第2話
てな訳で第2章
ある連休中のこと、家に戻っていたが仕事でトラブルがあり、もう一つおまけにささいなことで妻とも喧嘩をした。元来、俺は困ったことがあると自分の殻に閉じこもる癖がある。この日も誰にも触られたくなかった。おまけに前の晩に彼女とろくにメールのやり取りができなかったこともあり、イラついていた。
「。」
「sorry. I don't wanna talk to everyone. leave me alone.」
「what about me?」
「君がどうのじゃない。」
「わかったよ、もうメールしないから。頑張ってください。
今日たくさん飲むからね。死ぬまで」
このやり取りを皮切りに「俺vs.妻」の構図が「俺vs.彼女」に切り替わった。
「何言ってんの?」
「あなたが苦しむんだったら、私がいなくなるよ。その方がいいでしょう。今日
までありがとう。楽しかったよ。I loved U.」
「おいおい、人の話を聞けって。」
「聞いてるよ。だからね、今日はいっぱい飲んで、明日からは忘れましょう。」
もう、これ以降は何を言っても「別れる」「さよなら」「I loved u.」の一点張りである。
いかん。完全に暴走しとる....。
彼女は一度、こうと思い込むと人の話を全く聞かなくなる。俺と妻がもめてるのが自分のせいだと思い込んだらしい。「なんでそうなるかなぁ。」いや、ろくに説明しなかった俺が悪い。もっとも、説明しても彼女がまともに聞いたかどうか怪しいものだが。以前、彼女と喧嘩した際に彼女の同僚に言われたことがある。
「あの子には、言う前に「ちゃんと聞いて」て言わなきゃダメ。」
しまった。忘れてた。というか、そんな余裕もなかった。
さらにどうやら彼女は本当に飲みまくっているらしい。飲めないくせに。
既に俺のメールに対する返事はむちゃくちゃである。
「あかん、俺の手にはおえん。」
しょーがないので、彼女の同僚にメールを送ってみた。
「i'm a super man. Aya is too much drunk?」
「すぐい酔ってるよ。どうする?パニクしてる。どうするアイフル。
たすけて。」
「たすけて」と言ってるわりには余裕あるじゃねーか。
次の日、俺は赴任先へ急いで舞い戻った。連休中で、しかもまだ休みが残っていたが仕方がない。「妻はいぶかしがるだろうな。」そう思ったがやむをえん。
実際に会ってみると以外に彼女は冷静だった。
「もしも、あたしのせいでbabeが苦しんでいるなら、あたしはあなたの前からい
なくなるよ。あたしのせいで奥さんとの仲が悪くなったらやだもん。」
「それはないね。むしろ嫁との仲は良くなってるよ。」
「へ?」
「昔はほとんど話もしなかったけど、君がいるおかげで自信がもてたっていうの
かな。嫁とは今、普通に話せるようになってる。」
「あっ、そう。」
彼女にとっては予想外の答えだったのだろう。あっという間に涙も蒸発した。複雑な表情で。
*
しかし、最近、妙に喧嘩が多くなってきた。毎週のようにもめているような気がする。そう、毎週。週末に俺が家に帰ると彼女の機嫌が悪くなるのだ。俺は週末はよく深酒をする。ただでさえ家にいるときは妻の目を盗むため、メールの回数が減る上に酔ったあげくの
「I'm down.」
なら、怒っても仕方がないか。しかし、彼女だって忙しいときは返事をしないではないか。こっちだってむかつきもする。「お互い様だ。」そうこちらが思っていても、彼女は全くそうは思わない。自分のことは棚に上げているのだ。はて、棚に上げるという表現は英語ではなんと言えばいいのだ?こんな表現を彼女に説明できるのであろうか?こらまた面倒なことだ。
彼女はこちらがメールをしないと烈火のごとく怒る。電話にでられないと留守電は「何ででないの?ばっきゃろ。」のセリフでメッセージがいっぱいになる。
そんなことが何週にも渡って続けば、いくらなんでもへこみもする。そのうちに俺はだんだん彼女を避け始めていた。
週末に家にいるときはメールのやり取りのみになるが、お客さんがいる前では返事をしてこない。自然と彼女とのメールは閉店後になり、明け方近くまで続く。しかし、こちらの気持ちが引いている以上、そこまでつき合う気も起きはしない。
「明日は早いから、もう寝る。」
と言って、うち切ることが多くなってきた。
「冷たいな。」
と返事が返ってくる前にパソコンの電源を落とす。
どうやら彼女も俺の気持ちの変化に気付き始めているようだ。
「babeがもし気持ちがなくなったら言うて。私、あきらめるから。わかってるよ。前の男もそうだったから。」
なるほど、前の男も束縛して嫌がられたのね。(^^;)
それでも、なんとなく二人の関係は続いていた。
*
そんなある日のことだ。俺は三鷹の本社に呼び出された。
「今頃、何の用だ?まさか、Ayaのことがバレたとは思えんが...。」
彼女たちはなぜか源氏名に日本人の名前を使う。
フィリピン生まれの彼女には別の名前があるのだが、Ayaという名が気に入っているそうだ。もっとも、常連客の中には彼女たちを本名で呼ぶ輩もいる。それだけ「親しい」とでも誇示したいのだろうか?
