておった。
「君よりも適材が見つかった。それだけだ。」
「俺の上を行く俳優が何処にいるって言うんだ!?稼ぎを見れば分かるだろ?演技だって、俺の方が遥かに素晴らしい!」
「稼ぎは、君の方が遥かに上だね。でも、君より素晴らしい演技をする俳優なら、いくらでも見つかる。いい加減に気付いたらどうだ?君はもう、高みにいる俳優じゃない。業界の評判も落ちた。……君の演技は、昔から三流だった。」
「…………何……?」
業界での評判を落とした男は、仕事の運も尽きた。若者との小競り合いや役を取り上げられた事もニュースで騒がれ、また、天狗になっておった男はファンからも愛想を尽かされた。
それと同時に収入もなくなり、自分の名で掲げたレストランやグッズショップを畳むにまで追いやられた。
男に残ったものは、多額の借金だけじゃ。
「お願いです!エキストラでも何でもやります!仕事をさせて下さい!」
「エキストラなら間に合ってるよ。君よりも演技が上手いエキストラは、腐るほどいる。」
「……そんな!俺の演技が、エキストラよりも劣ってるって言うのか!?」
最後に残った俳優としてのプライドも傷付けられた。しかし……それが事実じゃ。男は人気を集めた頃から、大きな勘違いをし始めておった。
(人は……一体何を見て一流と言うのじゃろうか………。)
(何処の劇団だ……?)
仕事にも就けず路頭に迷っておった男は街角で、とあるポスターを見つけた。それは、何処かの小さな劇団の広告じゃった。
(この小さな劇団の役者さえも、俺より優れた演技をすると言うのか?)
憂さ晴らしのつもりで演劇を見に行くつもりじゃった。下手な演技を見せようものなら、野次を飛ばすつもりでおったのじゃ。
男はこんな状態になっても、まだ大切な事に気付いておらん。
(ワシが与えるチャンスは、これが最後と思え。それを逃すと、お主にはもう何も残らんぞ?)
「前、失礼します。」
「……………。」
劇場に入って来た男は、ワシの隣の席に座った。
ワシも芝居を見る事にした。時代劇は大好きじゃ。
「??あれ?以前、何処かでお会いしましたっけ?」
「……………。」
席に落ち着いた男は、ワシの姿を見て離し掛けてきた。
「さぁな。会ったかも知れんの。じゃがワシの事なぞ……見えん方がええ。」
「…………?」
「さぁ、幕が上がるぞ。芝居に集中しようではないか?」
「いざっ!勝負!」
「受けて立とう!今日こそ、雌雄を決する時ぞ!」
小さな舞台で始まった芝居は時代劇じゃ。昔懐かしいチャンバラを、ワシは男の側で楽しむ事にした。
(………………。)
芝居が本格的に始まると、男は必死になって役者の顔を追った。
(…………………!)
この劇団の役者達は、皆演技が達者じゃった。芝居なのに、本当に命を掛けているかのように刀を振り回す演技力、張り合う大きな声、観客の視線を引き付けて止まない、大きく、それでいて繊細な動き……。
ワシも久し振りに、良い芝居を見せてもらった。
「隙あり!!」
1人の役者が相手の腕を斬り、斬られた側は刀を落としてしまいおった。
全ては演技じゃと言うのに、劇場の観客全てが息を飲んだ。
「!危ない!」
隣におる男は夢中になる余り、刀を落とした役者に大きな声を上げた。
(周りが見えんくらいに熱を上げたか…。周りだけじゃなく…もう、ワシの姿も見えんじゃろうて……。)
『パチパチパチパチッ!』
芝居が終わると小さな劇場には大きな拍手が鳴り響き、収まるまでには相当の時間が掛かった。
「あれっ!?さっきの爺さんは、帰ったのか?いつの間に?」
「…………………。」
勿論、ワシも男の隣で盛大な拍手を送っておった。
(……やっと、思い出したようじゃな……?)
