第9話
翌二十三日、俺は一番列車に乗った。
途中、新幹線に乗り換え、東京駅へ。
みゅーちゃんの指示に従い、地下鉄をいくつかハシゴすると、そのまま乗り入れている郊外の私鉄線に出る。
彼女はその道中に、自身の身の上話を語ってくれた。
彼女は地方の高校を出るなり、東京の声優養成所へ通った。半ば家出同然だった。
(あー、よくここは通ったわ。新宿、渋谷、赤坂。麻布のあたりはあまり用がなかったけどね)
しかしながら何度か、新幹線で家の近くまで帰ったけど、玄関扉を叩くことはできなかった、とは幽霊になった本人の弁だ。
(家を出てから親の顔を見たのは、死んでから。声優になる、と言って出て行ったんだけど、それからずっと、新番組が出るたびに私の声を探していたって。すぐに出られるわけないのに)
そうなんだ。俺は軽く相槌を打つ。
(けれど、最初の回に出ることはまれだし、田舎だから放送のないアニメもあるの)
俺も似たような地方だから、それはよく分かる。
(でも、すごいよね、親って。私の声、『キミはれ』の一話のCMでちょっとだけ流れたでしょ)
確か、『オ慕い申シ上げマス』だったよね。
(そーんな言葉、親の前で喋ったこと一度もなかったのにね。でも、わかるんだよね)
彼女は、指の先で輪っかを作って、ちょこっと、というサインとして親指と人差し指のあいだをあける。
(キャラクター名を調べて、芸名「呉羽みゆき」の名前を調べて、事務所に電話してきたのよ。その時はもう、入院してたけどね)
そして、こくり、と首を大きく縦に振る、
(連絡があって、来るって。で、到着したときにはサヨナラだったけど)
今度は、振り払うように首を左右に振る。
(あー、やめやめ! こんな辛気くさい話はやめた)
そういうと,目の前で浮いていた彼女は遠ざかる。
(次の駅、降りるわよ)
山手線のターミナル駅から十分もかからない。周囲にはまだ大きなビルが林立していた。
(さらにここからバスで二十分のところにあるアパートに、声優仲間とシェアハウスしてたのよ)
誰と?
(その子はデビューできずに実家に戻ったわ。かなり努力してたけど、容姿がちょっと、ね)
そう呟くなり、列車がホームに滑り込み、ドアが開く。
(若宮キズナのバカヤロー。ちょっと容姿がいいからって、アンタより演技の優秀な役者はいっぱいいるのよ)
そういうと、ふわふわ浮いたまま出て行くみゅーちゃん。
それにしても、都会の電車って、人がいっぱいで、なかなか、でられないや――。
(早く降り……待って、裕紀!)
そういうと彼女は、まだ電車の中で人の波をかき分けていた俺の所へ舞い戻ってくる。
(後ろに、当のキズナがいる!!)
電車はドアが閉まり、インバーターとモーターが唸りを上げ、目の前の景色は加速しながら流れていく。
(あのバッグ、いつもアフレコスタジオに持って来てた!)
俺はこうべを巡らせる。斜め後ろを向いたとき、みゅーちゃんが声を出す。
(その子よ!)
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