第2話;真心を忘れた寿司職人

「爺さん!ここらをうろつかないでくれ。客足が遠ざかるだろ?あんたみたいにみすぼらしい人間は、この町には似合わないんだ。」

「……………。」


 ワシは、とある繁華の裏路地におった。ここらは最近、ワシの寝床じゃった。



(ここにも1人…ワシの姿が見える者がおるか……。)


 男は寿司屋を経営する職人じゃ。

 この町には、金持ち連中が出回る高級店が建ち並んでおった。


「早く何処かに行ってくれよ!」


 ここも他の店と同じように、高級寿司を食わせる店じゃ。


(高級か……。一体、何を以って高級と言うんじゃか……。)




「マズい……。」

「何ぃ!?いくら有名な評論家だからと言って、俺の寿司を、マズいとは言わせねえぞ!お前の舌こそ、おかしいんじゃねえのか!?」

「マズいからマズいと言っている。勿論、これは個人の意見だ。他の客がどう思うかは分からない。」

「毎朝市場に出掛けて、高級なネタを買い付けている!場所だって一等地だ。俺は、30年も寿司職人をやって来た!マズいと思わせる要素が何処にある!?客だって満足しているんだ!出て行け!」

「……………。」


 ワシは、とある料理評論家を店に送った。そこで男は、喧嘩を始めおった。

 それが……男の災難の始まりじゃった。


(これから始まる災難を、試練や機会じゃと捉えろ………。)





「くそ!あの評論家め!世間の目は、間違ってるんじゃねえのか!?どうして奴の一言だけで、客足が遠退くんだ!?」


 数ヵ月後…。

 めっきり減った客足に店の経営は傾き、遂には閉めてしまいおった。




「よろしくお願いします!」

「そう緊張しないで。寿司は、握った事があるんだろ?」

「30年、寿司だけを握って来ました。」

「そんなにもかい?それはありがたいね。精々、うちの店で頑張ってくれ。」

「はい!」


 閉めた店は、男が借金をして建てたものじゃった。男は生活と借金の返済で、忙しい毎日を送るようになった。

 金を稼ぐ為に安い寿司屋で職に就いたが、やがて、天狗になっておった男の悪い癖が出始めた。


「こんなもの、寿司じゃねえや!」

「何を怒っているんですか?このメニューは、うちの店で人気なんですよ!?」

「シャリに肉を乗っけたものの、何処が寿司って言えるんだ!?」

「子供客が多いこの店では、これが人気なんです。」

「ガキに間違った寿司を教えるんじゃねえ!寿司には魚を乗せるんだ。それに何だ?このネタの悪さは!?全部冷凍モンじゃねえか?こんなもん、寿司って言えるかよ!」

「だったら、辞めてもらいます!うちにはうちのやり方がある。それに従えないんだったら、今直ぐ店から出て行って下さい!」

「ああ!言われなくてもこっちから出て行ってやるよ!」


 男は…職を探しては辞め、探しては辞めを繰り返した。



「あなた……。今日も取り立て屋が来ていたわよ…?」

「…………済まねえ。」

「せっかく仕事に就いたんだったら、そこで頑張らないと……。それでなくとも生活が大変で、借金の返済も目処が立たないって言うのに……。」

「俺は、間違った事が嫌いなんだ。それだけは譲れねえ。ひもじい思いをしたって、間違った寿司を握る訳にはいかねえ!」

「………全く頑固なんだから……。それよりも、外食でもしましょうよ?私の給料日だったから、少し贅沢が出来るわ。」

「………お前にまで苦労を掛けて、本当に済まねえ。」



 男には家族がおった。子供は全て独り立ちし、今は嫁と2人暮らしじゃ。


 男は嫁と2人で、近所にある場末の居酒屋に入った。


(何だ?この店……。掃除してるから清潔には見えるが……テーブルも椅子も、内装だって出鱈目じゃねえか?)


 男には慣れない場所じゃった。これまでずっと一等地で仕事をしておった男には、居酒屋の空気が合わんかった。

 そして料理も……。


(あの野郎!冷凍モンの揚げ物を使ってやがるな!?突き出しもそうだった。!!?刺身も、解凍した魚か!?)