「へっ、俺はもっといろいろ知ってるぜ。」
しかし、これが思い上がりだったことを後で知ることになる。
「悪いね。忙しいところを呼び出して。」
「いえ。(なんだ?改まって...。)」
「実は、工藤君には10月からもう一部署、面倒を見てもらいたいんだ。」
「はい?」
「本社の○×部門の管理をお願いしたい。」
「はぁ、でも、うちのメンバーはみんな浜松にいますが。」
「やり方は任せるが、今までのように浜松に行きっ放しではなく、週に何日かは本社に来るように。」
なんですとーーーーー!
こらいかん。ただでさえギクシャクしているのに、その上、三鷹勤務が増えるなんて言った暁にゃあ、彼女のイライラが指数関数的に増幅するのは目に見えている。
「しかし、なぜ浜松にいる私なんですか?三鷹には別の管理職もいますよね。」
「君には4月には戻ってきてもらうつもりだ。長いこと単身赴任をさせて悪かったが、今後は本社で頑張ってもらいたい。」
大きなお世話じゃーーーーー!
あかん。事態を飲み込めん。
俺が本社勤務になるということは、浜松には行かなくなるということだ。あたり前だけど。
て、ことは。て、ことは...。
あかんがなー。洒落ならんでー。
どうやら俺はパニクると大阪弁になるようだ。今まで知らんかった。
さて、どうしたものか...。
彼女に伝えないわけにもいくまい。
しかし、うまく伝えなければ、また烈火のごとく怒るに決まっている。
う~ん、どーすべ。
そういえば、彼女はやたらと大阪弁を嫌うよな。俺は大阪の出身なので、ふざけて使うこともあるが、決まって彼女は嫌な顔をする。
「うるさい!大阪弁やめろ!」
なにも、そこまで言わんでも。大阪の人が読んでたら怒るよな...。
*
離れ離れだったときにはあんなに恋しかったのに、彼女が戻ってきてからというもの、これまで以上のメールと電話がまるで散弾銃ごとく降りかかってくる。サラリーマンの俺と水商売の彼女では生活のリズムが全く逆だ。こう毎晩続いてはさすがに俺も辟易しだしていた。
そりゃ、確かに愛してほしいと思ったさ。束縛されることも新鮮だったし正直うれしかった。しかし、いくらなんでも物には限度というものがあります。
俺の携帯は浜松のアパートの中では電波が弱く、時々つながらないことがある。その日の朝は快晴に恵まれ、俺の目覚めもいつになくとてもすがすがしいものだった。ところが、8時を過ぎたころに山のようにメールが飛び込んできた。
0:14
「今も酔っぱらってるよ、ベイーブ愛してるよ。」
「何で電波届かないの?くんねろ」
が、1:43から2:30までに6回。
2:38
「あなたが私のきむちわからないでしょう?何で酔っぱらいのか?だって私いつ
か、いなくなるのよ。分かった分かった?もうあえなくなるよ。」
2:53
「何で携帯つながらないの?誰と一緒なの?浮気しているのか?もういいよ、私
の気持ちわからないなら、いいよ。もういい、ばか。」
3:04
「お前が大丈夫だからね私いなくても、だから、気にしてないやろう、分かって
るよ、私はただのセックスフレンドだけね、ごめんねセックスフレンドだけな
のに、わがまましてるし、大丈夫、あんたが幸せなら、私も幸せだよ。セック
スフレンドだけでいいよ。私がいなくなったら、すぐ新しいのができるから
ね。」
3:10
「明日から、もうたくさん酔っぱらいのはするよ、死ぬまで酔っぱらいにしる
よ、」
3:19
「工藤さん何で、なんで私の気持ちわからないの?どのくらい愛しているかお前
の、ことがはなれたくない、のよ、あんたに、もう今幸せ何だから、あなたと
一緒にいると、なんでわかてくれないの」
たぶん、このメールの合間に何回も電話したんだろうな。
あ~あ、知らない間に壊れてるよ。携帯の電波が悪いのは俺のせいじゃないって。
