第4話

(悲しそうな顔しない! えーっとね)

 そういうと、彼女は胸の前で印を切る。その軌跡が光となって広がり、彼女を包む。

(へーんしんっ!)

 その光の中から現れた姿は、まさに三次元化された九條院ありすそのものだった。

 淡い色合いの着物姿の少女。家からほとんど出たことがないため、透き通るような白い肌。未発達の胸の前に組まれた細い腕の、その指をまるで自分に対して懇願するように絡ませていた。

(オ慕い申シ上げマス、白井裕紀サマ)

 ありすは、そういうとゆっくりと正座し、三つ指を立て、頭を深々と下げる。

 まさに、第五話の初登場シーン。彼女にとっては初めての学校、そこで主人公を見つけるなり告白するシーン(もちろん、そのセリフに俺の名前は無いが)そのものだった。

(あー、やめやめ)

 先程までのありすの顔が、いつの間にかみゅーちゃんになっていた。

(せっかく声優になった以上、もっとファンを増やしたいの。それもいっぱい。トップアイドル声優、若宮キズナよりも人気者になりたいの)

 若宮キズナ――『キミとはぁ~♡れむ』のメインヒロイン・夢見レム役の人気声優である。ちょっと天然で、その演技がかわいいと評判の人気声優だ。俺と同じ十七歳ながら、今期はもう一本メインヒロインがあって、それ以外に五本も出ている。

(キズナって、演技ワンパターンでしょ。なんで、あんなのが人気出るのよ)

 みゅーちゃんに強く同意。みゅーちゃんの上に人はおらず。

(あの声聞けば、声優っぽい、認識されやすいというのがあるわよね)

「みゅーちゃんなんて、今まで出た十本のアニメ、全部違った雰囲気のキャラだったよね」

(さすがファン。よく知ってるわね。『キミはれ』の原作者なんか一本も知らなかったのよ)

「それは、ひどい」

(仕方ないわよ。『少女A』とか、一話のうちに倒される怪人女とか、そんなのばっかりだもの)

「でも、その『怪人シロクロン』、存在感のないものが段階を踏むごとに演技に力が入っていくところはさすがと思ったけど」

(もっと褒めてよ)

「『ソラ色の夏』の、少女D。みゅーちゃんの処女作であり、俺がファンになった作品だけど、天文サークルの電波少女は強烈だった」

(じゃー、『くるるる』は?)

「ヤンキーでヒロイン脅す役でしょ。怖かった」

 俺の回答にすごく嬉しそうな笑みを浮かべるみゅーちゃん。次々と、少ない出演作を俺にふっかけてくる。

(『バトル・シスター・ヒロインズ』は?)

「五話で、主人公のライバルであるメインヒロインに蹴り飛ばされる女の子で……確か、パンツAってテロップだった」

(画面にパンツが大写しになった時に台詞が一つあるだけだから、パンツ、だったのよ。人ですらないのよ)

「今も、生きた人間じゃないけどね」

(なんかちょっとヒドい言い方ね)

「ごめんごめん」

(ま、事実だもんね。それよりもさ、私がパンツ役やっていたから、ぱんつ、見たい?)

「いや、全然」

(実はここだけの話、ありすって『はいてない』設定なのよ)

 はいてない……。

 はいてない……。

 はいてない……。

 ごくり。

(……といってもね、見た目合わせただけだから、私ははいてるよ)

 そうですか。

(はいてるからって、見せてもしょうがないしね)

 ははは、と笑みを浮かべるみゅーちゃん。

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