「?何だ、こりゃ?」

「コーラで炊いた肉じゃがです。」

「!!煮物を、コーラで作っただ?そんなもん料理になるか!」

「あら!美味しい!コーラで、こんなにお肉が柔らかくなるのね?」

「それもあるんですが……コーラで作った方が安く済みます。」

「!!お前はそれでも料理人か!?」

「ちょっと!静かにしてちょうだい!他にお客さんもいるのよ!?文句があるなら、食べて見てから言ってちょうだい!」

「………一口だけだぞ。食べて不味かったら、直ぐにこの店を出る。」


 男は出された料理が気に食わんかった。安物だけで作られた料理は、男のプライドを逆撫でした。

 しかし間違ったプライドを持ったこの男も、数十年連れ添った嫁には強く出れんようじゃ……。


(それでええ。それで、大切なものが何かを思い出すんじゃ。)


「!!」

「どう?美味しい?」

「……不味くはねえ。」

「でしょ!?」

「だが、これは煮物とは言えねえ!煮物ってのはな……!」

「知ってるわよ!あなたが言いたい事ぐらい。」

「………。」

「でもね、これも立派な料理じゃない?高い値段で買った物は、そりゃ、美味しく出来て当然よ。安い材料でも、それを美味しく作れるんだったら、そっちの方こそ価値がある料理になるんじゃないかしら?そうでしょ?店主さん?」

「………お恥かしい。ここは、場末の居酒屋です。お話を聞くと、どうやら旦那さんは、腕の良い料理人のようですね?私の料理が、お口に合ったかどうか……。」

「……………。」

「それでも、恥かしい料理を出しているつもりはありません。安くても、工夫次第で素材は美味しく出来上がります。私はそんな安くて美味い料理を、大勢の人に食べてもらいたいんです。」

「……。刺身は冷凍だが、醤油は良い物を使っているな?それだけで味が変わる。揚げ物も……油は良い物を使っているようだ。」

「お見事です。高い食材には手を出せませんが、ここぞと言うところでは、安いながらも良い物を使っています。」


(安くても、食材に合う調味料を探していると言う事か……。厨房には、醤油だけでも数種類あるじゃねえか?白身と赤身でも、醤油を分けて使っているんだな?)


「…………不味くはなかった。腕も、大したもんだ。コーラで炊いた煮物なんて、これまでに聞いた事ねえや。」

「……ありがとうございます。」

「……………。ちょっと、俺に時間をくれねえか?」

「??」


 男は居酒屋を出て、近所のスーパーに向かった。


「これが俺の寿司だ。1度口にしてみてくれ。」


 寿司を作るのに必要な材料を買い集め、もう1度店に戻った。

 狭い厨房を借りて寿司を握り、居酒屋の店主に食わせた。


「申し訳ありません。正直、あまり美味しくないです。」

「!!?」

「やっぱりそうか………。」

「済みません。」


 居酒屋の店主は、自分に正直じゃった。店は場末じゃとしても、『料理を作る者』としてのプライドは高くて素直じゃった。

 店主の意見に、最初は不思議に思っておった男の嫁も同じ意見じゃった。



「あなた……これが30年培って来た腕?スーパーで売ってる寿司と、なんら変わりないじゃない?」


 嫁は男に強かった。そして男は、嫁に弱かった。



「不味い寿司だ。今、それに気づいた。俺は間違っていた。」

「??」

「今までずっと、高い物ばかりに目が行ってた。一等地で店を設け、一流の食材があれば、美味しい物は作れると思っていた。だがそこに、俺の料理に対する工夫や愛情はなかった。値段で決められた寿司ばかりを握っていた。お前の言う通りだ。高い金を払って食材を集め、高い土地で寿司を握ったところで、そりゃ、値段が張る寿司にはなる。」

「…………。」

「だが、値段が高いだけの寿司では意味がない。気持ちを込め、もっと価値のある寿司にしなけりゃいけなかったんだ。安い食材でも、最高級の料理を作る事が出来る。俺は、それを忘れていた。」

「…………。」

「自分の腕を、一流だと思っていた。しかしそれは間違いだった。俺は高い土地と食材、それだけに頼っていたんだ……。真心があれば、愛情があったら、直ぐにでも気付いただろうに………。」

「あなた………。」



(これで……男も気付くじゃろうて。)


