第11話

 思わず大声を出してしまった俺。

 まずっ! その声に反応して、キズナの顔がゆっくり起き上がる。

 ゆっくり左右に首を振ると、再びこうべを垂れる。

(キズナなんか気にする必要ないじゃん!)

 いや、気にするよ! どういうこと?

(オーディションの結果通知があったんだけど、その時に言われたのよ、レムに決まってたのに、ありすに変更になったって。で、フタを開けたらあの女)

 そりゃ、まぁ、ねぇ。

(しかも、オーディションにいなかったのよ。他のメインキャラに決まった人はちゃんといたわ)

 そりゃ、みゅーちゃんの言いたいことはわかる。

(レムの代わりにありすがあてがわれたとすると、本来ありすを演じる予定だった誰かが仕事にあぶれたのよ。それが自分には許せない)

 頬を膨らますみゅーちゃん。

 意外だった。少なくとも昨日から憑かれているけど、人を気にするそぶりなんかなかつたから。

 案外、いい奴かも。

(案外じゃないでしょ、予想どおり、でしょ)

 そういうことにしておくよ。

(ちょっとね、キズナ見た時に、私と別世界のアイドル声優っていうのがどういうものか、ちょっと気になっただけ)

 付き合うよ。でも、俺はストーカーか。

(ゴメンね、付き合わせちゃって)

 それから間もなく、列車は終着駅に到着した。ドアが開く。

『皆様、お忘れ物なきようにお降り下さい』

 目の前のキズナは眠ったまま、動こうとしない。

(ニブいわね、キズナ。もしかして、乗り過ごした?)

 相変わらずキズナに対して心ない言葉を放つ。

「あの、終点ですよ」

 俺は、耳許で声をかけるも反応は無い。

(胸さわる? 尻? めちゃくちゃにヤっちゃいなさいよ)

 みゅーちゃんっ!(怒)

 俺は、そっと彼女の肩に触れる。二度目を触れようとしたところ、彼女の頭があがる。

 サングラス越しの表情はわからないが、取り敢えずは起きたのだろう。

「終点ですよ」

 俺の声に対し、ゆっくり立ち上がるキズナ。

 開いた電車のドアから若宮キズナが降り、下り階段のほうへ向かう。

 ただしその足取りはおぼつかなくて、あっちへフラフラ、こっちへフラフラとぎこちない。

「大丈夫ですか?」

「大丈夫ですぅ……」

 その、夢見レムと同じ声は、いつにも増して弱々しい。

 夢見レムというキャラクターはどちらかというと行動的で元気のよいキャラクターだ。

 一部のオタクは『かわいい』『癒やされる』とかネットに書き込むが、少なくともその設定からすると自分は意外に思った。

 自分の目的はみゅーちゃんで、初の主要キャラクターということで放送前に単行本に手を伸ばしたのだが、その予習の上で見るとすると、確かに違和感がある。

 それはさておき、このまま階段を歩かせるのは危険だと思った。

 足取りは重く不安定。呼吸は乱れ、顔色は色白と言うよりは蒼白と言っていいほど血の気は引いていた。

 エレベーター。

 ボタンを押し、かごを呼び寄せる。

「こっち!」

 キズナに声をかける。

「ちょっと、体、いい?」

 俺は彼女の背の側から腰に右手を回し、体を支える。

 その行為に、抵抗もなく身を委ねる彼女。

(やたらと親密そうね)

 みゅーちゃんの茶々もなんのその。

 こうやって関係を作って、『心配しているからついてきた』という形にしたほうが怪しまれないだろ。

(まあ、そうね)

 少なくとも、俺には彼女を放っておけなかった。

 でも、どうしよう。

 一階の改札まで行けばいいとして、その後はどうする?

 駅員に事情を説明して、彼女を託すか?

 携帯電話を失礼して、自宅へ電話をかけさせてもらうか?

 近くの医院へ運び込むか?

 どうすればいい?

(知らない。このあたり、まったく知らないし)

 相変わらずだな。

(でも、放ってはおけないよね)

『一階です』

 合成音声とともに、ドアが開く。

「体、動かすけど、いい?」

「あっ……」

 朦朧としていただろう彼女の意識が戻ったのだろう。

「フラフラしていたから」

(エレベータに連れ込んで二人になった)

 こらっ。

「あ、ありがとう、ございます」

 かわいらしい声だった。弱々しいのが拍車をかけ、俺の保護欲を誘う。

「いやいや、どういたしまして。それよりも、大丈夫なの?」

「駅前に人を待たせているので、大丈夫、のはずです」

「そこまでは送っていくよ」

「お心遣い、大変感謝しています。ですが」

 彼女は深々と頭を下げると、改札へ向けて弱々しく歩いて行く。

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