その3 ネコは人間より強し

 トラと鉢合わせた野川はどうなっているのか。そんなことは考えないようにして、生人は相談所に到着する。相談所に到着し、玄関の扉を開けると、昼間ゆえに活動的な日向が、意外そうな視線を生人に向けていた。


「おかえり、生人ちゃん。どうしたの? 冷や汗なんかかいて」

「き、気にしないでください」

「……そう。キュウちゃんは見つかった?」

「いえ、見つからないです」

「そっちは大変そうね。まあ、こっちも大変なんだけど」


 何が大変なのか。その答えは、相談所にネコを抱えてやってきた幽霊にあった。

 ネコを抱えた幽霊は、相談所のお得意様であり、生人も顔だけならば知っている幽霊であった。幽霊は日向と生人にネコを見せて、口を開く。


「このネコが、お探しのネコでは?」

「見せてください」


 幽霊からネコを受け取り、模様を確認する日向。キュウならば、精巧な九州の模様があるはずだ。ところが幽霊が連れてきたネコには、特徴的な模様はあれど、残念ながら九州の模様はない。


「う~ん、この子は違うみたいですね」

「あれ? おかしいな。ちゃんと模様が……あ! この模様オランダだ! 九州とオランダって面積同じくらいだから、間違えちゃいました」

「いやいや、逆にどうすれば、そんな間違い方できるんですか!」


 ネコを連れてきた幽霊が何を言っているのか、生人には理解できなかった。理解する気にもならなかった。

 理解できないうちに、相談所に次の幽霊がやってくる。こちらも相談所のお得意様である、中年の女性幽霊だ。彼女はネコを抱いていない。


「メガネを忘れちゃって、よく見えなかったんだけど、それらしい子を見つけてきましたよ。ほら、おいで」


 女性幽霊はそう言って、相談所に1人のおっさん幽霊を連れてきた。なぜ、おっさんが出てくるのか。おっさんもおっさんで、少し困惑した表情。

 

「相談所さんが探していたの、この子でしょ? ほら、九州の模様もついてるし」


 決して、女性幽霊の言葉は間違っていない。おっさんはたしかに、九州の絵が描かれたシャツを着ている。九州の模様は、あるのだ。だがそれ以前に、おっさんはおっさんであって、そもそもネコじゃない。

 生人は、女性幽霊に真実を伝える。


「あの……その方、ネコではなく人間ですよ」

「え? そうなのかしら? メガネがないからよく見えないのよ」

「見えなさすぎですよ! 普段はどんな高性能なメガネをかけてるんですか!」


 連続して変な客を相手する。これこそが、日向の言った大変さなのだ。こんなお客を相手していれば、大変でないはずがない。


 ネコを連れた幽霊と、おっさん幽霊を連れた女性幽霊は、相談所を去った。すると直後、相談所の電話が鳴り響く。電話を取ったのは日向だ。日向は電話の相手からの情報を聞き終え、生人に伝える。


「黒部さんからよ。キュウちゃんが見つかったって」

「ホントですか!?」

「ええ。だけど、まだ捕まえてはいないみたい。今は駅北口の並木道で追い回してる最中らしいから、生人ちゃんも手伝ってあげて」

「分かりました」


 キュウを捕まえれば、仕事は終わる。生人は急いで、黒部を探しに駅前の並木道へと向かった。

 駅前の並木道と言っても、並木道のどこにキュウと黒部がいるのかまでは分からない。果たして黒部とは合流できるのか。生人は不安に思う。


 数分後、深い緑に覆われた、心地よい風が通り抜ける並木道に、生人は到着した。と同時に、足元を小さな影が通り過ぎた。

 一瞬であったためすぐには気づかなかったが、影には地図帳かと勘違いしてしまうほど精巧な九州の模様があった。あの影は、間違いなくキュウである。並木道に到着した途端、生人はキュウは見つけてしまったのだ。

 

