貧乏神
JUST A MAN
第1話;愛を忘れた御曹司
「ここで待ってるから。」
「すぐ戻って来るね。」
(……………。)
人混みで騒がしい週末の繁華街……。そこでワシは、10年程前に出会った若僧に再会した。
(結婚をして、子宝にも恵まれたか……。)
もう1度出会ってしまった事を悲しんだワシじゃが、それはワシの思い過ごしじゃった事を知って安心した。
(どうやらこの男には、もう、ワシの姿が見えんようじゃな…。)
父親になった目の前の男が若僧じゃった頃、男にはワシが見えていた。
だからワシはこの男に、試練を与えた。
(思い出すわい……。あの頃は、金しか知らん男じゃった。)
「邪魔だ、ジジイ!」
「……お主には…ワシの姿が見えるんか?」
「?何言ってんだ?ボケ老人か?まぁ良い。早くそこをどけって。」
「…………。」
細道を歩いていたワシに怒鳴りつけた若僧を避けると、若僧はそのまま去って行った。
ワシはその後ろ姿を少し眺めた後、若僧の後を付いて行く事にした。
若僧の名は田中正行。この国で大企業とされる会社社長の、長男として生まれた男じゃ。
「お坊ちゃま。また昨日の晩、家に戻らなかったようですね?」
「クラブで一晩中騒いでいた。」
「毎日そんな風に遊んでいないで、学校の勉強を真面目にしないと……。それにお酒を飲む場所だなんて……。お坊ちゃまは、まだ未成年なんですから……。」
「うるせえな!俺に指図するな。金を払って酒を飲んでるんだ。何が悪い?それに俺は勉強なんかしなくても、将来が安定している。」
「……………。」
若僧は大学に通う学生じゃが、どうやら勉強熱心ではない。それどころか毎晩のように夜遊びをし、真面目とは程遠い場所にいる男じゃ。
親が甘やかし過ぎた。何の苦労も知らず、親が与える金で人生を送っておった。
「正行!あんたなんで、私の親友と遊んだのよ!?」
「俺が誘った訳じゃねえよ。あっちから誘って来たんだよ。」
「私って言う彼女がいるんだから、そんな誘いに乗らないでよ!」
「?誰がいつ、お前を女にした?」
「!!酷い!あんたとなんか別れる!」
「だから、付き合った覚えなんてないから。」
その日の晩、若僧の後を付いて行くと一通の電話が掛かって来おった。交際相手のようじゃが、若僧にはそのつもりはないらしい。
「おい、正行。そんな言い方ないんじゃないのか?」
「なんでだよ?」
「お前、あの子と付き合っていたんじゃないのか?」
「だから、そんな覚えはないんだって。」
「えっ?だってお前、最近ずっとあの子と一緒にいたじゃないか?」
「それは事実だけど、付き合っていた訳じゃない。あの女も、俺の金が目当てでまとわり付いてただけだろうさ。」
側にいた男友達との会話で、若僧はそんな口を叩きおった。
そして数日後、別れると怒鳴った女が若僧の下に来おった。
「正行、ご免。私が悪かった。浮気しても良いから、私の事を捨てないで?」
「拾った覚えもないんだけど?」
「もう!酷い言い方しないでよ。許してあげるから……。それよりも私、欲しいバックがあるんだけど……。」
「面倒臭せえ女だな。」
「良いじゃない~。何でも言う事聞くから、買ってよ。」
「……良いよ。買ってやるよ。その代わり二度と俺に、あんな口利くんじゃねえぞ?お前は、俺が会いたいと思った時にだけ顔を出せば良いんだ。」
(……………。)
なんとも情けない世の中になったもんじゃ。若僧も若僧なら、側にいる女も女じゃ。
(この国は……どんどん大切なものを失って行く……。)
「正行!」
「?何だ、理穂か…。」
「あんた、また女の人をたぶらかしているの!?いい加減にしなさいよ!?」
「幼馴染みだからって、デカい口を叩くなよ。お前が俺の、何だってんだ?」
「……………。」
その日も若僧は、朝帰りをしおった。
玄関前で1人の女と会い、怒鳴られおった。
女の名は大谷理穂。どうやら若僧の、幼馴染みのようじゃ。
「俺は、悪い事をしたとは思っていない。あの女だって、高いバックを手に入れたんだ。買ってやったのは俺だ。それじゃ、女は俺の言う事を聞いて、当たり前じゃないのか?」
「あなたは、どうしてそうなの?」
「俺にとやかく言うな。どうせ皆、金が目当てなんだ。俺がそれを与えているんだ。金さえあれば、誰だって満足するんだ。褒められる事があっても、怒られるような事はしていない。」
「正行………。」
(…………。)
なるほど…。
この若僧は、全てが金で解決出来ると思っておるか……。しかしそれも自分の金ではなく、親が与える金じゃ。
(それじゃ……ワシの出番って事じゃな……?)
