第6話

「よくアニメなんかで、幽霊になった女の子がぬいぐるみに入って動き回る、なんて設定のものがあるけど、それはダメなの?」

(できないわよ)

 彼女は首を横に振る。

(魔法じゃないもの。そうそう、私ね、魔法少女がやりたくて声優になったの)

「『魔法女子リク』好き? それとも『マジカる~ん』派」

 いずれも、タイトルを変えつつも現在までオンエアが続いている人気作である。女児にも、オタク層にも。

(両方見てたけど、どちらかというと『リク』派かな)

「それとも、『星遣いのなっちゃん』とか」

(それよ。なんで、マイナー女児アニメ知ってるのよ。地方じゃBSでしか放送してなかったでしょ。しかも、深夜)

「俺、あのアニメみてオタクになったもの」

(天文オタクよね、はいはい)

「アニメも」

(あんな子どもの頃の話、アニメオタクとは言わないでしょ)

 そりゃそうだけど。

(……でもよかったね、『なっちゃん』)

 主人公の小学生、夏海が魔法少女に変身して宇宙を旅する物語だった。降り立った星にはいろんな……それは戦争と貧困に苦しむ世界だったり、極端に少ない水を奪い合う世界だったり、一つの食べ物しか作らなかったために餓死者が出た世界だったり、……現実で地球上に起きていることを物語に織り込んでいた。

(一時しのぎの魔法で救うわけだけど、結局、根本的な解決にはならないのよね。地球の本を魔法で取り寄せて、それで勉強して、最後は魔法を使わずに相手の世界の人と一緒になって解決していく)

「最後に、実際の地球の出来事を写真で紹介して、おすすめの本を紹介して終わり」

(その本を翌日、学校の図書館に借りに行ったら、そもそも置いてなかったりするのよね。あったらあったで、取り合い)

「俺の学校では『なっちゃんファンの会』みたいなのを作って、昼休みにみんなで読んでいたな。周りはみんな女の子だったけど」

(やーい、リアルハーレムラブコメ。幼なじみとラブラブのまま?)

 からかうような物言い。

「そんなんじゃなかったけど、今は疎遠かな。今でも一緒のクラスの奴もいるけど……あまり話はしないな」

(そうなの?)

「アニメの話なんて、学校で絶対しない」

(へーっ。突然、彼女がやってきて謎の幽霊恋人登場に激怒、ドロドロの三角関係になるのが楽しみだったのに)

「『なっちゃん』のいい話のあとに、そういう話する?」

(する)

「人でなし」

(幽霊だもの)

 そう嘯く。

(じゃー、サービス。せっかくだから、『なっちゃん』のコスプレします。ぱちぱちぱち)

「はいはい」

 俺はぞんざいに手を叩く。

 みゅーちゃんは軽く深呼吸。

(あこがれの山川ちなつ先輩ほどじゃないけど、プロの声優の演技、耳の穴をかっぽじって聴いてね)

 山川さんというのは、その夏海役の声優さん。今は『キミはれ』でありすの母親役で登場している。

「山川さんとは、話とかするの?」

(うん。毎回アフレコの時に声かけてくれるの。私が『なっちゃん』好きだって言ったら、すっごく喜んでくれた)

 なんだろう。ファンタジーもののエルフのようなイタズラっぽいところもあるけど、不意に見せる笑顔はすごくかわいい。なんか、彼女の本心を垣間見たような。

(恥ずかしいこと思わないでよ)

 はいはい。

(エルフと言えば、最終回は『エルフの星』ってタイトルだったわね。一時間スペシャルで、前半は、魔法の使えないからと差別されていたエルフと友達になって、助ける話。後半は、魔法の力を過信したエルフたちが環境破壊しつくした星を、夏海の全魔力で回復させる話)

「結局、それで夏海は帰れなくなってしまって、そのまま打ち切り。もっと見たかったな」

 あとで知った話だが、もともとは一年間、いや先行する二作に続く長期タイトルを目指していたらしいが、当時の女児アニメの主流であるバトル要素やコメディタッチでもなく、メルヘン系で教養の要素が強い『なっちゃん』は、特にグッズ展開に失敗、半年で打ち切りになってしまった。

(あんな衝撃的なラストでも、やっぱり魔法少女にあこがれるもの。誰かの役に立ちたい。物語を通じて人に笑顔を届けることができたら、最高かなって)

「それで声優になったんだね」

(そうなのよ)

「いいとこあるじゃん」

(いいところばっかりでしょ、裕紀)

「そういうことにしておく」

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