第2話 夢の中で

 こんな綺麗なホテルで、いきなり泊まることになった人間が、

こんなにいい部屋に泊まれるとは思わなかった。


 艶のある青いドアを開けると、防水性の強いマットが

敷かれている。小さい廊下の両側にはクローゼットや浴室。


本で見た、浴衣というものがクローゼットに入っていた。


廊下の先に居間がある。ベッドも一つ置かれていた。


テーブルの上にビンがある。人参色の液体のビンには

ラベルがあった。『栄養ドリンク』と明記されていた。


僕はこれを飲みながら休むことにした。



「旅にも慣れてきたな。足が痛くないや」まだ新米だけれど。


 今日一日を整理しよう。

僕は今日を含めて三日、歩き通してここ、

グリニッジシティに着いた。


グリニッジシティは、地方から出稼ぎに来る人も少なくない。

技術と知識があれば、この街では裕福に暮らせる。

風潮というか、時代的な技術発達度から見ると、

人間史五千三百年(西暦二千二十年)ごろだと思う。これも、

教科書や本で見た。季節は春。グリニッジシティに着く前に

森を通ったのだけど、山桜が咲きかけていた。

森の中の花畑が凄かった。


所持品はアワウサギの革のバッグとマント、そして額当てフェテル

ナイフも隠し持っているが、果物ナイフだ。フェイクのつもりで

持っているが、僕のナイフ術があれば問題は無い。


今日のノルマは、ギートさんへの依頼。これは達成。


今日は戦闘無し。平和の証拠だね。


と、このくらいだろうか、いや、気にかかることが無いではないけど。


この部屋は確か浴室があった。


意外と大きいな。ゆっくり浸かれそうだ。


浴室から出た後は眠くて仕方がなかった。

「おやすみ」誰に言うでもなく呟いて、眠りに落ちた。



 広い、草原にいた。

周りを見渡すと、平野は山に囲まれており、遠くには湖が見える。


平野の中央に変わった建物が一つある。


ゲル、だとか、パオだとかいうものに似ている、

木の骨組みに布を掛けたような簡単なつくりだ。


ふと、自分を見下ろす。

手足が半透明で、地面を踏んでいるのか分からない。


いつの間にか、マントを着ていた。


ホテルの中で、確かにクローゼットに掛けたのだが、

と考えていると。


テントの中から、話し声が聞こえた。

男の声だ。


「それは、聞けない。もう子供じゃないんだ。

ナリアも俺と同じくらいの力を持ってるんだ。

……俺は必ず倒してくるから、君も必ず救ってきて」


テントの入り口の布が取り払われる。

男は、僕の父にそっくりだった。


何処かで見た女の、叫びが続く。


「あんたの戦闘力なめてるわけじゃないわよ!

むしろ認めてんの。それでも、二人で行ったって、

“切り札”には間に合うでしょう?」


僕には意味が分からない。


男が冷たく言い放つ。


「……これは、俺の戦いだ。口を出すな」



女が涙を流して悔しそうな顔をした。



たしか、こんな内容の夢を見たが、僕は翌朝、

これをすぐに忘れてしまったのだった。朝の出来事のほうが衝撃的だったから。


 一晩眠って、疲れが取れたからかな。窓から見えている、

青く、青く透き通った空の下に見える景色が気になった。


窓を開けると吹き込むそよ風。木の葉が鳴る音が聞こえる。

この景色はまさに。


理想郷ユートピアだ……!」


カーブを描く街、その中に抱かれた花園と湖。


蝶が舞い、鳥が憩う木々。


朝の空気を、深呼吸をして味わっていると。

空気を切り裂く衝撃音が下から上に向かって放たれた。


うわゎゎゎーーーんーーー!


太陽の中に隠れて見えないそれは、

真っすぐこの部屋を目指している。正体不明の飛行物体だ。


撃墜という選択は無い。一歩下がっても時間が無い。


ならばと、僕はマントを使って受け止める体勢をとった。

どごおぉっ!!それなりの打撃音がした。


 ハッと気付くと、僕は窓から少し離れたところに倒れていた。

細い胴体がチリチリと痛む。


マントの中には何と、ゴム製のボールが入っていた。


ちょっとあり得ない傷があるボール。

どうやったらこんな融け方するんだ。


しかし、ボールとしての寿命は終わっていない様子。持ち主は誰だ?

名前が書いてあるようだ。南東文字と呼ばれている、

アルファベットを活用した文字で、「リリ」と書いてある。

持ち主はこの人らしい。


……しかし、リリという名は、『導きの法定書』に出てくる、

元始の魔導士のリリと同じ名だ。こだわりでもあるのだろうか?


……ん?窓の外、下の方から声が聞こえる。


「……すー……せー……

すみませーん!!

そちらにボールがありませんかーーー」


少年の声……僕と同じくらいの年か?

窓から身を乗り出して、真下の地面の花園を見ると、

必死で手を振る棒人間とその側にいる小さな棒人間がいる。


ここは五階だ。どうしてこんな所までボールが?


このボールを届けて、事情を聞かせて貰おう。


「ここにあります!今そちらに行きますから!!」


 さっきまで必死で手を振っていた少年は気まずそうに

そろそろと手をおろした。

側にいる、小学生くらいの少女が言う。


「……え?旅人の部屋に入っちゃったの?」

「ハイ……こちらに来てしまうようですね……」


旅人が物事に関わってくるのは、この世界では少し面倒な事なのだ。

旅人には金にがめつい者もおり、戦闘に長けた所は役立つが、

巻き込んではいけない人種でもある。


「そうなる前に、止めてくれると言ったじゃない!」


少女の八つ当たりであると分かっていても丁寧な対応をする少年。


「す、すみません。こんなにサイコパワーの習得が早いとは……」

「……む……しょうがないわね……出迎えましょう」


二人はロビーへ向かうことにした。

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