「誰だ!お前らは!?何、勝手に、人の部屋に入っているんだよ!?親父!こいつら誰だよ!?」
「正行、済まない……。私は、全てを失った……。」
「??どう言う事だ?」
「お坊ちゃま……。旦那様が事業に失敗して、財産とこの家の全ては、差し押さえられたのです。」
「えっ!?」
若僧がこうなったのには、親に責任がある。じゃからワシは、一家そのものを貧乏にした。
「もう電話して来ないで!」
「何でだよ。あの時は俺の事、好きって言ってたじゃねえかよ!?もう浮気はしないから、俺と会ってくれよ。」
「あんたにはもう、関心がないの。二度と連絡しないで。」
「…………。」
若僧はこれまで、金だけを信じて来おった。友人や恋人も、全て金で作って来ったのじゃ。
金で繋がった縁は、金がなくなると消える。…若僧は知らなんだ。
暫くもしない内に、若僧の周りには誰もおらんくなった。
「正行。今日、うちの家でご飯食べない?」
(……………。)
そう思ったワシじゃったが、理穂と言う女だけは違った。
「カレーを作ったの。私の家、弟が多くて大家族でしょ?カレーは1ヶ月に何回も作るんだけど、今日は少し作り過ぎちゃって……。」
「………頂きます。」
理穂と言う女は若僧を家に招き入れ、弟達と一緒に夕飯を食べさせた。
ここの家は裕福とは言えん。両親は共働きで、理穂が弟達の面倒を見ておった。
「お兄ちゃん!サッカーして遊ばない?」
「えっ?俺……運動なんて出来ないよ。」
「教えてあげるから、一緒に遊ぼうよ!」
飯が終わると、理穂の弟達が若僧を外に誘った。
「何だ?この汚い球は……?」
「サッカーボールだよ!僕達兄弟は、これで遊んでいるだ。」
「……こんな球でか?」
「………家が貧乏だから仕方ない。ボールがあるだけありがたいよ。」
「こんな汚い球で遊ぶな。新しいボールは、俺が……あっ……。」
「??どうしたの?」
「……いや、何でもない。」
若僧は、何もない事を思い出しおった。汚いと罵った蹴球の球でさえ、若僧は買い与える事が出来ん。
若僧は、学校を中退した。親には学費を払ってやる余裕もなくなった。
だからと言って若僧は、働く気にもならんかった。そもそも、そんな考えを事がないのじゃ。自分の手で金を稼ぐ事も知らんし、金以外で何かを解決する方法も知らなんだ。
「ただ今~!」
「あ、お帰りなさい。こらっ!家から戻って来たら、先ずは手と顔を洗いなさい!」
「は~い!」
「ご免なさいね、正行。弟の面倒を見させて。代わりにおやつ、一緒に食べない?」
家から戻って来た若僧達に、理穂はアイスクリームを与えた。
「アイスクリームだ!食べても良いの?」
「今日は特別よ。私の幼馴染みが遊びに来たんだから。」
「わ~い!お兄ちゃん、これから毎日遊びに来てよ!?そしたら僕ら、毎日アイスクリームが食べられる!」
「今日だけよ!いつもはこんな贅沢、出来ないんだからね!」
「……………。」
「どうした、若いの?こんなところで座り込んで……。」
「………誰だ、お前は?」
「……相変わらず、口の利き方は知らんようじゃな?目上の人には、敬語を使わんかい。」
「相変わらず……?」
「?どうした?何を悩んでおる?」
「爺さん……俺は、どうしたら良い?」
「………………。」
質問はしてみたものの、事情は既に知っておる。ワシは数ヶ月間、ずっとこの若僧を影から見ておったんじゃ。
若僧は1時間ほど前、幼馴染みの理穂に叱られおった。
『今日はありがとう。お陰で、腹がいっぱいになった。』
『毎日は無理だけど、また食事をしに、遊びに来てよ?弟達も喜んでいるみたいだし。』
『ところで………。』
『??』
『俺……金、持ってないんだ。今日の食事代……どうすれば良い?』
『………馬鹿!!』
「理穂は……どうして俺に優しくしてくれるんだろう?俺にはもう、金がない。なのに理穂は……。」
「………………。」
情けないのが先立つが……この若僧も不幸じゃ。金しか知らん人間になってもうとる。
親から貧乏にしたのは、どうやら正解じゃったようじゃ。父親や母親にも、キツい灸を据えてやらねばならんかった。
「金で解決出来る事が全てじゃない。確かに世の中、皆が金、金と叫んでおる。」
「……………。」
「しかし……それよりも大切な物、金では買えん、大事な物があると言う事じゃ……。」
「……俺には分からねえ……。金より大切なものが、何処にあるって言うんだ?」
「全く…情けない男じゃの!理穂と言う女が、それを教えてくれとるじゃろ!?何故あの子が、金もないお主の面倒を見てくれると思う?」
