第5話 くっ、殺せ

「えーここで皆さんには殺し合いをしてもらいます」

「そのネタは使い古されているので、やめてもらいたいと私のうちに騒ぐ何かが答える」

 メタメタしいのはやめてもらいたいとコタロウは思う。切に願う。やめてほしいのだ。


「しかも私だけここのモンスターと普通に鎧を着て戦えと。何の意味がある」

「まあゴブ美だけができる状況があって、仕方ないんだ。他のゴブリン達にはその姿を見てもらうだけで外道レベルが上がるような気がするんだ」

「ほう。それはとても楽なやり方ではないだろうか。よし、私が一肌脱ごう」


「それはよかった。ゴブ美の説得が一番鍵だったんだ。一肌脱ぐ、うん、実にいい言葉だ」

「何故かとても不吉な予感をさせる言葉なのだが、ちょっと事情を聞きたいのだがあーっ」

 彼女がコタロウを問い詰めようとすると何かが後ろからやってきて、ゴブ美に襲い掛かってくる。


 は非常にヌメヌメした体というか、アメーバを髣髴とさせる液状のにしか見えない。

 多分ゴブリンと双翼をなす某竜を倒す冒険ゲームの雑魚の代名詞。あいつはとても可愛くデフォルメされているが、目の前にいるアメーバ状の雑魚は違う。

 人やら何やらに襲い掛かる獰猛な化け物。

 しかも、その大きさは2メートルはあり、人を威圧するような姿をしている。


「スライムよ! その少女の体についている服を溶かせ!」


「何という下劣な思考。何という外道! 酷い! のわあああああ」

 ゴブ美の綺麗な体に外道なスライムが迫る。

 その後ろに隠れる外道勇者、コタロウ。

 なんて酷い。ああ、外道なり。

 スライムは獰猛な本能を忘れず、食物であるゴブ美を自らの体内に押し込もうとする。


「やめろぉ! 放せ! くっ、殺せ!」


 顔以外がスライムの中にすっぽり入った姿は何となくシュールだった。

 だが、本人は必死にスライムから抜け出そうとしているので真剣だ。

 ただし顔が恥辱と必死にあがいているので真っ赤になっているが、母親の血筋を引いているのだろうか。どことなく嬉しそうなのは気のせいだろうか。

 コタロウとしては気のせいであってほしいのだが、あの少し恍惚とした顔はドMであろうかと思うところがあって痛い子を見るような気分になってしまう。


「うん、見なかったことにしよう」


 コタロウはすべてを無かった事にした。

「それよりも私を助けろォ! ゴブォンゴブォン!」


 色々と台無しな悲鳴を上げるゴブ美。

 本当はここから逃げてしまえば、無かった事にできるのだろうがそこまではコタロウも悪人ではない。

 仕方なく、右腕をピンと伸ばして、右拳にぴりぴりと来るようなイメージをこめる。


「これこそ、勇者らしい力! 雷よ!」


 右拳が黄色くなり、やがて白い電気を帯びる。

 その拳をコタロウはスライムにぶつけた。

 白煙のようなものがスライムの中からぶすぶすと出て、電撃がスライムの中を通っていく。


「あばばばばばばば」


 ゴブ美の口から美少女とは思えない酷い悲鳴が上がった。

 電撃は不純物を含んだ水によく馴染んで、ゴブ美にも到達したらしい。

 100年の恋も目覚めるような悲鳴を上げ、最後には少しアヘったような顔をして、ダブルでピースサインをしているようなポーズを取っていた。


「ふう、死ぬかと思いました」

「ちっ」

「今、死んだほうがいいのにとか思いましたね。流石、外道勇者」

 うん、さめざめと泣いたほうがいいですかね。

 コタロウは心底思う。


「まあ、いい。スライムはこれで倒れた。すっげー臭いが、まあ、予想通り。あとはゴブ美の姿だが」


 ちらりと覗くと予想通り。



「くっ殺せ」



 ゴブ美の服と鎧がところどころ破けている。そこから褐色の肌が見えているのだが、ぬるぬるとした液体がこびりついて色っぽい。あと鼻の上に乗っていたり、唇の上の光沢、ケホッケホッとここで咳き込むのだが、それがどうも背徳感を演出してくれてコタロウは前かがみになりそうになる。


「グゥレイト」

「これが一体なんだというのだ」

 外道外道と言いながら、こういうことには疎いのは何というかピンポイントすぎるだろう。

「簡単だ。ゴブリンどもこのゴブ美を囲め」


 わけもわからず、ゴブ美の周りに6匹のゴブリンを配置させる。

 レベル0のゴブリン達は状況がわかっていないのか、ゴブゴブと何かを言っているだけだ。

 これではいけない。

 ゴブリン達には外道になってもらわなければならない。


「笑え。そして、囲んでじりじりと詰め寄れ」


 外道というのはこれを言うのだと思い知らせてやる。


「これは本当に私はこいつらに襲われてしまうのではなかろうか。うむ、この裏切りは予想していなかったのだ。私はこのまま服をひん剥かれ、汚い体を完全に汚されて奴隷にされてしまうのだ。うむ、くっ殺せ」

 ゴブ美の顔がふっと屈辱にゆがむ。しかし、その顔はドMらしい恍惚としたダメ野郎。

 ゴブリン達が怯む。

 このご病気の女騎士風ハーフゴブリン様の相手はこりごりだと。

 しかし、外道の師匠は許さない。


「怯むな。お前たちはこの馬鹿を屈辱にまみれさせ、カルマを上げるのが大切なことなのだ。外道、それは罪を犯す事。世界に仇なす行為。とても悲しい事だけれどもお前たちモンスターたちの使命であり、大切な行為である。ならば、あえて仲間でさえもだしに使い、欺いて最悪を犯す。何という甘美な響き。おお、神よ!」

 コタロウとしては自分で言って何を言っているのかわからなくなってきたがヤケクソである。

 こうなったら適当にやって、あとは逃げるだけ。一時の恥よりも一生の安全をコタロウは選ばなくてはならない。

 決して口元が緩んでいて、目が完全に中2病の感じになっていようがどうでもいい。今は恥をかくのが自分の使命なのだ。

 決して、中学の頃、中2病に罹って自分の師匠に生意気とぶったたかれた頃の自分を思い出しているわけではない。

 うん、涙がこぼれちゃう。


「さあ、化け物どもよ。そこのおんなき」


――パラパッパッパァ。


 ファンファーレの音が鳴り響く。

 どうやら、これで終わりらしい。


 『コタロウさんの外道レベルがあがりました。レベル1です』


「うん、わかっていましたよ。やめてください死んでしまいます。俺は冒険者とお金儲けをして、すねに傷を持つ人間にはなりたくないのです。ここから俺の人生が落ちていくとかそんなことは勘弁してください」


 予想はしていたけれども、もう少し上がるのはやめてほしいと思ってはいたのだが、運命の神様はいつも大笑いをしているらしい。


 しかし、他のゴブリン達もレベルが上がったようで鑑定スキルを使うとレベルが1になっていることがわかった。


「これで、俺の使命は終わった」


「あのー私のレベルが上がってないし、この放置プレイは少しいただけないかと」

 どうでもいい。

 今はこの達成感だけを味わうのだと、コタロウはこの外道レベルの立役者を視界から外して気持ちを高揚させたのだった。


「くっ、ころ、私これだけしか言っていない気がする」


 気のせいだ。






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