第5話

(まぁ、そんな話はさておき。本当にオタク?)

「まぁね」

 天文オタクだけど。

(そんなところだろうと思った)

 それを聞くなり、窓の外に身を乗り出した。

(あれ!)

 空へ、天へ、一本の指を高らかに掲げる。

(あれが私! 私はこの空に燦然と輝く星になる……予定だったのよ)

 まだまだ夜のとばりが降りるにはまだ早いが、彼女の指し示す先には確かに星が瞬いていた。

「北極星ってこと?」

 北の天球に輝く二等星。

 地球の自転軸の延長線上にあるというだけなのだが、シャッターを開けたまま写真を撮ると、まるで、たゆたう宇宙の中心であるかのように一点の星浮き上がる。

(アイドル声優という一等星は無理でも、私を中心に世界は回っている声優界の北極星、みたいな……のって言い過ぎかな?)

「いやいや、そんなことないよ」

(誰もが華やかで、主役をいくつもやっているアイドル声優に目が行ったとしても、その次、二番手として、素晴らしい演技で誰もからも愛される声優を目指していたんだけどね)

「アイドル声優としても魅力的だと思うけど」

(ぼ~げェ~、みたいなのに? ダメダメ。見た目もそれほどでもないし)

 そんなことないって。……平均よりは上。

(宣材写真……、事務所のホームページと、『月刊少年マンガ』に一回載っていただけだったかな、同じ写真しか見てないでしょ)

 彼女は『キミはれ』の掲載誌の名前を口にする。アニメ化決定、と初報を打った記事で、出演声優のコメントの横に添えられていた写真である。

 ネットで出演を知って、確認のため、あわてて本屋に立ち読みに行ったのだが、ヒモで縛られていたために、その号だけ買ったのだが、……それが唯一の印刷された写真なのか。

(それでも、がんばって加工入れて、あのレベル)

「本当? ここにいるみゅーちゃんはずいぶんかわいらしい顔立ちだけど」

(恥ずかしいこと言わないでよ。裕紀ったら)

「いや、一目ぼれ……」

(『ソラ色の夏』の時からホレてたでしょ)

 うん、そうだけど。

「ここで改めて顔を見て、惚れなおした」

(もうっ……)

 蒼白だったみゅーちゃんの顔が一瞬にして真っ赤になる。漫画表現であれば目鼻が描かれなくなり、顔全面に斜線が入る、といったところか。

 そんな、純情乙女みたいな反応をするみゅーちゃんが、いじらしくかわいかった。

 ……。

 ぽんっ……。

 棚の上に置いていた、クレーンゲームのプライズ『ぬいぐるみ・九條院ありす』が俺の頭に落ちてくる。

(ポルターガイストよ! これ以上言うと恥ずかしすぎるから、やめてね)

 俺は、そのぬいぐるみを拾い上げる。

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