銀行みたいな名前のあの白い犬の会社のせいだって。(これは当時の話だし、今はよくつながりますよ。なんとかバンクさんは。)
こりゃまた、面倒くせぇことになったもんだ。
「今、いっぱいメールが来たよ。何で今来たのかね。」
「もういいよ、分かったからお前の気持ちが。」
「何がわかったのか。君が思い込んでいるだけでしょう。」
結局、その後しばらくはメールのやり取りはなし。
彼女がしつこくメールをしてくるのは前の男に原因があったらしい。要はパロパロだったと。子供ができた彼女を置いて遊びまわっていたそうな。しかも他のフィリピン人と。なので、俺と連絡がつかないと居てもたっても居られなくなる。
いや、俺、そんなにもてねーし...。取り越し苦労ですって、ほんとに。
*
はてさて、いったいどーしたものか...。
俺はいずれ三鷹へ戻ることを彼女に伝えなければならないし、このところ俺たちの関係がかみ合わなくなっていることも彼女は感じている。以前は店が終わった後のメールと電話だったが、こと今に至っては夜中の3時を過ぎると決まって俺のアパートに転がり込んでくる。しかも、酔っぱらって。まぁ、飲むのは仕事だからね...。
「おいおい、お店のルールは大丈夫なのかさぁ。」
「大丈夫、大丈夫よ。」
と言いつつ、とっとと俺の布団で寝息を立てる。
「まぁ、しゃーないか。」
彼女の横で丸くなって寝る俺は、
「このままじゃ済むまいな...。」
と漠然と感じていた。
そんなある日のこと、意を決したように彼女が語り始めた。
「ごめんね、babe、怒らないでね。あたし、over stayしてる。もう3年も日本に
いるよ。」
「.......ぬぅわぁにぃいいいい!?」
「池袋の後、フィリピンもどってまた日本に来て、奈良に行ったよ。でも、そこ
はすっごく厳しい。同伴無いとダメ。お客さんと寝るしないとダメ。あたしヤ
ダよ、そんなの。で、逃げたの。その後、友達に助けてもらった。だから大阪
弁嫌いなの。」
「なるほど....って、そんな問題じゃない!じゃあ、子供は?」
「日本で産んだ。アパートにいるよ。」
「アパートって、あそこのか?」
「うん。70万。みんなに借りて、いま、ちょびちょびちょびちょび返してるよ。」
「○×△□+*@¥!じゃあ、7月に帰ったっていうのは?」
「日本にいたよ。アパートにずっと。」
「じゃあ何?俺が毎日毎日メールしたのも、ずっと見てたってこと?」
「そう。babeに嘘つくのはホントつらかったよ。」
.......おいおい、俺のあの涙はいったい何だったのだ。こっちはあんなにやきもきしたのに。しかし、これはえれぇこった。結婚してる日本人とフィリピン人がつきあっている程度なら極個人的な問題ではあるが、over stayとなると話は別だ。ことは法律に関わってくる。
「それでね、もしかしたら掃除があるかもしれないの。そしたら、お店のみんな
はちゃんとやってるから、みんなに迷惑がかからないように掃除の前にフィリ
ピンへ帰らなきゃいけないかもしれない。」
「......」
「帰ったら、もしかしたら刑務所に入らなきゃいけないかも。」
「......」
そうか、もうすぐいなくなるって、そういうことだったのか。しかし...。
あかん。事が事だけに俺の手にはおえん。I'm speechless. どないせぇ、ちゅうんじゃ。
だが、よくよく考えると腹が立つ。子供のことを聞かされた時も
「これ以上、秘密はねぇだろうな。」
「ないよ。」
と、言っていたのに。だいたい帰る直前には「部屋を片づけてる。」とか、「帰る直前には淋しくなる。」とか、あげくには「前もそうだったよ。」って言ってたよなぁ。前っていつの話やねん。これで信用しろと言われても、信じられるはずがない。叩けばまだ何か出て来るんじゃなかろうか?
