その3 お隣さん

 子供たちがDVDを再生すれば、貞美は晴れてDVDの奪還に成功する。しかし、子供たちがDVDを再生しなければ、呪いのDVDが世間に出回る可能性がある。そんな最悪の事態にならぬよう、生人は逃げた子供たちを追った。

 

 先に子供を追った野川の姿は見えない。当然、子供たちの姿も見えない。生人は辺りにいる人に話を聞きながら、DVDを盗んだ子供たちを追うしかなかった。

 休日の真昼間に、子供たちの居場所を聞き回る生人。その彼が幽霊であるというのに気づいた人は、1人として存在しない。逆に、生人が子供たちの居場所を聞いた人々の中に、数人の幽霊がいたことも、生人は気づいていない。幽霊はそこらにたくさんいるのだ。


 わずかに残る痕跡と人々の証言を頼りに、生人は少しずつ子供たちへと近づいていく。いじめっ子たちには、きちんとお説教をしなければならない。

 

 そういえば、野川はどうしているのか。もうすでに子供たちを捕まえ、DVDを取り返したのだろうか。ふと生人は、野川に対し淡い期待を抱いてしまう。

 期待を抱いた直後である。曲がり角を曲がった先に、野川の後ろ姿が見えた。彼は背中を丸め、塀の陰に隠れながら、ゆっくりと歩いている。生人はすぐさま野川に呼びかけた。


「野川さん! どうしたんです?」

「生人!? 静かにしろ! すぐそこにガキどもがいる!」


 静かにしろと言ったわりには、大声を出した野川。だが、彼の指差す先にある一軒家を覗くと、彼の言う通り、DVDを盗んだ子供たちの姿が見えた。生人は野川と同じように、背中を丸め塀の陰に隠れ、ゆっくりと歩く。

 野川のすぐ側にまでやってきた生人は、今度は小声で野川に話しかけた。


「子供たちは、家の中で何を?」

「さあな。ガキどもを追ってたらここに到着したってだけだから、知らん」

「またテキトーな」


 生人の期待とは違い、野川は未だDVDを取り返していなかった。それでも、子供たちが集まる家を発見できたのは大きい。


「貞美さん情報ですけど、DVDを盗んだ女の子は、あの悪ガキ3人にいじめられてるみたいです。女の子がDVDを盗んだのも、悪ガキに強要された可能性が高いとか」

「ああ? 悪ガキは3人とも男じゃねえか。男3人で女の子いじめるとか、根性腐りきってやがんな」 

「まったくです」


 男の子3人が女の子1人をいじめ、物を盗ませる。ひどい話である。生人も野川も、悪ガキ3人に対して怒りが湧いてきた。相手が子供だからと、甘く見ることはできない。


「子供たち、DVD再生してくれませんかね」

「なんで?」

「DVD再生すれば、貞美さんが子供たちのところに来られるからですよ」

「ああ、その手があったか。ガキどもに痛い目見せられるし、一石二鳥だな」


 子供たちの家は発見しており、透過能力を持つ野川ならば、今すぐにDVDを取り返すことも可能だ。しかし2人は、子供たちが呪いのDVDを再生するのを待った。どうしてもあの悪ガキには、痛い目に遭わせなければ気が済まなかったのである。

 大人気がなかろうと何だろうと関係ない。子供たちがDVDを再生するのを、生人と野川の2人は待ち続けた。


「おいお前、盗んできたDVD再生してみろよ」

「え……でもこれ、他人の……」

「なんだよ、友達の言うこと聞けないの?」

「……分かった」


 小学生らしい脅迫をする悪ガキたちと、反抗できない女の子。その言葉を聞いて、生人と野川は嬉々として彼らのいる部屋を覗き込んだ。幽霊2人が、子供たちの集まる部屋を覗き込んだ。

 女の子は悪ガキに言われた通り、DVDをデッキに入れ、リモコンの再生ボタンを押した。まさに生人たちの狙い通り。これから子供たちは、恐怖を味わうことになる。


 ところで、このままではいじめられているはずの女の子まで恐怖させてしまう。そういったところまで考えないのが、生人と野川のスタイルだ。


 DVDが再生されると、テレビの画面には暗闇に浮かぶ井戸が映し出される。映像の気味の悪さに、本能的な危機感を感じる子供たち。

 井戸の中から真っ白な手が現れ、貞美が現れた。さすがに怯えたような表情がにじみ出る子供たちだが、映像への興味は子供たちを縛り上げ、彼らをその場から離さない。


「な、なんだよこれ。ホラー映画?」

「そうだよ! ホラー映画だよ!」

「俺この映画知ってる! 階段から女の幽霊が降りてくるやつだろ!」


 怖さを紛らわせるためなのか、悪ガキどもは映像をホラー映画と決めつけ、自らを騙す。階段から女の幽霊が降りてくるのは別の映画だと、生人は心の中で指摘した。

 ただ、いくら悪ガキどもがホラー映画だと決めつけたところで、貞美は彼らのすぐそこまで迫っている。貞美は画面のほとんどを支配し、手を伸ばし、テレビの外へと体を乗り出した。


