第3話

(うん、マジだよ!)

 訃報の告知に唖然とする俺の耳に、彼女の柔らかい声が耳に届く。

(事務所に書くの止められたケド、この前書いたトキには余命一ヶ月って言われてたんだよネ。実際には一週間しかモたなかったネ)

 みゅーちゃん(あくまで自分の中での愛称)の声?

(はろーっ! みゅーちゃんだヨっ!)

 背中からの声に振り返ると、まごう事なき彼女が立っていた。

 いや、よく見れば浮いている。像は揺らめき、時折消えかかっていた。

(もち、幽霊)

 彼女は、ぺろ、と舌を出し、片目をウインクして微笑む。

「な、なんで俺のところに出てくるんだよ?」

(い~じゃない。細かいことは気にしないノ! 演技じゃナイんだから)

 その、ところどころに妙にテンションの高い演技(原作漫画ではカタカナのセリフ)は『キミとはぁ~♡れむ』のサブヒロイン『九條院ありす』だ。キャラソンはもちろん「Lovely♡Heart」。

(デモ、どーせ『みゅーちゃん』より『ありす』が好きなんデしょ)

「そ、そんなことはないよ。みゅーちゃんLOVEだから」

(じゃあ、『ありす』ッてどんなキャラ?)

「常識知らずの箱入りのお嬢様」

 ……だけど初めて出逢った主人公にめろめろに一目惚れして、モーレツにアタックしてくる、ちょっと困った美少女だ。

 世間知らずの度が過ぎていて、家から出して貰えなかった彼女が独学で言葉を覚えて、この変なイントネーションが身についた、という設定なのである。

(なーんデそンなに詳しい? 原作派ッ!)

「違うよ。みゅーちゃんの演技にはまってから単行本揃えたんだから。ラブコメに手を出したのだって、『キミはれ』が初めて!」

 俺は大慌てで否定した。嘘じゃないから。

 彼女は部屋の隅の本棚を覗き込む。

 小さな本棚には、『キミはれ』を除けば、いくつかのSF小説、それから天文関係の本が少しあるだけのはずだ。

「モノローグまで聞こえてる?」

(もちろんデス。隠しゴト、だめネ)

 はいはい、と俺は心の中でつぶやく。

「それはそうと、ちょっとテンション高くない。なんというか、もっと古風な雰囲気のキャラだよね」

(白井裕紀くん、わたくシは九條院ありすト申し陳べまス)

 リアルありすが俺の名前を!

(ありす、ありす言うから、もう『ありす』喋りはやめっ!)

 ああ、ご無体な。

「それにしても、みゅーちゃん、その着物」

(着物じゃないわよ、白装束よ)

 確かに、頭の△も付けて、死者そのものだ。

「その格好はなんというか、着替えて欲しいな、と」

 俺の言葉に、なにかのファッションショーのごとく、彼女は死に装束の袖を振る。

(確かにこれはないわよね。どんな格好がいいの?)

「白無垢で」

 いきなり、何もない空間から金ダライが落ちてきた。

(結婚しないわよ。ポルターガイストの罰よ)

「冗談だよ。でも……」

 結婚できずに死ぬのって、つらいよね。

(けれども、ファンと結婚する気はないけどね)

 顔が曇り、伏せ目がちになる。

(それじゃ、私の言うことを聞いてくれたら、妄想の中で結婚した気になることを許してあげる。無許可はダメ)

 妄想って。

(仕方ないでしょ。死んでいるから入籍NG!)

 胸の前で大きくバッテンのサインを出す。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る