「是非、役者の方々に挨拶がしたい!」
幕が降り、それでも止まない拍手の中、男は立ち上がって舞台裏に走って向かった。
「あっ!貴方は、俳優の久野さん!?」
「今日の芝居、楽しませてもらいました!本当にありがとうございました!」
盛りは過ぎたと言え、名の売れた俳優じゃ。舞台裏に向かった男は、逆に役者達を緊張させおった。
しかし男は、名も知られておらん役者達に頭を下げおった。もう、天狗の鼻も折れた事じゃろうて。
「!お前は!?」
「………久野か?久し振りだな。でも、お前がどうしてここに?」
役者全員に礼を述べる男の前に、1人の男が現れた。
この劇団の長を務める男で、昔に久野が立ち上げた劇団の一員じゃった。
「お前が劇団を解散させた後、俺はこの劇団を立ち上げた。中には優秀な役者もいて、映画にも出演した事がある。おい、こっちに来て挨拶をしろ。久野だ。お前も知ってるだろ?」
「!!君は!」
この劇団から映画に出た者は、あの時の若い俳優じゃった。
「あの時はどうも………。」
「…………………。」
若い俳優から頭を下げられ、男は体全身で恥かしがった。
「あの時、言われた事も分からず天狗になっていた。俺が馬鹿だった。俺は、演技を失っていた。」
「……………久野……。」
男の旧友は、事情を全て知っておった。
「やっと気付いたか?お前は人気を得てからと言うもの、演技力を失った。映画が悪いとは言わない。テレビが悪いとは言わない。だが、カメラを前に演技をしたところで、誰も拍手をくれない。演技が良かったかどうかなんて、誰も伝えてくれないんだ。スクリーンやテレビ画面の向こうにいる観客達は、お前の演技を評価していなかった。いや、最初の頃は演技力を褒めてくれていただろうさ。だがお前の人気が鰻登りに上がり、『久野茂則』と言うビッグネームだけが一人歩きした事、お前は勘違いしたんだ。」
「………今日、やっとそれに気付いた。この劇団に名の知れた役者はいない。なのに観客全てが釘付けになった。観客の誰もが、誰かを見たくて足を運んだ訳じゃない。演技が見たくて足を運んだんだ……。カメラの向こうにいた観客は、誰も俺の演技なんて見てなかったんだ。」
「……………久野……。」
「頼む!俺を、この劇団に入れてくれ!」
「………役者として、再スタートを切りたいと言うのか?」
「違う!俺を、照明係にしてくれ!」
「???」
「今の俺には、演技力なんて残っていない。再スタートは照明からだ。役者の顔を照らし、そこから学んで行きたい。演技を思い出すんだ。気持ちを思い出すんだ。それを確認する為に、俺は演技する役者を照らしたい。」
「…………懐かしいよ。昔のお前が帰って来たみたいだ。」
「……駄目か?」
「歓迎するよ。お前も知ってる通り、俺は演技指導者だ。時が来たら、お前を一から鍛え直してやる!」
「!ありがとう!!」
(それじゃ……そろそろワシは出て行くとするか………?)
いつか男が、舞台に立つ頃にもう1度足を運んでみよう。
その時も是非、時代劇を演じて欲しいものじゃのう。
この男も不幸じゃった。ファンはこの男に、いつしかから演技力を求めなくなった。男が手にした名声と金に目を奪われ、憧れておっただけなのじゃ。
純粋に演技が好きなこの男は、自分の演技力が賞賛されておると勘違いしおったのじゃ。
得た金の多さが、演技力の高さだと思っておった。
業界の人間達もそうじゃ。演技力が落ちたのを知っておりながらも、男が持つ人気や名声が金を呼ぶと利用し続けたのじゃ。
世の中は余りにも……金に縛られておる。
ワシは神。じゃがワシには名前が無い。
しかし人間達は、ワシの事をこう呼ぶ。
『貧乏神』……と。
人の金運を奪い、誰かを貧乏にするしか能力のないワシを、昔の人間達は神と呼んでくれた。
ありがたい事じゃ。そして世の中、まだまだ捨てたものじゃない。ワシのような存在を、神と崇めてくれるのじゃから……。
ワシが神と崇められる理由……。それは、ワシには金よりも大切な事を気付かせる力があるからじゃ。
ワシの姿が見える者達よ……思い出すが良い。
お主達は、金よりも大切な何かを……見失ってはおらんか?
貧乏神 JUST A MAN @JUST-A-MAN
★で称える
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