その2 探してるのはネコ!
同じ依頼を受けた2つの相談所が、お互いに協力し、力を合わせてネコを探す。そんな選択肢もある中、八槻ははっきりと答えた。
「オフィス・ファントムに先を越されるわけにはいかない。日向さんと黒部さんに連絡しておいて。今日はネコを見つけるまで、相談所には帰らないから」
つい先ほどまで家に帰ろうとしていたのは誰だったか。八槻は二本松の登場に俄然やる気を出し、手のひらを返してネコの捜索を開始した。
突然のことに、生人は唖然とし、レミは単純に八槻に従い、野川はまたも苦笑する。
「白河幽霊相談所に、わたくしたちオフィス・ファントムの方が優れた相談所であることを見せつけますわよ!」
強烈な敵愾心を胸に、二本松も部下に対し言い付ける。下男らしき男は、声を張り上げやる気を出した。一方で執事は、小さくため息をつく。
部下に命令を出した二本松は、少しの間だけレミを睨んでいた。と同時に、彼女の呟きを生人は聞き逃さなかった。
「今度こそ天界公認をもらって、派遣天使を手に入れますわ」
九州の形をした模様を持つ、キュウという名のネコ探し。白河幽霊相談所とオフィス・ファントムの競争が、今始まった。
白河幽霊相談所一行は、4人それぞれが別れてネコの捜索を開始した。黒部もネコ探しに参加し、相談所では日向がネコの発見者を待つ。
オフィス・ファントムは、白河幽霊相談所と違って人材が豊富だ。所員はなんと42人を数え、そのほとんどがネコ探しに参加しているという。この点、白河幽霊相談所は不利である。
だが、白河幽霊相談所は明治から存在する歴史ある相談所。いざとなれば、協力者も多い。実際、日向の連絡で30人近くの幽霊が、ネコの捜索に協力してくれるそうだ。
今必要とされているのは、人手である。生人も人手を集めるため、命咲に連絡した。
「もしもしメイ、俺だ。ちょっと協力してほしい」
《お兄ちゃん、いきなりどうしたの? おれおれ詐欺?》
「詐欺じゃなくてお願い。リュウたちヤンキーに伝えてくれ。九州の形をした模様を持つネコを探してくれって」
《……分かった》
「よし、じゃあ切るぞ」
きっと命咲なら伝えてくれる。これでリュウたちヤンキー集団がネコ捜索に加わった。生人はそう確信し、ネコ探しのために住宅街を回る。
住宅街を捜索している最中、生人は二本松の下男と出会ってしまった。下男は生人を目にした途端、妙に高圧的な態度と、暑苦しい口調で生人に話しかけてくる。
「よお! お前、すげえ霊力の持ち主らしいじゃないか! 名前は……シトだったか?」
「い・く・と、生人だ。なんだよシトって。パターン青か」
「冷たいヤツだな! もっと熱いツッコミしろよ!」
「ツッコミ? まさか……死ぬ人って書いて死人、っつうボケか? 分かりにく」
「そのくらい根性で分かれよ!」
「根性関係ある?」
なんとも時間の無駄だが、からまれてしまったからには仕様がない。
「お前、名前は?」
「自分は、二本松桧様に従える
「植木大治? 趣味はガーデニングか?」
「うるせえ! 自分は二本松様のため、シトよりも早くネコを見つけ出す!」
これほど面倒な気分になったことは、生人も初めてだ。植木は白河幽霊相談所、というよりも、生人への敵対心を隠そうともしていない。彼が喋るたび、熱気と唾が生人を襲ってくる。
やはり時間の無駄。生人はさっさとこの場を離れることにした。
「ネコは俺が見つけておくよ。じゃあな、庭木」
「植木!」
後方から植木のやかましい声が聞こえてくるが、生人からすれば雑音でしかない。そもそも、生きた人間の誰にも見えぬ、聞こえぬ幽霊同士の醜い言い争いなど、やっている場合ではない。今は、ネコを探すときだ。
植木のもとを去り、生人は再び住宅街を探し回った。民家の塀の上や車の下、ゴミ置場、家と家の隙間、公園の茂みの中。探せる場所はどこでも探した。可視化をしていないから良かったものの、朝から住宅街をうろつくなど、下手をすれば不審者でしかない。
だが、どこを探しても、キュウは見つからない。ネコはいるのだが、キュウは見つからない。依頼人の岸によると、キュウの縄張りは相談所からそれほど離れてはいないはず。にもかかわらず、キュウの面影すら掴めない。生人は頭を抱えてしまう。
もしや住宅街にはキュウがいないのではないか。そう思った生人は、少し離れた宇の頭公園に捜索の網を広げた。
「あ、野川さん! キュウ、いました?」
「いねえよ。どこ探してもいねえ。仕方ないから、これから宇の頭公園も探そうと思ってる」
どうやら野川も、珍しく頭を抱え、生人と同じことを考えていたようである。
意見が一致した2人は、手当たり次第に宇の頭公園及びその周辺を探し回った。時間は午前11時。幽霊としては眠気に襲われる時間帯。生人も野川も、あくびを抑えてキュウのいそうな場所を探索する。
「あれ? おい生人、あれってネコの尻尾じゃね?」
探索の途中、雑居ビルと雑居ビルの隙間から飛び出る、茶色い毛に覆われた縞模様の尻尾を指差す野川。しかし、生人はその尻尾に疑念を抱く。
「ネコの尻尾にしては大きすぎるような……」
「気にすんな。捕まえてみようぜ」
野川は軽い調子で、ビルとビルの隙間に体を捻じ込んだ。捻じ込んだ瞬間、野川の表情は真っ青になる。幽霊らしく、真っ青になる。
ビルとビルの隙間にいたのは、キュウではなかった。それ以前に、小さく可愛らしいネコですらなかった。そこにいたのは、獰猛な表情に鋭い牙をのぞかせ、獲物を捉えたような目を野川に向ける、トラであった。
動物は幽霊が見える。可視化していない野川でも、トラは野川が見えている。本能的に恐怖を感じた野川は、なんとか逃げようとした。逃げようとしたのだが、ビルとビルの隙間に捻じ込んだ体は動かなかった。
幽霊は襲われても死なない。ならば、助けようが見捨てようが、結果は変わらない。生人は野川を見捨て、逃げた。後方から「助けて!」という悲痛な声が聞こえるが、それは幻聴だと自らに言い聞かせる生人。
トラはネコ科だ。ある意味ネコではある。だが、探しているネコではない。きっと、あのトラこそが、朝のニュースを騒がす、脱走したトラなのだろう。
いったん、落ち着くべきだ。落ち着くためにも、生人は相談所に戻った。
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