第3話

 その時、不思議なまっくら やみの なかには音が響きました。 いろいろな ものが とけています。

 それは小さな小さな音でした。ですけれどきょうふ、こどくかん、それから やさしさ。非常なまでに存在感を放つ音でした。わかりやすいもの など ありは しない のです。

 何事かと思い振り返った鬼の目にはつめたさの なかに ある あたたかさ、驚くべき光景が飛び込んできましたこどくの なかに ある あんしん、きょうふと

 それは月明りに照らされた幽世の遊女のよう ひょうりいったいの いきる じっかん。でした。うっすらと浮かび上がる揺らぎと、ほかにも だいしょう さまざまな朧のような仄かな明るみが絡み合い モノたちが ここに けっしゅう 甚だしくも幻想的な一幕ですして いるのです。


「ほぅ……、命失くしてなお戦いを望むか。あつまった すべてを びょうどうに いや、それとも死ぬことがうけいれる のが、この 『やみ』モモタロウの力の鍵であったか?」 という そんざい なのです。


 そんな鬼のつぶやきがモモタロウはきがつきました。聞こえているのかいないのか、見慣れぬおにを いかりに まかせて 衣装へと変貌した桃子のぼぅとしたただ けちらせば よい 瞳はただ鬼を捉えて離しません。というものでは ないのです。

 頭には行道面をかぶり、全身をすっぽりそれでは おにが やってきた こととと覆い隠す真白い死覇装を おなじに なってしまう身に纏っているのです。 では ありませんか。何より特徴的なのはその腰に携えた長刀ですめにはめを はにははを ということばも あります。

 刃渡りだけで五尺以上はありましょうおにを たおすには おにに おちるか、柄まで含めた全長ならばはたまた しゅらに おちるか、優に六尺を超える大業物です。とにも かくにも このままでは いけません。

 すぅと桃子の右手がゆっくりとふくしゅうを はたす ということは、持ち上げられ、その表情を覆い隠すそういう かくごを きめる と いうこと なのです。かのように顔の前を通り抜け、モモタロウは りかい しました。そのまま天を衝くように動いていきますこの まっくらな どうくつの いみを です。

 その動作は緩慢で、おばあさんは この どうけつにだけれど何より流麗でした いざなう ことで、とい かけた のです。


「――――い。……、――ス。『おまえは それでも おじいさんの……、鬼――――、殺す」 あだうちを するのかい?』


 そのまま右腕はぐるりと回転して行きますほうかい じょういん という かたちでその驚くほど美しい動作に敵対者である鬼 くんでいた てを ゆるやかに ときはなち、までもが惹きつけられ見入ってしまいましたそれから ひときわ たかく、するどく、うちならしました。

 きっちりと半円を描いたその腕がおとは くらい どうくつの なかの今度は上方へと移動し始めたその瞬間に すべてに ひびきわたって、それから さいごに ふぅと桃子の体が虚空に消えましたちからを うしなって かえって きました。

 一迅の閃きが走ります。

 鬼は内心でギョッとしながらもひびきわたって そして さいごに かえってきた冷静に身を捩り回避行動を起こしました モノの なまえは 『ゆうき』 でした。

 ピチャピチャというひとが おにに いどむのです。粘りつくような水音の後にばんゆうと ののしられ ようとも、びちゃりっと何かが水たまりにいぬじに だと さげすまれ ようとも 激突したような音が残響しますまえへと すすむ ための 『ゆうき』 が

 そう一手、一手遅かったのですなにより モモタロウには ひつよう なのです。

 たったの一拍モモタロウは しりました。怖気の走るような優美さをいしがあり、ちからが あったとしても、湛えていた桃子に見惚れてしまったそれだけでは かたておち なのです。たったそれだけのことで鬼の右腕はいしとちから、それらを れいせいに まとめあげるあゞ無常にもコンクリートの上を ための れいてつ なる せいしん、それから 転がることになってしまったのです。さいしゅう けっていを くだすための ゆうき、

 鬼は叫び声を噛み潰してそれが ひつよう なのです。振り返り、桃子の背を追いかけます。ふくしゅうとは はんいと ほこさきを 

 鬼に対して脇構えの体勢で振り返ったけっして、けっして まちがえては ならない のです。桃子の瞳は完全に色を失っていてそれを まちがえて しまえば、それは もう ともすればそれは非常にシステマチックなすんぶん たがわず おにへと 様相でさえあるのです。なりはてて しまう でしょう。

