第10話

 目の前にいたのは、目深に濃紺の帽子をかぶり、ファッション性のかけらもない大きなサングラスとマスクをした、いかにも怪しげな容貌の少女だった。人垣のためにバッグは確認できなかったが。

(キズナ! キズナ!!)

 幽霊である彼女の声は届かないのだろうか、その少女はうつむき加減のまま、あさっての方向を向いたままだった。

 さすがに後ろを向いたままでいるのは疲れるし、怪しすぎる。

 なにより、若宮キズナよりみゅーちゃんのほうがいいし。

 いや、若宮キズナの顔なんか知らないし。

 そもそも、みゅーちゃん以外の声優なんて、興味がなかった。

 でも、みゅーちゃんがかわいい、かわいい、っていうから、ちょっと気になる。

 みゅーちゃんがジェラシー燃やすライバルだし。

(なんか私が敵に塩を送っているみたいじゃない)

 みゅーちゃんはあらんかぎり顔を近づける。

(私より、かわいい子が好き?)

 いやいや、もう一生、みゅーちゃん一筋です。

 いつの間にか、降りる予定の駅から一時間が過ぎていた。乗客の大部分がはけて、目の前の席が空く。

 そこにちょこんと座る、みゅーちゃん。

 ……あのなー、幽霊だろ!

 彼女に迫ろうとして、ふと、若宮キズナの存在を思い出す。

 振り返ると、キズナはつり革に掴まったまま舟を漕いでいた。

「席空きましたよ、どうぞ」

 は、と目が覚めた彼女は、小さく

「あ、ありがとうございます」

と言って、みゅーちゃんのいる座席にむかう。

 ――まんま、夢見レムの声だった。

 苦虫をかみつぶしたような顔を浮かべながらよけたみゅーちゃん。

(なに? 嫌がらせ? 私のことキライなの?)

 いや、そんなことないって。そもそも、幽霊なのに疲れるのか?

(疲れるわよ! キズナと一緒の電車ってのがすごいストレス)

 お前……みゅーちゃんがキズナさんを無視して降りればよかっただけじゃん。

(人がいなくなったところをポルターガイスト攻撃で襲おうと思っただけよ)

 相当に性根が悪いな。若宮キズナさんのファンに乗り換えようかな。

 そんな問いかけを、目の前の座席で眠るキズナを見ながらみゅーちゃんにぶつける。

(そんなの、私、許さないんだから)

 さすがにアンチにはならないけどさ――キズナさんがどんな人か、声優ではない俺にはわからないけどさ、いくら恨みがましくても暴力的なことはダメだと思う。そして、そんな人間のファンなんてやってられない。

(なら……言うけど)

 どうぞ。

(私、本当は夢見レムに決まっていたみたいだったの……)

「ええーっ、夢見レムっ」

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