第1話 ふしぎな旅人
旅に出て、三日目。
僕は自慢の持久力で、一日の大半を使い、ツリーハウスタウンという田舎村から
知り合いのいるグリニッジシティという都会を目指していた。
「……はっ! 寝過ごした!!」
昨日は疲れていたのか、今日の朝は寝坊してしまった。
不思議な夢を見ていた気がしたが、それは今はどうでもいいことだ。
太陽はすでに高かった。そうであっても、日差しの強い土地だ。木に芽吹く新緑、
つやを帯びたコウシュン芝とナヨ竹。
緑が眩しい。
季節は春らしくなってきた。
グリニッジシティの入り口には、ヤタケとセメント塀で
外と区画分けされていた。
そこを抜け、関門で係りの人に、出身と名前、それから顔写真が記載された
通行証を提出する。
そうしてやっと、グリニッジシティに着いた。
木ばかりの僕の村とは、まったく違う世界のような景色があった。
木の何倍もあろうかというような、コンクリートとガラスの街。
二次産業や三次産業に支配されている。
「僕の携帯端末みたいな街だ……」
僕の感想はこんな程度だけれど。丸い風船頭から送られてくる視線は、
よそよそしくはあるが、拒絶されるほどではない。
僕はこの小さな安心感を大切にすることにした。
端末に、友人から送られてきた電子メールが入っている。
マップの画像が添付されており、僕はそれを頼りに
……はずだった。
マップを見て、道をたどっていくにつれて、
遠くからでも見える建物が存在感を増す。
同時に、ずしりと重くなっていく感情があった。
「ここか?……有名なロイヤルホテルじゃないか……」
重くなっていく感情、それは不安だった。
旅の最中で、大きな出費は控えたかったが。仕方がない、
広すぎるほどのロビーにはカウンターが三つあり、カウンターの向かい側には、
半透明のガラスの様なものが立っているだけだ。
カウンターの前に立つと、ガラスをスクリーンとして
成年した女性棒人間が映し出される。
「こんにちは、おひとりのご予約ですか?」
聞きやすい、トーンの高いしっかりした声だ。
僕は友人の名が書かれた、招待状を示しながら答えた。
「いいえ、ギートの紹介できました、ライドです」ライドは僕の名。
直後、反応を返す女性の映像。
「確認しました。ギート様は305号室でお待ちです」
かすかなプロペラ音が近づいてきた。
「案内は、このラジコンヘリコプター、Monikaにおまかせを」
女性の音声に応える、ラジヘリ。
「305号室までご案内します」
甲高く、機械じみた音声だ。
ゆっくりとカーブを描く廊下を、外を見ながら歩いていた。
素晴らしい庭だ、西洋風、東洋風、日本庭園風の庭が方角ごとにあって、
泊まる部屋ごとに違った庭が楽しめる仕組みに違いない。
部屋が狭く、数の多い一階に泊まる客でも、部屋と部屋の
間隔の狭さにストレスを感じないような工夫がされている。
そんなことを考えていると、後ろを何かが通過した気配がある。
すぐさま振り向く。
が、しかし何もいない。
首をひねって思い悩み始めたその時、廊下を駆ける音が聞こえる。
次の瞬間!
一つ前の曲がり角から
いつの間にか落ちていた紙の束に、足を滑らせ、僕の眼前に迫る!
フェテルの少年は止まり損ねた
引っ張りながらこけた。
引っ張られた僕もこける。
ああ!まさにとばっちりを食らったわけだ。
「すみませんでした!」
深く頭を下げる、フェテルの少年。
僕は何だかいたたまれなくなって、言った。
「大丈夫でしたから、もう顔を上げてください」
すると、ケロッと立ち直るフェテルの少年。
この、「ケロッ」という効果音が聞こえてきそうだ。
「怪我がなくてよかったです」……どの口が言うんだ……
……なんだ、
彼とはそこで別れ、僕は305号室へ向かった。
そういえば、名前を聞くのを忘れたが、その原因には
こちらにも
旅人の
305号室に着いたまでは良かったのだが、扉の前に
その手前には透明なものがぴったりと貼られている。
ラジヘリもさすがに、これの扱い方を教えてくれる気配はない。
扉を開けるためには、この開きそうもない、水色に
どうにかしないといけないようだ。指で突っつこうとして人差し指を伸ばす。
「おわうわ!?!?」変な悲鳴が出た。
慌てて、指をひっこめるがあまり変わりなさそうだ。安全なものだろう、
この水色に艶めく透明なものは。
グリニッジシティの人が見たら笑いそうな騒ぎ方をしてしまったが、
気を取り直そう。
一つ咳払いをして。
正面へ真っすぐ進む。僕の体にまとわりつくつくかと思われた
透明なドアだったが、ポヨンと波打って容易に僕を通した。
カサリと音がした後方を見ると、新鮮な木の葉がドアの下に落ちていた。
……どうしてだろう。木くずは関門所で払っておいたはずだが。
おっと。そろそろ約束の時間だ。
インターホンらしきボタンを押す。—―リン――――……電子音が鳴る。
ガチャ。中から出てきた人それが僕の友人、十五歳年上のギートさん……え?
出てきた人は、女性?僕の友人は男。全くの別人だ!
「あ、あら。ごめんなさい。ギートのお客さんね。中へどうぞ」
……ありがとうございます…………誰だろう?
僕が部屋に入ると、その女性は流れるような身のこなしで部屋を後にした。
普通の女性では、あれほどきれいな身のこなしは必要ないはず。
何だか引っかかるな。何処かで見たことが?…………はっ!ギートさんへの挨拶がまだだった。
「こんにちは、ギートさん」
にやけ顔と
「こんにちは、ライド。彼女に見惚れていたね?」
何て下世話な!怒りますよ。
「そんな事ではありません」
「そうか。それで?依頼は何かな?」
彼は、物理、地学、生物学の研究者であり、
副業として、(主に研究費を稼ぐために)探偵、サーカス劇団員、作家、など
マルチに活動している。二十八歳ほどのはずなのにな。すごい。
……おっと!指先がリズムを刻みだした。早くしないと、料金が水増しされる勢いだ。
旅人に支出はきつい。
僕は、ひびの入った、白と黒の二つの石を差し出す。勾玉と呼ばれるものが太ったような形をしている。
「この石について調べてほしいんです」
「分かった。一応髪をもらってもいいかい?
そう言いながら、彼は紅茶を差し出す。
護身石封じ……確か、身を守るための石に、
髪の毛を結び付けて、護身石の攻撃(防衛能力)を防ぐものだ。
そして、髪の毛が新鮮なほど、抜き取った髪が根に近いほど効果は強い。
……それなら!
「分かりました」ぶつりっ。
二本抜き取って渡した。チョット痛かったな。
「根元から。ありがとう、痛かっただろう。」
「ああ、イエ……大丈夫です」僕は紅茶を飲み干す。
……
「……じゃあ、明日の昼にでも来てくれないかな」
汗をひと拭き、ギートが沈黙を破った。
「分かりました。明日の昼ですね」
「もっと早ければ、ルームサービスにでも伝言しておくから」
「はい、ではお願いします」
「まかせろ」
僕は、ギートさんにホテルの508号室のロックキーをもらった。
彼が言うには、
ここのホテルのオーナーが知り合いなので、
旅人を止めてほしいと言ったらくれた、そうだ。
退室するとき、ギートさんの目の、正確には虹彩と瞳孔の色が、
きらりと変わって、すぐ元に戻ったように見えたが…。考えてもしょうがない。
僕は、五階の508号室を目指した。
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