 男は、客にも恵まれんかった。金持ちばかりを相手して、値段が高けりゃ美味いと思う、舌が肥えておるんじゃなく、舌が馬鹿になっておる客ばかりを相手にしておった。

 中には味も分からんのに、見栄を張りたくて寿司を食べに来た客もおった。そんな客は、あそこの店で寿司を食ったと、味も分からんのに自慢をしておるじゃろうて。


 男の店から客足が遠退いたのは、それが理由じゃ。結局、客連中は味が分からんかった。寿司の値段を見て店に入り、評論家の話を聞いて遠ざかって行きおった。


(世の中……本当の価値を知った人間が減ってきおった……。本当に寂しいのう……。)




 数ヶ月後………。

 夜道を歩くワシの前を通り過ぎる、1体の屋台がおった。


(夜鳴き蕎麦か?今じゃ、珍しいのう。)


「あっ!来た来た!待ってましたよ~!」

「お待たせしました。ちょっと、仕込みに時間が掛かってしまって……。」


(?屋台のくせに、常連客がおるみたいじゃの?)


「ここの蕎麦、安くて財布に優しいんだよね~。」

「安いだけじゃないだろ?こんなに美味しい蕎麦、俺、食った事ねえよ。」

「確かに!例え値段が倍になっても食べに来るね!」

「値段は上げませんよ。上げたらこっちの責任が重くなる。私の蕎麦の価値は、これくらいで充分なんです。」

「またまた、謙遜しちゃって~!」


(安くて美味い蕎麦か……。確かに昔は皆、はした金でそんな蕎麦を食っておった。)


「はい!お待ち!」

「来た~~!!」


(!!?おや?あの男………。そうか……寿司を辞めて、蕎麦を始めおったのか……。)


 屋台を引いておった男は、例の寿司職人じゃった。


「ところで大将。昔は寿司職人だったんだって?それがどうして、今になって蕎麦を始めたんだい?」

「……料理に一番大切な事は、真心と工夫です。それがあるなら、寿司を握っていても蕎麦を打っていても、同じ料理人として食って行けます。」

「……そんなもんかね?」

「蕎麦を打つ時に込めるんです。私の愛情と、そして真心を。」

「工夫は込めないのかい?」

「それは、企業秘密です。」

「はは!なるほどね。確かに大将の蕎麦を食べてると、愛情と真心を感じるよ。でも、工夫は見抜けないや……。」

「……恐縮です。」



(しかし……屋台がこれほどの列を作るもんか?これじゃ、1時間もせん内に閉めんといかんじゃろ?………おっ?あの男………。)



「僕の分は、まだあるのかな!?」

「あっ、あなたはいつかの……。」

「是非食べさせてくれよ!1度食べたあの味が、どうしても忘れられないんだ!理解も出来ない。あれ程の美味しい蕎麦が、どうしてこんな値段で作れる!?今日食べさせてくれたら、絶対記事にする!」

「順番を待って下さい。そして、記事にはしないで下さい。ここに並んでくれるお客さん達は、記事を読まなくとも集まって頂いたお客さん達です。評判を聞いてやって来るお客さん達よりも、もっと大切な人達なんです。」

「?何だ、お前?雑誌の記者か何かか?この店の記事なんて書くんじゃねえぞ!?客が増えちまったら、こっちに回って来る蕎麦がなくなる!」

「それじゃ……記事には書かないから、是非蕎麦を食べさせてくれ~!」



(……男にはもう、ワシの姿は見えんようじゃな……。)



 男は客に恵まれた。まさか高級店だけを食べ歩く馬鹿な金持ち連中が、ここに足を運びはせんじゃろうて。




 ワシは神…。じゃがワシには名がない。

 しかし人間共は、ワシの事をこう呼ぶ。


 『貧乏神』……と。


 人の金運を奪い、誰かを貧乏にするしか能がないワシを、昔の人間は神と呼んでくれた。

 …ありがたい事じゃ。

 そして世の中、まだまだ捨てたもんじゃない。ワシのような存在を、神と崇めてくれるのじゃから……。



 ワシが神と崇められる理由……。それは、ワシには金よりも大切な事を、気付かせる力があるからじゃ。



 ワシの姿が見える者達よ……。思い出すが良い。

 お主達は、金よりも大切な何かを……見失ってはおらんか?

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