その4 ネコは気まぐれ
民家の2階のベランダに逃げ込んだキュウ。こうなってしまうと、白河幽霊相談所には手が出せない。
「今こそチャンスですわ! 植木、浮遊能力を使ってネコを捕まえなさい!」
「了解です! うおおぉぉ!」
植木は浮遊能力が使える幽霊であった。二本松は今こそチャンスとばかりに植木に命令する。植木も生人に憎たらしいドヤ顔をしながら、浮遊能力によって宙に浮き始めた。
ゆっくりと、まるで昇天でもするかのように浮かび上がる植木。彼とキュウの距離は、徐々に狭まっていく。
「捕まえた!」
そう宣言し、ベランダで尻尾を大きく振るキュウを抱きかかえようとする植木。ところがキュウは、そんな植木の腕をすり抜け、ついに屋根の上まで逃げてしまう。
「植木! 早くネコを捕まえなさい!」
「申し訳ありません!」
「なに?」
「自分、これ以上は浮けないです!」
「はあ? ここまできてそれはないでしょ! 浮きなさいよ! ほら! もっと浮け!」
「クソッ! 俺が根性無しなばっかりに……!」
なんとしてもネコを捕まえろと命令する二本松だが、植木は努力と根性だけを絞り出すことしかできない。オフィス・ファントムがキュウを捕まえることはできなかった。だが、白河幽霊相談所がキュウを捕まえたわけでもない。キュウは鮮やかに逃げ切ったのである。
キュウに逃げられた瞬間、生人たちは今まで隠れていた疲労と眠気に襲われた。時間は午後12時30分。仕事をするにはきつい時間帯だ。
「今日はこの辺にする。キュウを探すのは、また明日」
「帰りますわよ! ネコの確保は明日に持ち越しですの!」
所長2人の決断に、生人たちはホッとした。ようやく休めると、喜んだ。ただしレミだけは、今日のうちにネコを確保できなかったのが残念なようで、しょんぼりとしている。
去り際、八槻と二本松はお互いに捨て台詞を吐く。
「白河さん、わたくしたちはネコを確保するまで、諦めませんわよ」
「そう。じゃあ永遠に諦められないってことね。それじゃ、一二本松さん」
「二本松! 10本多い!」
八槻と二本松は、性格の根本からして正反対。この2人の不仲は筋金入りだ。生人はそう思う。
*
アパートの自室で生人が野川に起こされたのは、午後9時を過ぎてからであった。ネコ探索の疲労から泥のように眠った生人は、寝坊したのである。
「やっと起きたか。おい生人、遅刻だぞ」
そう言って生人を引っ張り上げる野川の表情は厳しい。彼が抱える怒りは、単に遅刻に対する怒りだけではなさそうだ。
「なんか、怒ってます?」
「当然だろ! 昨日のトラの件、忘れたのか!」
「あ! 忘れてました! あの時は見捨ててすみません!」
今の今まで、生人は野川がトラに襲われていたことを完全に忘れていた。生人は野川に、彼を見捨てたことを謝罪する。
素直な謝罪の言葉に、野川の怒りは少しだけ中和された。彼は不満げな表情を変えることはなかったが、多少は機嫌を良くしたため、長話を始める。
「無事だったから別にいい。これでも俺は、死にも抗う武者だからな。トラぐらいならなんとかなるってもんよ。あれは斎藤道三が――」
「野川さん、ちょっと静かに」
「なんだよ、ここからが俺の武勇伝――」
「静かにしてください」
話を遮る生人に、野川はあからさまに不満げな表情をした。だが、生人はそんな野川のことなど眼中にない。生人は、自室のベランダに座る小さな影から、目が離せない。
「ベランダにキュウがいます。捕まえてきます」
ベランダに座る小さな影は、特徴的な模様を持ったネコだった。島原半島や長崎半島、国東半島、薩摩半島、大隅半島なども判別できる、地理の授業にも使えそうなほどに精巧な九州の模様。間違いない。キュウだ。ベランダに、キュウがいる。
なんという幸運。生人は喜びと緊張で心を混沌とさせながらも、ゆっくりと慎重に、キュウへと近づく。
キュウはまだ眠っており、生人の存在に気づいていない。生人は勢い良く、キュウを鷲掴みにした。しかし、動物をまともに抱えたことのない生人は、力の入れ具合が分からず、キュウを力強く抱いてしまう。キュウは驚き、暴れまわる。
「ニャアァァァ!」
「痛い! 引っ掻くな! 引っ掻くなって!!」
「俺が手伝ってや――痛い痛い!」
暴れまわるキュウをどうすることもできず、引っ掻かれ、右往左往するだけの生人と野川。それでも、キュウを確保すること自体は成功した。キュウの気まぐれさに散々振り回された挙句、あまりにもあっさりと、成功してしまった。
その後、生人と野川はほうほうの体でキュウを相談所に連れて行った。相談所に到着した途端、八槻は大喜びし、レミはキュウの可愛さにノックアウト、日向と黒部は苦笑する。
キュウは、相談所の床に寝そべり動こうとしないワオンの上に乗っかり、再び眠りについた。老犬とネコの共演に、レミはまたもノックアウトされた。
ネコ捜索の依頼主である岸は、キュウが見つかったことに安心し、同時に、相談所にさらなるお願いをした。相談所がキュウを飼ってほしいという願いである。岸は幽霊として、キュウとともに暮らせる自信がなかったのだ。
岸の願いに少し考える八槻であったが、すかさずレミが了承してしまった。こうして、相談所はキュウを飼うことを決意し、相談所に新たな賑わいが加わったのである。
――4日後――
どうにもキュウは、生人と野川に懐こうとしない。おそらく、キュウを捕まえようとした際の出来事が影響しているのだろう。対して八槻やレミ、ワオンに対しては、キュウはやたらと懐いている。理由は不明だ。ネコの気まぐれとしか言いようがない。
突然、相談所の扉が勢い良く開けられた。何事かと驚く生人と野川、キュウに対し、八槻は悠長にプリンを食べ続け、ワオンも寝そべったまま。
「なんでネコを確保したと言わなかったのかしら!」
相談所に乗り込んできたのは、執事の諏訪を連れた二本松だった。彼女は顔を真っ赤にし、地団駄を踏みながら騒がしく喚く。八槻は面倒くさそうに答えた。
「ごめんなさい。伝え忘れてました」
「なんて淡白な謝罪! わたくしたちは、4日間も血眼になってネコを探していたんですの! もう少し労ったらどうですの!」
感情のままに言葉をぶつける二本松。そんな彼女に、キュウが寄り添った。
「ニャー」
「まったく、あなたはわたくしが確保するはずだったのに……」
さすがの二本松も、キュウの可愛さには怒りも吹き飛んでしまうようだ。二本松は目を細め、しかし悔しそうにキュウを撫でる。と当時に、八槻に対し宣言した。
「いつか、オフィス・ファントムの方が優れていることを見せつけてやりますわ!」
「はいはい。頑張ってね、二二本松さん」
「二本松!」
ネコの探索については、白河幽霊相談所が勝利した。だが白河幽霊相談所とオフィス・ファントムの戦いは、まだ終わりそうにない。
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