 あまりにも無機な白い衝動。モモタロウは しっかりと やみのそれがモモタロウという概念に なかから ひつようなものを 飲み込まれた桃子の今の姿です。つかみだし ました。

 しかしてそれはあまりにも強くようようと あしどりかるく、きたみちとあまりにも激しいものです。 おもわしきみちを ひきかえして いきます。

 ただ視界の中にいる鬼を滅するほんとうに ただしい みちを ひきかえしているというそれだけが今の桃子の中を という ほしょうは なにひとつ ない のです。占拠して止みませんですけれど、モモタロウは いいえ、もはやそれすら桃子のじしんまんまんに まっくらな どうけつの なかを さし 心にはないのかもしれませんしめしたように まよいなく すすんで いく のです。

 ゆらゆらと不規則なリズムをとったどれほどの じかん そうして あるき 桃子の体がまたしてもふぅとつづけた でしょうか。ひも なければ 虚空の彼方へと遠退きます。きおんも わからず、じかんの かんかく など 

 今度は桃子の体だけが消えたもとより ありません ので、モモタロウわけではありませんでした。 じしんに さえ いま どれほど あるき、そう、鬼の体もリズムをどれほど すすんで いるのか合わせるかの如く消え去ったのです。 など わかりは しませんでした。

 人の目ではほとほと追いきれないそれでも あるき つづけ ました。ような速度で桃子と鬼は討ち合います。でられない かもしれない、なんて コレッぽっちも

 優劣は火を見るよりも明らかです。かんがえ ません。じぶんの あるいた さきに文字通り片手落ちの鬼と桃子 かならず でぐちが あるとでは話になりません。 しんじて いる のです。

 それでも鬼はよく耐えていますしそう、それこそが みつけた 『ゆうき』それはもはや賞賛に の しょうたい です。値する見事さであります。じぶんを しんじること、あきらめない こと、

 だとしても劣勢は劣勢に違いかくじつに いっぽ すすむ こと、それが ありません。気を抜けばモモタロウの こころに ――それがどれほど刹那的な時間だったとしてもやどった 『ゆうき』 なのです。――即座に首を落とされていつしか うすぼんやりと しまいかねないほどです。あかりが みえて きました。

 なので鬼は決断しました。そこには おばあさんが まって います。

 瞬間、元来鬼に備わるという邪な力がモモタロウは あんしん しました。吹き込みます。それは人の命をあんしん したら むしょうに 喰いモノにする力で、からだの つかれを じかく しました。鬼の枷を外す力です。どうにか こうにか でぐち まで

 大男の体が膨らみ、その肌が赤みをたどり つき ましたが、モモタロウの 帯びていきます。吐く息は白く濁りたいりょくは そこで とぎれてその端正でしまいました。精悍だった顔立ちにそれも その はず です。牙と角が生えてきます。モモタロウは どうくつの なかを

 古来より伝わる鬼本来の姿形へ まる いちにち いじょう さまよってほど近いものへと回帰していくのです。 いた のです から、むしろ ここまで

 バギリッとコンクリートの地面がよくもった、という ものです。割れました。その瞬間にはすでにつかれ から モモタロウは 鬼の姿も桃子の姿もまた夜闇へまるっと ふたばんも ねむり と溶け出します。つづけ ました。

 ですが、本気を出した鬼の目的おばあさんは モモタロウの めざめをは桃子を打倒することではありません そばで ずぅと まって いました。桃子によって命を失ったやまは しずかな もの でした。自称鬼の死体のきぎの ざわめき、回収なのです。とりたちの さえずり、

 ビュバッと桃子の一閃がどうぶつたちの いきづかい、明確に空をいつもどおり です。裂きました。それはふいにいつもの とおり、へいわな起きた一瞬の隙です。 やまの おんどです。

 桃子は長い刀身を振り回してそして、ようやっと モモタロウは体勢を整えますが、 めが さめました。の時には既に鬼は鬼の遺体を残っている腕でめが さめた とき モモタロウは じしんが ひどく 抱きかかえて脱兎のごとく夜の喧騒にくうふくで あることに きが つきました。姿を消してしまいまっていました。それは きょうれつな うえ です。