「さ、最近の3D映画ってすごいな!」


 テレビから前髪の長い女が出てきたことに対し、悪ガキどもは震えた声で自分を騙し通そうとする。それでも体は正直だ。悪ガキどもは身を縮め、テレビから自然と遠ざかっていた。

 貞美が何を思っているのかは、表情が見えないためうかがい知れない。少なくとも、貞美は悪ガキどものすぐ目の前に立ち、説教するかのように悪ガキの1人の肩を触った。


「あああぁぁぁぁぁああああ!!!」


 触られた瞬間、自分を騙しきれなくなったのだろう。悪ガキどもは泣き叫び、部屋を飛び出していった。女の子をいじめる度胸はあっても、貞美という女性に立ち向かう度胸は悪ガキどもにはなかったようだ。

 

「あれ、女の子が残ってる」


 恐怖する悪ガキどもをほくそ笑んでいた生人は、そう言った。部屋には、貞美と女の子が残され、お互いに話し込んでいたのだ。

 可愛らしい女の子と、ホラー感丸出しの貞美が話し込むとはどういう状況か。生人は2人の会話に耳を傾けた。


「お姉さんは、幽霊?」

「そうだよ。どうして、私を怖がらないの?」

「私、幽霊が見えるんだ」

「霊感知能力保持者なんだ。さっきの男の子たちは?」

「あの人たちは……幽霊が見えるのを信じてくれなくて……いじめてくる人たち……。ごめんなさい! このDVD、お姉さんのですよね……」

「よしよし、きちんと謝ってくれたから、許してあげる。男の子たちは、私がきちっと叱らないと」

 

 2人の会話に、生人は全てを納得した。女の子がいじめられていた理由も、彼女が貞美を怖がらない理由も。


「……お姉さんのお名前は?」

「私は貞美。あなたは?」

「私は、かや

「茅ちゃんか。いい名前だね」


 貞美と茅は、長らく話し相手の少なかった2人だ。ゆえに、2人は急速に仲良くなっていく。生人と野川も貞美と茅の前に姿を現し、茅からDVDを受け取った。

 貞美は笑顔――おそらく笑顔――でテレビの画面に戻り、茅とお別れをする。茅は少し、寂しそうな表情だった。


 無事に呪いのDVDは取り返した。こうして相談所の引っ越し作業は、ようやく再開される。


    *


 貞美の新居は、井戸からほとんど離れていない一軒家だ。幽霊管理部の仲介でなんとか探し出した、古い空き家である。

 いくら古い空き家とはいえ、貞美のファンシーな家具や壁紙、装飾、ぬいぐるみたちを置くと、印象はガラリと変わった。殺風景かつ古めかしい一軒家は、瞬く間に5歳の女の子の部屋に様変わりしたのである。


「今日はありがとうございました」

「料金は4万2000円です」

「はい」


 いつも通り無愛想な八槻に呆れながら、生人はワゴン車に寄りかかり、帰りの時間を待った。待っている間、貞美の新居の隣にやってくる1人の女子小学生に視線が奪われる。なにもロリコンが発症したわけではない。小学生は、茅だったのだ。

 玄関で金を八槻に渡していた貞美も、茅の存在に気づいたようである。


「茅ちゃん!」

「あ、貞美さん」

「もしかして、その家は茅ちゃんのお家?」

「そうです」

「なら、これからよろしくね。私たち、お隣さんになったみたい」


 そう言って手を振る貞美に、茅は笑顔を向けた。笑顔を向けたまま、少しだけ勇気を出し、息を吸ってから口を開く。


「あの……貞美さん……お友達になってくれませんか?」

「私とお友達?」

「嫌ですか?」

「ううん、嫌じゃない。これから私と茅ちゃんは、お友達」

「……やった!」


 まさかまさかの展開だった。引っ越し先のお隣さんが茅の家だとは、偶然も侮れない。これでは、貞美と茅が友達になるのも当然である。


 貞美の井戸からの引っ越しは無事に終わりを迎えた。そして貞美は、新居だけでなく、新たな友達も得た。見た目ホラー感丸出しの貞美と、幽霊が見えるがゆえにいじめられた茅の出会い。相談所一行は、不思議な巡り合わせに立ち会えたのである。


 なお、呪いのDVDはデータ化され複製、茅にも配られた。これで貞美は、テレビやパソコンだけでなく、スマートフォンや携帯ゲーム機からも姿をあらわすことが可能になった。ただし、画面が小さいと、貞美も小さくなってしまうという欠点もあるのだが。

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