Case8 ネコ探し
その1 ネコを探す貧乏相談所、金持ち相談所
生きた人々が活動を始める頃、午前7時。
『このネコを探しています。名前はキュウです。精巧な九州の形をした模様が特徴。見つけた方は『カフェ・アーム』までご連絡ください。』
そんな内容の張り紙を電信柱に貼りまくるのは、生人と野川だ。少し離れた場所でも、八槻とレミが同じことをしている。なぜ彼らが、ネコを探すための張り紙を貼り回っているのか。答えはごくごく単純。仕事だからである。
遡ること7時間前、相談所に岸という名の幽霊がやってきた。彼は生前に飼っていたネコが、たった1匹で寂しがっているのではと思い、キュウの捜索を相談所に依頼してきたのである。八槻は貧困から相談所を救うため、面倒くさがりながらも依頼を引き受けた。
ネコを探すための張り紙は、黒部が仕事の合間に、6時間程度で仕上げた。とても可愛らしいネコのイラストが描かれた張り紙。このイラストを描いたのが、強面元殺し屋の黒部であるなどと言っても、誰も信じないだろう。
さて、張り紙が完成し、生人たちがその張り紙を貼り付け回っている。ただ張り紙を貼るだけの仕事に、生人と野川の無駄話に花が咲く。
「これ、無許可で張り紙貼ってますよね。大丈夫なんですか?」
「無許可じゃねえよ。日向の姉御がちゃんと許可取ってくれたんだから」
「あ、そうだったんですか。いつの間に」
「姉御はOL時代にやり手だったらしいからな」
「男運は残念ですけどね」
「同意」
日向がやり手のOLであったことに驚く生人。だがその程度の驚きは、すぐに消えてしまう。大した中身のない会話は続く。
「なんか、今日は朝っぱらから人が多くねえか?」
「朝のニュースでやってましたよ。動物園からトラが逃げ出したそうです」
「マジで!? ネコ探してるどころじゃねえな」
住宅街にトラが逃げ出したのだ。誰もが必死になってトラを探すのは、当然である。ニュースもそれなりに騒いでいる。
だが、生人たちには関係のない話だ。今探しているのは、ネコなのだから。そもそも、ネコを探す幽霊の方が驚かれるべき存在だ。
生人と野川は持っていた分の張り紙を貼り終え、駅前で八槻、レミと合流した。どうやら彼女らも張り紙を貼り終えたらしく、手ぶらだ。
レミは張り紙を貼るのを楽しんだのか、笑顔で手を振っている。しかしその側では、八槻が今すぐにでも帰りたそうな表情をしながら、腕を組んで立っていた。対照的な女子2人が、通勤中のサラリーマンに混ざっている姿は、なんとも珍妙である。
「ねえねえいっくん、これでキュウちゃん見つかるかな?」
「少なくとも数日は掛かるだろ」
「きっと可愛いネコちゃんなんだろうなぁ」
この仕事が始まるまで、なんとレミはネコを見たことがなかった。それがために、事前情報としてネコの写真を見て以来、レミはネコに興味津々である。野川の「レミ様の方が、何倍も可愛い!」などというセリフは、彼女の耳に届きはしないのだ。
目を輝かせるレミとは違って、八槻は泥のような目をしながら口を開く。
「数日も仕事するなんて、面倒くさい」
「はぁ、少しはやる気出せよ。もしかして、ネコ嫌い?」
「ネコが嫌いなわけじゃない! 仕事が嫌いなの」
「それを言ったら終わりだろ。報酬もあるんだから、我慢しろ」
「うるさい。もう、この仕事はあんたとレミ、左之助さんに任せた。あとは頑張って」
「え!? ちょ、ちょっと、おい!」
一方的な言葉とともに、一方的にかつ速やかに帰路についた八槻。そのわがままっぷりには、野川も苦笑してしまう。
だがしかし、八槻が家に帰ることはなかった。彼女は、とある女性に呼び止められたのである。
「あ~ら、白河幽霊相談所の白河八槻所長ではありませんか。こんなところで会うなんて、奇遇ですわ」