「………??」
「ええか?それが何かを知る事が大切じゃ。」
「爺さん、もう行くのか?」
「ワシの言葉を忘れるな?金よりも大切なものが何かを、お主は知らねばならん。」
「正行~!こんなところで、何してるの?」
「理穂?お前こそ、どうしてここに?」
「今からバイト。両親を助けなくちゃ。」
「………理穂。さっきはご免。俺…よく分からなくて……。」
「…………。」
ワシが去った後、若僧は理穂をバイト先まで見送った。
「昔の事、覚えている?」
「??昔の事?」
「あなたが、私をかばってくれた時の話。」
「??いつの話だ?」
「酷いな~!私には……とても大切な思い出なのに……。」
「………ご免。」
「正行が、私を家まで送ってくれた時の話よ。私が歩いて家に帰ってると、車に乗ってたあなたが声を掛けてくれたの。」
「??」
『あっ、理穂ちゃん!何処行くの!?』
『あっ、正行君!今から家に帰るの。』
『それじゃ、僕の車に乗ってよ。送ってあげる!』
『えっ!?本当!?』
『正行!あんな身形の汚い子、車に乗せないでちょうだい!』
『お母さん、どうして?僕の友達なんだよ?』
『お友達も、選んで付き合いなさい。あんな汚い子、あなたの友達にはなれないわ。』
『!理穂ちゃんは、大切な友達だよ!』
『!?ちょっと、正行!何処行くの!?』
『理穂ちゃんを送って来る!約束したんだもん!車に乗せてくれないなら、僕が理穂ちゃんを、歩いて家まで送って行く!』
「……………。」
「正直、正行のお母さんに言われた事は悲しかったわ。でも、それでも正行は車を降りて、私を家まで送ってくれた。あの時から私は……」
「??」
「…何でもない。」
あれが、10年前の話か……。
その時に比べると若僧は、少しは立派になったんじゃのう。それが証拠に、ワシの姿が見えておらん。
(どうやら、金より大切なものを見つけたようじゃな…。)
「お待たせ!行こうか?」
「全然待ってないよ。もっとゆっくりして良かったのに……理穂。」
店の外で、子供を抱えて待っておった若僧の下に、1人の女が近づいた。
若僧の面倒を見ておった、理穂と言う女じゃ。
「それよりも、良い物見つかった?理穂の弟の入学祝い。」
「どれも高いものばかり……。私達には、ちょっと無理ね。」
「そうか……。ご免な?俺の稼ぎが良くなくて。弟に、良い物も買ってあげられない。」
「またそんな事を言う!大切なのは気持ちでしょ?」
「………ありがとう。そうだね。」
「………出来る事で良いのよ。弟だって、気持ちだけでも喜んでくれるわ。」
『プルルルルッ。』
「あ、ご免。電話が来た。……母さんからだ。もしもし、母さん?どうしたの?」
「正行!いい加減、家に戻って来たら?お父さんだって事業を立て直して、今はもう、家は裕福なのよ?あなたは、いつまでそんな暮らしを続けるつもりなの?」
「そんな暮らしって何だよ?僕は今、充分幸せだよ。お母さんには、何故それが分からないの?」
「……………。」
「大体、僕はもう大人なんだ。自分の人生は自分で決める。自分の幸せも、何が大切な事なのかも、全部僕が決めるんだ。」
(ほう…。立派になったもんじゃ。全ては……理穂と言う女のお陰か……。)
若僧は、金よりも大切な物を手に入れた。
金では買えん、愛と言うものを知ったのじゃ。
「行こうか?今度弟達と、一緒にカレーを食べようよ?理穂のカレーは、本当に美味しい。」
「うん!そうしよ。今度皆で、カレーパーティーしようよ。」
「おやつには、アイスクリームも準備して……。それくらいなら、今の僕らにも出来る事だ。」
「そうだね。」
「………………。」
若僧には、これからもワシの姿が見えんじゃろうて……。
ワシは神…。じゃがワシには名がない。
しかし人間共は、ワシの事をこう呼ぶ。
『貧乏神』……と。
人の金運を奪い、誰かを貧乏にするしか能がないワシを、昔の人間は神と呼んでくれた。
…ありがたい事じゃ。
そして世の中、まだまだ捨てたもんじゃない。ワシのような存在を、神と崇めてくれるのじゃから……。
ワシが神と崇められる理由……。それは、ワシには金よりも大切な事を、気付かせる力があるからじゃ。
ワシの姿が見える者達よ……。思い出すが良い。
お主達は、金よりも大切な何かを……見失ってはおらんか?
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