 キュウがいるということは、すぐ近くに黒部がいるということ。辺りを見渡した生人の目に、鬼のような形相をして走る黒部が飛び込んできた。強面の男が、鬼のような形相をして走る。なんとも恐ろしい光景であったが、それだけなら良かったと生人は思う。

 黒部の後ろには、ともにキュウを追いかける、改造制服に身を包んだ集団が走っていた。リュウたちヤンキー幽霊だ。強面黒部を先頭に、ヤンキー集団が追いかけてくる。これでは、キュウも必死で逃げるのは当然だ。


 誰も可視化はしていないが、もし全員が可視化をしていれば、警察沙汰になっていたことだろう。それほど、黒部とヤンキー集団が走る姿は、凶悪なのだ。生人はキュウを追いかける、というよりは黒部から逃げるように、走り出した。


 キュウを前方に、黒部とヤンキー集団を後方に、必死で走る生人。足の速いネコを追いかけるのは辛い。


「あ! いた!」

「ネコちゃんだぁ! キュウちゃんだぁ! うわぁ! 黒部さんたち怖い!」

 

 タイミングよく八槻とレミも合流し、生人とともにキュウを追いかける。しかし人数が増えたところで、キュウに追いつけないのは変わらない。幽霊といえども、人間の身体能力とネコの身体能力では、差がありすぎる。

 せめてキュウを見逃すまいと、息を切らす生人たち。並木道を永遠と走り続けるだけでは、らちがあかない。


「やっつー! どうやってキュウちゃん捕まえるの?」

「何も決めてない。あんた、なんか考えて」

「俺に丸投げ!?」


 こうしてキュウを追いかけ続けていても、個性豊かな並木が通り過ぎるだけ。八槻に丸投げされ、疲労によって足の動きが遅くなったのを感じた生人は、必死でキュウを捕まえる方法を考えた。

 飛びかかる、先回りをする、餌で釣る――。どれも行動に移すには、決定打に欠ける。あれこれ考え、結論が出ないうちに、さらに面倒なことが起きた。


「二本松様! あそこに自分らが探してるネコが!」

「本当ですわ! 白河相談所に先を越される前に、あのネコを捕まえなさい!」

 

 キュウが走る先に現れた、二本松と植木。最悪のタイミングで現れた2人に、生人たちの心も焦りだす。

 二本松の命令に従い、植木はキュウに正面から飛びかかった。その大胆な行動にキュウは驚き、慌てて踵を返す。キュウに尻尾を向けられた植木は、飛びかかった勢いを止めることができず、地面に体全体を強打した。


「キュウがこっち向いた!」

「よし! 俺が飛びかかる!」

「レミも!」


 突如訪れた、キュウを捕まえる絶好のチャンス。生人は無我夢中でキュウに飛びかかった。ところが同時に、レミもキュウに飛びかかっていた。2人は空中で衝突し、キュウの目の前で地面に倒れる。


「うう……痛いよぉ……」

「レミ! なんで同時に――ゲボォ!」


 地面に横たわる生人の背中に強い衝撃が走り、生人は痛みに悶絶した。八槻が生人を踏み台にし、キュウへと飛びかかったのだ。

 しかし、生人とレミ、植木を見て、さすがのキュウも学習したようである。キュウは八槻が飛びかかったと同時に、民家の塀の上にジャンプしたのだ。八槻が地面に着地する頃には、キュウはさらに2階のベランダまで逃げてしまった。


「あぁー! キュウちゃんあんなところに逃げちゃったぁ!」

「おいおい、どうすんだよ八槻!」

「黒部さんは……だいぶ後ろの方ね。あんたが浮遊能力使えれば良かったのに……」

 

 民家の2階のベランダに向かうには、浮遊能力が必要だ。だが、ここにいる白河幽霊相談所所員の幽霊で、浮遊能力を使えるのは黒部だけ。その黒部は、ヤンキー集団とともに、いつの間に遥か後方をヘトヘトと歩いている。

 塀を登ってベランダに飛び移る、という選択肢もあるが、素早いキュウは待ってくれないだろう。有効な選択肢が見出せぬ生人たち。一方で二本松は、ニヤリと笑う。

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