280616 エンタメ小説の二柱の一つは、読み手にとって未知の要素が含まれていることである

エンタメ小説の二柱の一つは、読み手にとって未知の要素が含まれていることである


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浅倉卓弥 「ライティングデスクの向こう側」より引用


 僕自身は小説の中でも特にエンタテインメントとしてくくられる作品のには二本の柱が必要だと考えています。~~~~~。それは次の二つです。

・結末に準備されたカタルシスに向かってプロットがきちんと収束すること

・構築された世界の中に読み手にとって未知の要素が含まれていること


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(余談ですが、カタルシスという言葉は不正確であると思います。少し韻を踏んで、「カタルシスあるいはカタストロフ」に置き換えた方がしっくり来ます。

 カタストロフ即ち破滅や悲劇的結末も、しっかり描かれれば見ごたえがあって同じく価値があると思うのです。でも一般的なエンタメにはそぐわないのかな。)



 私はそこそこの数の物書きハウツー本を読んでいます。

「ハリウッド脚本術」、「ベストセラー小説の書き方」、「あなたも作家になろう」、大塚英二さんの諸著、最近ではジョジョの「荒木飛呂彦のマンガ術」などなど。

 まぁ物書きをしようと思う人は、ハウツー本をいくつか読んだことある人が多いと思います。


 筆者によって、重視する部分が全く違うのが面白いです。プロットの組み立て型、キャラクターの活かし方、モチベーションの保ち方、表現や適切な文章作法、そもそもの物語論の歴史などが話題になるのですが、著作によって各項目に費やすページ数配分が全く異なっているのです。


 それだけ奥が深いということですし、どれにこだわるかによって個々人の持ち味が出るものなのでしょう。

 

 さて、冒頭の引用です。私はこの作者を知らないのですが、妻がこの本を持っていたので、「ハウツー本だから読んでみるか―」と読んでみました。


 この人がこの作品を書いた時点で単行本5冊出版のみの発展途上だったらしく、新進作家のハウツー本というだけでも希少価値があります。


 その出版経緯にも起因するのですが、この本の長所としては、私たちが思いつきで書いてしまう「小説未満のただの文章の羅列」をどう配慮すれば伝わりやすくなるかを一般読者または趣味作家に近い目線で綴っている部分です。


 短所としては、手法について自分の言葉で断定せず大作家の作品を例にとる部分が多くて、印象に残りづらい点が挙げられます。



 その中で珍しいこと書いているなーと思ったのが、冒頭の引用です。


 簡潔に言えば、小説の2柱はプロットと未知のことである、とのことです。


 プロットについてはハウツー本で定番の話題ですが、「読者は未知の要素を求めている」とふわっと挙げられたのは私が読んできた中で初めてです(もう少し狭義に、物語とは問題解決である、と定義している本もあったと思います)。


 まぁこの本の中ではこの2柱を挙げて、大事なのは前者のプロットだからそれを語るねーと進んでいきます。

 その後に『未知の要素』云々についても触れますが、ガジェット(物語上の仕掛け)について語って大作家の引用に移るので、普通に読んでいればこの部分は印象に残りづらいかと思います。



 『未知の要素』を活かしている小説のジャンルで真っ先に挙がるのが、いわゆる『ミステリー小説』です。

 この著作でも推理小説の金字塔「金田一耕介シリーズ」の横溝正史を例に挙げています。『2時間ドラマ』や『刑事ドラマ』を思い浮かべでも連想しやすいでしょう。


 これらは冒頭に事件が起こって、「犯人は誰か!」「果たしてその動機は!」という『未知の要素』=謎を追うのが流れです。

 同時に二柱の片割れとなる最後に来るカタルシス(≒浄化、昇華、終幕、救済)も、真相の劇的解明という形で用意されます。とても便利な物語様式です。自然に盛り上がるので、創作に困ったら『ミステリー小説』っぽくプロットを組んでみましょう。


 全体の流れで採用しなくても、ミステリアス(不可解で不気味)な人物や出来事を設置するだけで物語は盛り上がります。



 昨今ウェブ小説界隈でよく見られるのが、いわゆる『異世界転生モノ』です。

 当サイト、カクヨムもその例外ではなく、さっき確認したらベスト5は全て『異世界転生モノ』に当てはまります(6月16日時点)。

 人気ジャンルですね! でも人気すぎて安易に書いても埋もれること確実! プロ作家も混じってるやんけ! なんやこの魑魅魍魎の伏魔殿は!


 ごほん、さて、『異世界転生モノ』なんですが、従来の小説からすると、変わった特徴があります。

 それは冒頭の引用の2柱となる『結末に準備されたカタルシスに向かってプロットがきちんと収束すること』について、あまり重視されていない点です。


 このジャンルでは、最初に謎や目的が明示されません。あるいは「魔王討伐」などで明示されても、すぐに解決しようとしません。

 それどころか(趣味作家が多いせいもありますが)、物語をたたまずに未完のまま終わることも多いです。


 それにも関わらず『異世界転生モノ』が長い間人気ジャンルであるのは、『未知の要素』を多分に含みやすいことが理由に挙がると思うのです。


 新しい『異世界転生モノ』を読み始めるときのワクワクは、新しいTVゲームを初めて起動するときに似ていると思います。

 目の前にまったく未知の、冒険と新鮮味と爽快感に満ちた世界が広がるのです。そりゃあ異世界の設定は作者次第ですから、読者にとっては未知で新鮮ですよね。


 身近にTVゲームがあった世代が中心となって創作界隈を賑わせて、作者のゲーム初起動のワクワクの原体験を再現しようとする限り、このジャンルは長い間一定の隆盛を保ち続けるのかなと思います。


 より意味を広げると、『未知の要素』は単なる知識本、専門本でも出てきます。『ダイエットの秘訣』も、ダイエットのコツは読者にとって、興味のある話題の『未知の要素』で読む動機になるのです。『

 タレント本』でも初公開される秘話とかを期待して読むと思うので、これも『未知の要素』に該当しますね。

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