見えざる苦悩

インテリモドキの挫折と絶望

今日、仲間を捨てた。

孤独を選んだんだ、俺は。

俺は元来頭が回る…方なんだと思う、たぶん。

少なくとも、人よりは深く考えすぎることは自覚している。

それによって自分を追いつめていることも…

いきさつ…はいろいろあった。確かに…いろいろあった。

誰もが体験することなんだろう。

けど…俺は耐えられなかった。阻害されていくのがつらかったから…





ケイ「こんばんはー」

ケイ、俺のキャラの名前だ。思いつきも甚だしいその名前は、ギルドへの受けはよかった。

覚えやすい、という理由でマスターからケイちゃんと呼ばれていた。

あたりめ「こんばんはー('ω')ノ」

マスターのあたりめだ。そう、イカとかつまみとかのあのあたりめだ。なんとも覚えやすいインパクトのある名前は、そこからもうセンスの差を感じていた。

首魁丸「おっすおっすw」

こいつの名前は…いまだにわからん。読み方がわからないから前に聞いたが、本人も読み方を忘れたとかなんとかで、おっさんの愛称で親しまれてる。

Gim「こんばんはーです」

Gimさんだ。そのままギムさんだ。無類の酒好きで、お酒から名前を取ったとか何とか。

ギルドのチャットでよくしゃべるのは、俺を抜いてこの3人だけだ。

メンバーも10人くらいの小さいギルドだ。

あたりめ「ところでさ、みんな調子どうよ」

マスターが口火を切る。調子というのは、周りでは空前のレベリングブーム。なんでも、これからは一定のレベルがないとまともに遊べないと踏んでいるらしく、俺を含めたみんなが共感していた。

このゲームはレベルが相当上がりにくい。度合いは100%マックスで表され、俺の場合は一時間に2%が限界だった。

首魁丸「俺は時給3%くらいかなー。今休憩中」

Gim「私も同じくらいですねー」

Gim「マスターから聞いた方法を試してますが、これ以上は出ません」

あたりめ「そっかぁ。俺はたまたまクラスがレベルあげやすいからなー」

ドキッとする。2%、ということは2時間で4%、3時間で6%ということだ。

平均3%としたら、1時間後には1%、2時間後には2%の差がでるということになる。

あたりめ「ケイちゃんはどうよ」

ケイ「2%くらいかな」

チャットするのすら恥ずかしい。もちろん、俺も同じ方法で試している。違うのはそれぞれの職、つまりクラスといってできることの差があるくらい。

首魁丸「2%か。ちょっときついね」

そんなことはわかりきってることだ。

あたりめ「うーん。ほかの方法とかないもんかねぇ」

探している暇にみんなレベリングするだろ。その差はどうやって埋めるんだよ。

首魁丸「人一倍の努力が必要らしいからねーその職」

でた。お得意の人一倍。

人一倍の努力が必要というが、それをした時点ですでに遅れているという事象に気づいていないということだ。

飛躍させれば、それは「俺のほうが効率いいんだぜ」と自慢しているのと同じである。

人一倍の努力、という言葉は俺は大嫌いだ。

少なくともこのネットの世界では。

例をとってみれば、例えば3時間自由に使ってみたとしよう。

平均3%と俺の2%を比較するとどうなるか。

さっきも言った通り9%と6%で3%もの差が生じていることになる。

その差を埋めるためには、俺は2時間追加でレベリングをしてようやく追い越せる計算だ。

その2時間の間、3%稼ぐ方は金策なりなんなりを自由に進めることができる。

明らかに進行度合いの差が激しいのだ。

さらに追い越したとしてもたった1時間のレベリングで並ばれてしまい、2時間のレベリングで追い越されてしまう。

そのクラスを選んだんだからしかたないだろ、なんていう輩もいる。

自分のペースでたのしめばいいよと、一見口当たりのいい言葉を並べる輩もいる。

だけどその言葉の裏には、どうせ追いつけないという意味も含んでいるということを言ってるやつらは理解していない。

嫉妬。

簡単に言えばそうだ。

普通の神経をしている人なら、それは個人の責任だというだろう。

だがよく考えてみてくれ。

本当に個人の責任か?

火のない所に煙は立たないのさ。

適当にならべたていのいい言葉は、実は人を傷つけている。

もちろん俺もやらかしているかもしれないから、人のことは言えない。

嫉妬が起こる原因は、その裏には確実に理不尽が潜んでいる。

ギルドに入った以上、一定のボーダーを越えなければ阻害されてしまうのに、こうした理不尽があると結局は嫉妬が起こる。

その一例がまもなく訪れる。

首魁丸「レベリングもそうだけど装備の強化とかどうよ」

ほらきた、装備の強化の話。

あたりめ「そうそう。装備強くすれば、もしかしたら効率あがるかもよ」

何を言っているんだこいつらは…。

レベリングで精いっぱいなのは数値からわかるはずなのに、強化もしろだのぬかすのは、結局俺を見下しているということと同じじゃないか。

ケイ「うん。そうだね」

まともに返す言葉もない。

そうしようがないのだから。

あたりめ「あ、そういえば」

首魁丸「ん?」

Gim「なんでしょうか」

あたりめ「よさそうなレベリング場所を見つけたんだけど、今度一緒に行ってみない?」

あたりめ「ちょっときついかもだけど」

慈悲のつもりか。その一言がどれだけ俺の心を逆なでているか、理解をしていないようだ。

首魁丸「お。いいね」

ここに完全に阻害空間ができている。

全く会話に入っていけない。

俺は……


キーボードに触る手を休め考える。

ここにいても苦しいだけだ…

けど抜けたら独りになってしまう…

独り…

独りはいやだ…

独りは…

でも…

でも…

堂々巡り、どこまでも続く堂々巡り。

螺旋階段を転げ落ちるように。

でも、今日は勇気があった。


ケイ「ごめん」

首魁丸「どうした?」

ケイ「ずっと考えてたんだけど、やっぱギルド抜けるわ」

あたりめ「え」

首魁丸「どうしたんだ急に」

ケイ「いや、特に理由はないんだけど、ちょっと疲れちゃって」

あたりめ「そか…」

ケイ「ま、どこかで会うでしょ。よかったらまたよろしくね」

ケイ「それじゃ」

流れるチャットは、もはや見る気にもなれなかった。

退会の欄を開き、今、ギルドを抜けた。

仲間を捨てたのだ。

いや、もはや仲間だったのかすらわからない。

けど、俺は孤独を選んだのだ。

だれかと競争するくらならいっそ…

独りを感じるくらいならいっそ…

一人のほうがいいのかもしれない…


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