甲高くも気品溢れる声の、嫌味がましい口調。絶対に面倒なお嬢様がやってきたと思い、生人は声のした方向に振り返る。するとそこには、生人の想像した通りの人物が立っていた。
シルバーカラーのロングヘアが美しい、背の低い女性。ひらひらとしたピンク色の、まるでドレスのような格好に、いかにも高そうなネックレスが、庶民と自分を区別しているようで、これまた嫌味がましい。執事と下男まで従える、いかにもすぎるお嬢様。
「あなたは?」
「……見たことのない顔ですわね。まさかあなたが、白河幽霊相談所の大型新人さん? おほほ、思ったより平凡な男ですのね。まずは自分から名乗るのがマナーでしてよ」
イラっとする生人。イラっとするが、初対面なので怒りを抑える。向こうも初対面のはずだが、傲慢な物言い。やはりイラっとする生人。イラっとしながら、自己紹介した。
「白河幽霊相談所の元町生人だ。生きる人と書いて生人。で? あなたは?」
テキトーな自己紹介。それに対し女性は、大げさなポーズを決め込み、下男らしき男が大声を張り上げた。
「ここにおわすお方をどなたと心得る!」
「な、なに? どうした?」
「大企業『トライパイン』社長の父と、大企業『福井島鹿島重工業』社長令嬢の母を持つ、『オフィス・ファントム』所長、
わけの分からない事態に、生人は言葉を失った。補足説明してくれたのは、野川である。
「ウチのライバル相談所の所長さんだ。新興の相談所でな、あそこにはウチの仕事もいくつか取られちまってる」
「あれが、ライバル? ふざけてるようにしか見えませんが」
「あれでも大真面目にやってるんだぜ、あいつら。ついでに、執事とあの男は幽霊な」
「面倒な相手ですね」
「姫様も同じ感想抱いてるよ」
二本松の登場から、一度たりとも口を開かなかった八槻。彼女は無表情のまま、二本松の目の前まで歩み寄った。平均よりも高い身長の八槻と、小学生にも見える二本松が並ぶと、八槻は自然と二本松を見下すことになる。
「久しぶりですね、四本松さん」
「二本松! 少し雑談をしましょう。先ほど、面白いものを見つけたんですの。諏訪」
「どうぞ、お嬢様」
諏訪と呼ばれた執事は、二本松に1枚の紙を渡す。その紙が、電信柱から剥がしてきたのであろう一枚の張り紙であるのは、生人もすぐに分かった。
「キュウという名前のネコを探しています、ですか。これまた奇遇。実はわたくしたちも、同じネコを探していますの。あなた方はなぜ、キュウを探しているのかしら?」
八槻の表情が変わった。彼女はあからさまに機嫌を悪くし、口を開く。
「私たちは、岸っていう幽霊から、ネコを探してほしいって依頼されただけだけど」
「またまた奇遇! わたしくしたちオフィス・ファントムも、岸という名の幽霊からネコを探してくれと依頼されていますわ」
わざとらしい口調の二本松。周りを囲む通勤途中のサラリーマンから好奇の目を向けられようと、彼女は気にせずお嬢様を貫く。
生人と八槻、野川とレミは、首を傾げた。
「野川さん、どういうことですかね?」
「俺が知るかよ」
「たぶん、岸さんはネコが早く見つかるよう、ウチと七本松さん――」
「二本松!」
「――に同時に依頼したんだと思う」
「ってことはさぁ、やっつーとまっつー、みんなでネコちゃん探すの?」
みんなで協力して、ネコを探す。それは正しいやり方だ。ネコ探しの依頼を誰よりも面倒くさがっている八槻は、二本松と協力を受け入れ、むしろ依頼を押し付けるだろう。生人はそう思っていた。
しかし八槻の答えは、生人が想像する面倒くさがりの八槻の答えではなかったのである。
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