*
次の日曜、いつもと同じように同伴したが、最近では店のラストまでいることはなくなっていた。
「12時で帰るよ。」
「わかった。」
:
「babe,駅前のタクシー乗り場で待ってて。」
「?いいよ。」
駅前でたばこを1,2本吸っていたら彼女がやってきた。
「なんて言って出てきた?」
「明日、同伴で早いから帰るって。babe,タクシー。」
?駅前から俺のアパートまでは歩いて5分程度だ。タクシーは必要ない。
「孝太に会わせる。」
そういうことか。俺は黙って従った。
とあるマンションの前で降りた彼女は
「ちょっと待って。」
と言い放ち、建物に入っていった。
「なるほど、仕事中はここに預けているのか。」
そういえば、最初のデートの時に来たことがある。確か「届け物を頼まれた。」と言っていたが、何のことはない自分の子供のものを届けたのだ。しかし、彼女がすごいのか、俺が間抜けなのか、ものの見事に騙されていたもんだ。
「まぁ、俺が間抜けなんだろうな。」
思い起こしてみれば、妙なことがたくさんあった。横浜で買った紙オムツは同僚に頼まれたんじゃない、彼女の子供のためだったのだ。さらに夜中の電話中に突然電波の悪くなる携帯。あれは彼女の側にいる子供が声を出しそうなときに、それを俺に気付かれまいとして彼女が電話を切っていたのだ。だから本当に電波が悪いときに彼女はなかなか信用しなかったのだ。俺が遊んでいると思い込んでいた。
「なんてこった、すっかり騙されていた。」
バタンとタクシーの扉が閉まり。「あぁ。」という赤ん坊の小さな声が聞こえた。俺は当たり前のように運ちゃんにアパートまでの道を指示した。
おとなしい子だ。あるいは人見知りをしているのか。俺の顔を不思議そうに見つめている。「これが前の男の子供か。」そう思うと俺の心境は複雑だった。
「この子はいったい何のために産まれてきたのか?母親の腹に痛々しい傷まで残して。」
この子に罪はない。しかし、この子を取り巻く環境は普通ではない。
「この先、いったいどうなるのか?」
最期まで見届けたいという好奇心が俺の心に芽生え始めていた。
*
週末、家に帰った俺はネットでover stayについて調べてみた。
どうやらフィリピンへ帰れば特にお咎めは無いようだが、日本から帰るときが問題だ。
「2004年12月2日から日本の法律が変わる。罰金が30万円から300万円になる。そ
んなの払えないでしょ。それに捕まったら5年は日本に来られなくなる。(もし
かしたら10年)今、自分から入国管理局に行けば1年で済むかもしれない。悪い
ことは言わないから11月にフィリピンへ帰れ!」
「大丈夫よ。日本に来るときに別の名前、使ったから。」
「?!余計悪いでしょう!」
これで、捕まったら10年は入国できないな。入国管理局にも行けないわけだ。
「それで帰るときもfake nameを使うか。日本をなめてるな。」
「私じゃないよ。マネージャのせい。」
「How to get ur fake passport. u can't make it.」
「わからない。何でそんなこと聞くの?」
う~ん、さすがにそこまでは聞き出せんか....
はて?俺はいったい何がしたいのだ?彼女を助けたいのか?それともこの尋常でない状況を楽しんでいるのか?
「誰かいない?あなたの会社で結婚できる人。」
?!ついに本音が出たな。
「俺に君の結婚相手を探せって言うのか?」
「そんな、ことはないよ、BUT THATS IS THE ANSWER, OF THIS PROBLEM, & I DONT GO BACKTO MY COUNTRY.」
「why u don't go back? Japanese lawをやぶってまで。
plus, it is difficult that the person who use fake passport, when come
to Japan get marry.」
返事が無い。警戒心を持たせたかな?まずいな。←いや、お前の英語が下手なんだって。今、読み返しても意味が分からん。
「明日もお客さんと同伴か?」
「何で?同伴してくれる?」
「yes.明日は同伴じゃないんだな。」
「そうだってば。」
「わかった。できるだけ早くそっちに行くから。」
「何時?」
「3時頃。」
「わかったよ。」
「I just wanna help u, because I'm lovin'u. Don't forget it. OK?」
俺も大嘘つきかな?
アジアの辺境で愛を叫ぶ(仮) @ma_yoshikawa
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