第6話 ゴブ美ちゃんLV1

 森の中、そこには洞穴があった。

 奥には男たちの荒い声とゴブリンの悲鳴が上がっている。

 その洞穴を森から見つめる集団。それはゴブリンの集団であり、彼らが狙うべきは男たちのタマだと息を巻いているはずなのだが、足ががくがくしていている。


「それでも外道レベル1になったゴブリンか。お前らは。私はまだレベル0だぞ。ねっ、レベル1の師匠」


「どうして俺はゴブリン達に協力をしているのだろうか。何故だろう」

「それは師匠が師匠だからです」

「帰る。俺の役目は終わった。次会ったら敵だからな」

「どうしてでしょう。私達は出会ってしまったからです。それは運命なのです。仕方ないお話なのです」

 芝居がかった右手を伸ばす動作をゴブ子。しかし、コタロウは踵を返す。

「約束は守った。それ以上のことはリップサービスだ。外道だからって、守るところは守らないと色々と都合が悪いんじゃないか」

「まあ、そうですね。しかし、運命からは逃げられません」

「それはギルドの前で訴えるという事か。そんなもん、ここまでくりゃ逃げるなり何なりしてやるさ。なんたって、外道レベルがついてしまったからな」

 ここまでくればやけくそだ。

 外道外道といわれようが、もうどうでもいい。あとで取り戻すチャンスだってあるはずだ。


「ああ、確かに。けれども盗賊を捕獲すればそんなのはある程度緩和されるんじゃないですか。あと、お宝も少々あるようなのでガメてもある程度は」

「そうだな。名誉はある程度挽回できるよな。汚名もある程度は返上できるよな」

「手のひら返しはやっ!」


 どうとでもいえばいい。

 コタロウは自分が可愛いのだ。平穏無事に暮らすためにはある程度、汚い物ももっていてもいい。最後に綺麗であれば問題はない。

 できれば自分で手を汚すことがなくて、綺麗に手に入れることができれば尚良しとする。

「さあ、盗賊退治と行こう」

 曇りまみれの眼を洞窟に向け、コタロウは勇者としての初仕事を迎えるのだ。

 その手にはぬるぬるしたものを――ゴブ美にぶつける。


「これはスライム。師匠、私に何をわぷっ、まさか裏切り?」


 そして、後ろ手に持っていた縄でくくり、猿轡をかましながら彼女を洞穴の前に放り出す。


************************************


 洞穴の前に出されたゴブ美は焦っていた。

 わけがわからない。

 あの外道は外道だからこそ、こいつらの前に自分を差し出したのではなかろうか。


――くっ、殺せ。


 本当はそう騒ぎたかったのだが、猿轡が邪魔をする。

 これは最悪である。

 何もできず、無念のままこんな剛毛の生えたおっさんたちに襲われて、犯されてしまうのだろうか。

 または虜囚となって、気付けば奴隷商人に売られてしまうのか。

 最悪である。

 うん、体のうちから生理的な気持ち悪さで鳥肌。あとわけのわからないゾクゾクとした悦楽の感覚が浮かび出てくるのは気のせいだと考えたい。

「なんだこりゃ、めんこい姉ちゃんじゃねえか。しかもスライムまみれにされて。かわいそうだな」

「おい、出て行くなよ。いきなり、うおっ、上玉のダークエルフじゃねえか。どこからか逃げてきたのか。おおっ、これはうげえっ」

 二人出てきた。

 そのうち一人を何かの刃で腿を突きぬく音がした。

 もう一人を向こう脛を叩いて、怯ませた何かがいた。

 

 最後に煙にまみれた紙に包まれた球状のものが洞穴の中にぶち込まれた。

 洞穴全体を飲み込む煙は中にいる生物の目やら鼻やらを刺激して、無茶苦茶なことになるだろう。

 そして、我慢なんてできないくらいに出てくるはず。


「なんだこれ、煙ぐあっ」

 出てきた一人を的確に頭を殴って、昏倒させる。

 他も短剣らしきもので腕をやられて怯んでいるうちに頭を棍棒で殴られて気絶している。

「ゲホッゲホッ、やめろ。お前らあっ」

 さらに出てきた人間の心臓を狙って、刃が迫る。


「うおっ、何だっぎゃあっ」


 不意をとられた一人は胸を狙った一撃を一突きされて、悲鳴を上げながら絶命する。

「おっ、かしらっ。野郎っ、ガキが刺しちまった? どういうことだっ」


 最後に出てきた一人が煙に巻かれながら、ゴブ美の後ろの何かを見ていた。

 振り向くとそこには覆面をした明らかにコタロウらしき少年の姿とゴブリン3匹。あれは捕まっていたゴブリン達ではないか。


「助けてくれたのかわぷっ」


 そのゴブリンをゴブ美に押し付けつつ、覆面をしたコタロウは彼女の拘束を解く。

 あとはそっとゴブ美の耳元に口を寄せて、呟いた。


「悪役っぽく高飛車に、高圧的に。お前の母親のドSな感じに言って、ゴブリン達に襲わせろ」


 何を言えばいいのだろうか、と思ったのだが、言ってみたかったことがある。大分先の話だとは考えていたのだが、今がその時だとゴブ美は思う。

 母親はゴブリンの女王になった後によく言っていた。

 下僕共にはきちんとした言葉の栄養を与えなければならない。

 豚以下の者たちには価値はないが、しかし、自分の手足となって働いている。それには報いなければならない。

 もちろんこの領地を治めるための力を持つことも必要だが、言葉で慰撫をしてやるのも必要であると。

 いつも母が言っていた言葉、それは。


「下郎が。お前らなんぞ、わらわの足を舐めておけばよかったのに。それが逆らえばどのようになるかはわからなんものではないぞ。フフフ」


 そして、隠し持っていた煌びやかな扇子を取り出す。


「さあ、我が僕よ。そこのクズを殺せ。それがせめてもの慈悲なり!」


 ぞくぞくした。

 レベル1のゴブリン達はびびっていたものの、レベルが上がって力も上がっていて人間を集団で屠ることは何とかできるようになっている。

 それを率いるのはレベル0――


――パッパラパァ。


 ではなく、ファンファーレで外道レベル1のハーフゴブリン。


「うわああっ」


 男が逃げようとするが、ゴブリン達が殺到して、持っていた棍棒やらナイフやらでぼこぼこにしてしまう。

 それはあっという間の出来事だった。







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