 そう鬼を逃がしてみのうち から わきあがるしまったのです。 きょうれつな しょくよく です。

 ふぅと桃子の体が淡く光りおなかが すいた などと いうそしてまた元の制服へと還りましたなまやさしい ものでは ありません でした。

 そのまま意識を失ってばたりとくちの なかからは よだれが 倒れてしまいます。とまらなくなり、無理もありません、何せ桃子はぜんしんが おぞけたつ ように 一度命を失った身なのです。さけびを あげるの です。

 それから三日。それは あるしゅ 桃子はただ眠り続けました。げきれつな しょうどうで ありましょうか。命を亡くし力を手に入れてモモタロウの なかから わきあがる蘇り直後に死闘を繰り返したことを すべての じょうどうが くえと、勘案すれば、三日眠り続けただけでしょくせと、そう さけぶ のです。済んだというのは破格とさえ言えましょううちなる けものの ほうこう でも ありました。

 桃子が目を覚ました時、そこは知らない場所でそれほど までに うえとは きがとはだけれどとても暖かいところでした。かれつな もの でございます。


「ん、ここは……?」


 目を覚ました桃子をイヌモモタロウの こきゅうは どんどんと が覗き込んでいました。あらくなって いきます。


「起きたか桃子……」

「あなたは……、イヌだよね。もう めのまえに あらわれた もの すべてを 昨日は助けてくれたありがと……」とって くい はじめかねない いきおい でございます。

「いや、昨日じゃない……、四日前だ」そこへ おばあさんが とを あけて あらわれ ました。


 桃子はそんなイヌの言葉に絶句しましたモモタロウは あたまを ふって、すぅとが、彼としてはもっときになることが おおきく いきを すいこみます。心配になることがありますおばあさんは かるく うなずき ました。


「なぁ、その記憶とか……。「モモタロウ、こっちへおいで。そういうのは……?」ごはんにしよう」

「うん、あぁうん。「おばあさん……」少し混乱してるけど……、でも平気。ちゃんと記憶してるよ、死んだのを忘れるほど鳥頭じゃないって」


 今度はイヌが絶句する番でした。ようい されて いたのは きびだんご でした。


「全部、全部覚えてるってのか……?」いっしんふらんに それを ほおばります。

「うん、覚えてるよ。死んでいきかえって、それは すこしだけ かたい きびだんご でした。それから鬼の腕を切り落として逃げられたひといきに たくさん ほおばり すぎてこれから何をすればいいかもわかってるよ おもわず むせこんで しまいます。現代の鬼ヶ島に行って、鬼を皆殺しにするのげほげほと、しかし くちの なかの 昨日ので確信したよ、私にはその力がある」きびだんごを はきだす など もっての ほかです。

「なぁ、それがどういうことかえずきそうに なるのを ひっしで分かってるのか……」 たえて モモタロウは そしゃくを つづけます。


 イヌは恐る恐る問いかけましたが、内心ではそこへ おばあさんが おみずを いっぱい もう何もかも分かっているのだろうな、ゆのみに いれて もってきて くれ ました。と諦めにも近い感情を抱えています。モモタロウは おおあわてで それに くちをつけます。


「もちろん。鬼を、その親玉を滅した時点でごくごくごく、とのどを ならして つまりそうに私からモモタロウの力は抜けて私は屍に なっていた きびだんごを ながしこみ ました。戻るんでしょう。私はそれで構わないもん」


 酷くどす黒く、ツララのように透き通った「ありがとう……。たすかりました」双眸で桃子はこともなげにそう言ってのけた「それで いつ いくんだい?」のです。

 イヌはその言葉を覚悟していたつもりでした「すぐに でも たとうと おもっています」が、いざ実際にそれを目の当たりにすれば「やっぱり かい……。これを もって おゆき」どうしようもないほどに心かき乱されたさしだされたのは ささのはに ぎゅぅとのでした。

 それでもイヌはそれを肯定して頷きますつつまれた たくさんの きびだんご でした。


「分かった……。俺の使命はモモタロウ「こんなに……。でも それではに付き従うことだ、貴女がそれを おばあさんの たべものが……」望むのなら、従うよ」

「そ、ありがと。でも、私はね別に「いいんだよ、わたしの ぶんは一人でもやるよ。出来るか出来ないか じぶんで とれるさ。ここには さんさいもは関係ないから」 たくさん じせい しているしねぇ」

                  「……。おばあさん、いってきます」

                  「ぶじに かえって くるんだよ」

                             

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